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そう元気に言ったのは、中堅の人材紹介会社・・・
今年26歳で、新卒の時に“KONDO”に営業をかけて担当営業になった、柳川さんだった。
会社としても“KONDO”の新卒担当は2年目なので、どういう子が採用されるのか分からないと柳川さんは言っていた。
それでも・・・
“書類通ればそのままいっちゃいそう!”
そう何度も言っていて、俺を励ましてくれていた・・・。
“面接で一成君を落とすなら、“KONDO”に未来はない!
日本のアスリートに未来はない!!”
とまで言っていて・・・それを聞いていた他の先輩達に怒られていた。
そんな柳川さんに履歴書を何度も添削して貰い、“KONDO”に紹介して貰ったのはエントリー締切日の当日。
そして・・・
そして・・・
「マジですか!!!」
「通った!!!ラッキー過ぎる!!!
あり得ないんだけど、何で高卒で通ったの!?」
「あり得ないと思ってたんですか・・・?」
俺が聞くとまた元気な顔で笑いながら、「だって、本当にあり得ないもん!」と・・・。
そして、“KONDO”の面接日・・・。
柳川さんは書いた方が良いと言っていたけど、俺は書かなかった。
水泳の日本選手権で3位だったことを。
書かなかったというより、書けなかった。
こんな過去の結果を持って、前に進みたくなかった。
それで進むのは、違うと思ってしまった。
そんな過去の結果を持ちながらでは、瑠美には追い付けないと思ったから。
俺は、俺の身体1つで泳ぐ。
いつもそうしてきたから・・・。
本当は水着もスキムキャップもゴーグルだって、いらない。
素っ裸でだって、泳げる・・・。
そうやって、泳いできた・・・。
じいちゃんに教えて貰って、泳いできた・・・。
それがあったから、俺は瑠美を追いかけられた・・・。
俺は、また泳ぐ・・・。
人生のレーンを・・・
置いていかれないように・・・
前を泳ぐ瑠美に置いていかれないように・・・
俺は、泳ぐ・・・。
早く・・・
速く・・・
追い付くように・・・。
そう思いながら、面接の部屋の扉を・・・
開けた・・・。
*
「一成君、どうしたの?家の前で・・・。」
夜、瑠美が仕事から帰ってきた。
俺は瑠美の家の前で、帰ってくる瑠美を待っていた。
そして、瑠美の目の前に立ち・・・報告した。
「俺、今日・・・“KONDO”で内々定貰った・・・。」
「・・・うちの会社?
でも、一次面接自体が今日終わったばっかりじゃなかったかな。
新卒の面接って3回くらいあるはずだけど・・・。」
「よく分からないけど・・・今日内々定貰った。」
「それ・・・大丈夫かな?
本当にそう言ってた?誰が?」
「最初に言ったのは、なんか・・・変わってる女の人。
テニスの格好してスーツのジャケット羽織った・・・二つ結びの女の人。」
そんな変わってる女の人が、扉を入っただけの俺に内々定の話を出してきた。
その女の人のことを瑠美に言うと、瑠美が驚いた顔をした後・・・久しぶりに大笑いしていた。
ここまで大笑いするのは・・・最後はいつだったか。
思い出せないくらい、久しぶりで。
「あの新卒の子、確かに新卒担当だけど・・・っ、え・・・その後は!?
その後どうなったの!?」
「“社長呼んでくる”って言って、帰ってきたら人事部長と副社長を連れて帰ってきた。」
「え!?副社長!?なんで!?
・・・え!?あの子、そんな簡単に副社長連れてこられるの!?
でも・・・うちの部長とも仲良いし・・・いや、それにしても・・・。
副社長も内々定って、言ってたの?」
「副社長は・・・その女の人とよく分からない会話をしてて。
最後にその女の人が“4月に入ってくるの待ってるから”って俺に言ってくれて・・・。」
「それ、大丈夫なのかな・・・。
内々定の書類とか、ちゃんと出してくれるのかな?」
「それは人事部長の人が出すとは言ってくれた。
明日、それを取りに副社長室に行くよう言われてる。
人材紹介の担当者にもすぐに連絡をしてくれて、本当だったら人材紹介経由なんだけど話をつけたって。」
「なんか、凄い展開になったね。
日本選手権で3位取ったの書いたんだ?」
「いや・・・書いてない。」
瑠美が、メガネの奥の目を大きく見開いた。
「書いてないの!?何で採用されたの!?」
「よく分からないけど、された。
変わってる女の人を中心に話が進んで、その場で。」
「あの子・・・そういえば、雇用契約書は法務部で保管されてない。
だとすると副社長の・・・」
瑠美が何か考えた後、真剣な顔で俺を見上げた。
「もしかしたら、凄い子に見付けて貰えたのかも。」
「あんな凄い格好してる人、いないもんね。」
そう答えたら、瑠美がまた大笑いをしていた。
そのままの顔で、俺を見上げる。
「おめでとう、一成君。
またすぐに追い付いちゃったね。」
「まだだよ・・・。」
「ご飯、いっぱい食べよう。
レシピ増やしていくから。
なるべく、美味しく。」
「ありがとう。」
「体調整えて、絶対に入社してきて?」
瑠美が嬉しそうに・・・でも、どこか悲しそうな顔で笑った。
*
翌日、副社長室に案内をされ・・・
挨拶も一瞬で終わり、副社長が少し怒った様子でソファーに座ったので、俺も断ってから目の前の席に座った。
「お前、ちゃんと履歴書に書け。
あんな普通の内容なら普通は採用されないぞ?
なんで水泳の日本選手権で3位だったこと書けなかった?
・・・それに、なんでそんな平然としてるんだよ?」
副社長が怒った様子で俺を見て、一気に話し掛けてきた。
「昔取った結果のことなんで。
僕はもうプールでは泳げないですし。」
「・・・まだ、闘えそうだな。
まだ死んでない。」
「そうですね、あと少し遅かったら死んでいたかもしれないと言われていましたが。」
「本物の命のことじゃなく、まだ闘えるだろ。
こんな会社でチマチマ働かせるには、俺も持て余す。」
そう言われ、怒った様子の副社長を見返す。
「そうだ、お前はまだ闘える。
16歳、お前はまだ16歳だった時に闘って、勝ち取ったような男だからな。」
「それは・・・昔の結果です。」
「検査結果までは調べられなかったが、最近の検査はどうなってるんだ?」
「検査結果の数値は、良くなってきました。」
「良い顔してるからな、昨日の面接の時より良い顔してる。
これなら、俺でも分かった。
・・・そう考えると、やっぱりアイツの目は凄いな。」
副社長が急に、面白そうな顔で普通に笑った。
「中田一成、お前は風が吹くらしいぞ。
流れるような冷たい風が、吹くらしい。」
「風・・・ですか?」
「アイツがそう言ってた。
俺の“目”であるアイツが。」
副社長が笑いながら、天井を見上げた。
「“経営の女神”、呼ぶか・・・。」
「経営の女神ですか?」
「児玉総合クリエーション、あそこにお願いするか・・・。
うちの経営企画は、まだ弱い。」
副社長が1人で話した後、天井からまた俺に視線を移した。
「お前の“土台”、何だ?」
「“土台”ですか?」
「お前の1番下、お前の1番大切な元になる部分、何だ?誰かいるか?」
そう聞かれ、よく分からないので悩む・・・。
「女か?好きな女いるか?」
「いますけど・・・その人は土台というか・・・。
俺の目指す先というか・・・。」
瑠美は、俺の目指す先で・・・
“土台”という表現ではないのは分かる。
「まだ18だしな。
そういうのはなくてもそこまで行けるなら・・・」
副社長が言葉を切った後、俺を不思議そうな顔でジッと見た。
「・・・なんだろうな、でも何かあるだろ。
人かどうかも・・・何か分かりにくいな。
お前もアスリートだからな。
うちも数人のアスリートのスポンサーになっているが、アスリートは・・・変わってる人が多いからな。」
「そうですか?」
「性格とかそういうことじゃなくて、世界で闘うとなると・・・普通だったら闘えないだろ。
怖くて、普通だったら闘えない。
でも、闘えるんだよ・・・そういう人が世界に行ける。
恐怖を感じないのか、恐怖も力に変えるのか、俺には分からないが・・・。」
そう言われ、思い出した。
「大物になる人は、昔から決まっているらしいですよ。
頭のネジが1本も2本も・・・沢山吹っ飛んでいるような人らしいです。」
俺が答えると、副社長が面白そうな顔で笑いながら俺を睨み付けた。
「それ、誰が言ってた?」
「じいちゃん・・・祖父です。」
「おじいちゃんか・・・そこまでは調べてないな。」
「祖父も水泳選手だったみたいです。
17歳で・・・俺と同じ歳で祖父も辞めたらしいですけど。」
「おじいちゃんから、泳ぎを教わった?」
「1ヶ月くらいですけど、教わりました。
海で、最初は流木で離れ小島まで。
その後はクロールだけですが、教わりました。」
副社長は驚いた顔をした後、大きな声で笑いだした。
「冷たい風か・・・。
流れるような冷たい風って、プールかと思ったら・・・そっちか?」
副社長が笑いながらも、また俺を睨み付ける。
「準備しておく、うちの会社・・・“KONDO”の裏側を。
ずっと考えていたことがある。
でも、動き出せなかった。
良い時期だな、やってみるか。」
副社長が、俺に内々定の通知書を渡してきた。
「4月、なるべく体調整えてこい。
始めるぞ、中田一成。
もう1回、うちで・・・“KONDO”でもう1回始めるぞ。」




