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そして、4月1日
「忘れ物ない?一成君。」
「今日からもう社会人だよ。」
瑠美が心配そうな顔をしながら、俺を見上げる。
「瑠美、いつもご飯ありがとう。
筋肉は戻ってないけど、体調も良い。」
「うん、まだアレルギーチェックしきれてないけど、これからも進めていこう。」
「これからは・・・うちのお母さんにお願いするから、もう大丈夫。」
俺は、真面目な顔で瑠美を見下ろす。
「俺、今日から社会人になる。」
「うん、おめでとう・・・。」
「まだ18歳だけど、すぐだよ。
すぐ、追い付くから・・・。
これからは、俺1人で頑張るから。」
瑠美が驚いた顔で俺を見上げ、すぐに笑った・・・。
でも、大人な顔で、笑った。
「分かった・・・。」
「今まで、本当にありがとう。」
「うん・・・。」
「見てて、俺が人生を進むところ。
俺が人生を泳ぐ所、見てて・・・。」
「同じ会社だから、見てるよ・・・。」
「瑠美に追い付いたら、聞いて欲しいことがあるから。」
瑠美が悲しそうな顔で、笑う。
「もう、追い付いたのに・・・。」
「まだだよ・・・。」
「じゃあ・・・その時、一成君が覚えてたら。」
俺は、頷き・・・瑠美に笑い掛ける。
「行ってきます、瑠美。」
背中をゆっくりと瑠美に向けると、瑠美が少しだけ背中を押してくれた・・・。
「行ってらっしゃい・・・一成君・・・。
バイバイ・・・一成君。」
*
入社から約1ヶ月半後・・・
「あ、伊藤さん眼鏡変えました?」
サポート支援センターの廊下、メディカルトレーナーの男の人に瑠美が話し掛けられている。
それを少し離れた場所から、見ていて・・・
瑠美が照れたような顔で笑いながら、そのメガネを触っている。
数日前、初めての給料で俺が買った眼鏡。
瑠美のお母さんに渡したけど、“これを掛けて見てて”と伝えてくれているはず・・・。
「いつもの眼鏡よりお洒落で可愛いね。
でも・・・ちょっと眼鏡外してみてよ、絶対そっちの方が良いと思うけど。」
そんなことを言われていて・・・
瑠美は笑いながら首を横に振っていて、安心してからトレーニングルールに入った。
そしたら・・・
「伊藤さん、来てた?」
「はい・・・。」
「廊下にまだいた?」
「もう帰ったんじゃないですか?」
「ちょっと、行ってこようかな・・・。」
「それより、早くやりましょう。」
俺のメディカルトレーナーの男の人に、苦笑いしながら伝える。
メディカルトレーナーは残念そうにしながら、トレーニングの準備をしていく。
「伊藤さん、可愛いよね。
彼氏いないらしいよ。」
準備しながらも、まだ瑠美の話を進める。
「本社の人達、見る目ないよな。
ここじゃ大人気なのに。」
その通りで・・・。
たまに本社に行っても瑠美の話を聞いたことがないけど・・・サポート支援センターでの瑠美の人気は凄かった。
「伊藤さんと挨拶した!」
トレーニングルームの扉が開き、部員の1人がはしゃぎながら入ってきた。
「伊藤さん、まだいる!?」
「廊下でまだ話してる!」
それを聞いた部員やメディカルトレーナー達が・・・ゾロゾロとトレーニングルームを出ていき・・・
俺は、苦しくなった。
選手コースでも、瑠美の人気は凄くて。
ここでも変わらず瑠美の人気は凄かった。
「“瑠美たん”・・・。」
そんな懐かしい呼び方が、ここに来ると思い浮かぶ・・・。
トレーニングルームの中、1人で先にトレーニングを始める。
副社長が何を考えて俺にトレーニングをさせているのか分からないけど、これも仕事内容の1つなので出来ることは精一杯やる。
“努力に勝る才能はない!”
水着姿で泳ぐ瑠美の姿は見えないけど、白いTシャツにその文字が書かれた後ろ姿は見えるような気がするから・・・。
トレーニングルールの中、壁に張られた紙を見る。
“それでも 諦めるな”
ここのトレーナーや部員達はよく、この紙を見上げる。
たまに、入部してきたばかりの部員はこれを見て泣いたりもする。
でも、俺はそんな風にはならなくて・・・。
他の人達からは、「若いから」や「強いから」と言われたけど。
多分、そういうことじゃなくて・・・。
“諦める”とかそういうことを、考えたこともなかったから、ピンっとこない。
俺はこの身体1つで、泳いできた。
瑠美に追い付く為に。
瑠美に追い付いて、“俺のお母さん”になってもらうために。
そこに、“諦める”とかそういう発想はなくて。
泳げなくなったと分かった時も、“諦める”ではなく“どうやって追い付けばいい”という考えだった。
瑠美を抱いて人生を終らせてしまいたくもなったけど、それは“諦める”という感じとも違った。
あれは・・・
あれは、“最後の追い上げ”に似た感じだった。
最後の最後、1番キツくなってくる時・・・
その時に出せる全ての力で泳ぎきる“最後の追い上げ”だった。
死ぬつもりでも、瑠美に“男”として見て貰う“最後の追い上げ”だった。
瑠美に“男”として見て貰って、瑠美のことを見ながら死ねるかもしれない、“最後の追い上げ”だった・・・。
でも、瑠美に生かされた。
俺は瑠美に、生かされた・・・。
死なない限り、人生は続いていくから・・・。
また、瑠美に追い付く・・・。
どうすれば追い付くことになるのかは、まだ分からないけど・・・
“それでも 諦めるな”
俺を見付けてくれた凄い人のエールだとは分かるから・・・
この紙を見ながら、
瑠美の背中の文字・・・
“努力に勝る才能はない!”
それを今日も追い続ける・・・。




