22
そう思っていたのに・・・
「瑠美・・・」
半年後、瑠美は実家から引っ越してしまった。
暗いままの瑠美の部屋の窓を、今日も眺める。
入社をしてからまたスマホを契約した。
瑠美と繋がらないスマホを握り締めながら、今日も瑠美の部屋の暗い窓を眺める。
「一成・・・。」
お母さんが俺の部屋に入ってきた。
「夜ご飯、食べて・・・。」
瑠美が考えて作ってくれていた料理を、今日もお母さんが量を多めにして出してくれる。
それと・・・
「一成、牛乳飲んでみよう?」
牛乳も一口だけコップに入れてくれている。
「うん・・・」
そう返事をして、震える手で牛乳の入ったコップを持ち・・・口をつける。
コップに、口をつける・・・。
でも、どうしても飲めなかった・・・。
どうしても、飲めない・・・。
俺は、生きたい・・・。
俺は生きたいから・・・。
生きて、瑠美に追い付いて・・・
瑠美に“俺のお母さん”になってもらいたいから・・・。
追い付きたいと思えば思うほど、怖くなった・・・。
死んでしまうかもしれないのが、怖くなった・・・。
瑠美が引っ越してしまった・・・。
間に合わないかもしれない・・・。
俺が死んでしまうその瞬間、
瑠美は間に合わないかもしれない・・・。
それにまた、声が出なくて・・・
声が出なくて・・・
瑠美を呼べないかもしれない・・・。
瑠美・・・
なんで、引っ越したんだよ・・・。
“追い付けそうで追い付けない”・・・
瑠美はいつも、そうだから・・・
だから、必死になって追い続ける・・・。
でも、死んだら追い付けない・・・
俺は、生きたい・・・
俺は、生きたい・・・
生きて、瑠美に会いたい・・・。
会いたい・・・
会いたい・・・
瑠美・・・。
*
入社2年目 9月1日
「今日から一成じゃなくて“中田部長”って呼ばないとな!」
「一成でいいよ。」
サポート支援センターのみんなが、ニヤニヤ笑いながら俺に言ってくる。
9月1日付けで、俺はサポート支援部の部長になった。
副社長からは“部員を引っ張れ”という、会社の部署の“部長”というよりは、部活の“部長”のような言い方だった。
でも・・・
雇用契約書の覚書を見て、思う・・・。
これは、追い付いた・・・?
これは、追い付いたかも、しれない・・・。
雇用契約書に書かれた“部長”という文字、それに給与額も・・・。
何故か、凄い高くて・・・。
副社長に聞いたら、
“身体は出来上がった。それで心を整えてこい。”
そんな風に言われて・・・。
そんな風に言われて・・・。
これは、追い付いたのか・・・?
「中田部長、伊藤さん次いつだっけ?」
サポート支援センターの部員達が、俺に聞いてきた。
「9月3日の・・・3日の、木曜日ですね。」
9月3日・・・。
瑠美の誕生日まで、3ヶ月。
俺と瑠美の年齢が5歳差になるこの短い期間。
それに、木曜日で・・・。
俺は、木曜日が大好きだった。
瑠美と出会った木曜日が、大好きだった。
それに・・・
それに・・・
手に持った雇用契約書の覚書を見下ろす。
瑠美は社員の雇用契約書を作成していると言っていたから、俺のこの内容も知っているはずで。
俺が追い付いたと、分かってくれているかもしれない・・・。
「俺、伊藤さん・・・頑張ろうかな。」
小さく呟いたつもりだったけど、トレーニングルームにいたメディカルトレーナーや部員達が俺を見ている。
「一成か~・・・こういう奴に頑張られると、ズルイよな。」
「分かる、反則だと思う。」
部員達が冷ややかな目で俺を見てきて、思わず笑ってしまう。
「なんで?俺、二十歳にやっとなったし!
部長にもなったし、もう頑張ってもいいですよね?」
「頑張ってもいいけど、どうせダメだろ!
伊藤さん一成に全然興味ないみたいだし!」
そんな分かりきっていることを言われ、でもあまりにもハッキリ言われたから大笑いしてしまった。
「やる気出て来た!
俺、“瑠美たん”本気で頑張ることにした!!」
「“瑠美たん”・・・どっから出てきた!?」
メディカルトレーナーや部員達が盛り上がりながら笑う中、よくみんなが言っている言葉を俺も口にする。
「“瑠美たん”のスーツの下、俺が絶対に見る!!!!」
そう、ここでは宣言した。
*
「“瑠美たん”!!!」
9月3日の木曜日、サポート支援センターの廊下を歩いている時、後ろから叫ぶように呼び掛けた。
瑠美が俺を振り返り、驚いた顔をしている。
そんな瑠美に・・・かなり近付く。
瑠美が1歩も2歩も後ろに下がるから、それに合わせて俺もその分距離を詰める。
「あの・・・っ」
瑠美が慌てながら後ろに下がり・・・壁に背中がついた。
焦った顔をしていて可哀想でもあるけど、すぐ目の前に立って瑠美を見下ろす。
「“瑠美たん”、今日定時?」
「その予定ですけど・・・。」
「ご飯、食べに行こうよ。」
まだ外食なんて出来ないけど、他に誘えるような言葉が俺にはなかった。
瑠美が俯いていた顔を上げ・・・驚いた顔をしている。
そんな瑠美に、一応言っておく。
「外食まだ出来ないけど、こういうの言ってみたくて。」
「そうですか・・・。」
瑠美が、笑っていた。
可愛い顔で、俺を見上げ笑っていて・・・。
この1年半、仕事の話しか出来なかった。
瑠美はあまり目を合わせてくれなかったし、俺も・・・頑張ると決めていたから。
同じ会社に入れて、あとは二十歳になることと、瑠美に追い付くだけだと思ったから。
この約1年半は、頑張った。
生きる為に新しい食材は食べられなかったけど、それ以外は本当に頑張ってきた。
でも・・・
もう、二十歳で・・・
俺は、部長にもなって・・・
あとは、あとは・・・
瑠美に“男”として、好きになってもらうだけ。
そう、思っていて・・・。
でも、瑠美は・・・
「外食、早く出来るようになるといいですね。」
そう言って、俺があげたメガネの奥・・・その顔を悲しそうな顔にさせ笑う。
いつも、昔から・・・よくこの顔を瑠美はしていて・・・。
俺は、ゆっくりと手を伸ばし・・・
俺があげたメガネを、外した・・・。
瑠美の素顔を少しだけ見て、笑いながらまたメガネを戻した。
「“瑠美たん”、帰る時本社まで迎えに行くよ。」
そう言って、もう1歩瑠美に近付く。
驚いて見上げる瑠美の顔が、俺の顔のすぐ真下にある。
1度メガネを外して確認したから、よく分かる。
瑠美は・・・たぶん、“嬉しい”とは思ってくれている。
あと、少し・・・
あと、少し・・・
あと少しで・・・
きっと、追い付く・・・
きっと、追い付く・・・。




