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自分の中で良いタイムではなかったけど、予選は通過したジュニアオリンピック。
朝・・・大会前は必ず家の前で見送ってくれる瑠美は、いなかった。
メッセージで、応援に来てほしいと朝も送った。
返信はなかった。
だから、応援に来ていないかもしれない。
ウォーミングアップ中も、瑠美のことしか考えられなかった。
だって、瑠美がいないから・・・
瑠美が消えてしまったから・・・
俺のレーンから・・・
俺のレーンで、俺の目の前で泳ぐ・・・
中学1年生の頃の瑠美が・・・
消えてしまったから・・・。
*
泳ぐ時、必ずあの時の瑠美が俺の前に現れる。
あの時・・・本当にビックリしたから。
追い付きそうなのに、追い付けなかった・・・。
あの時の感覚が・・・
プールの中に入ると全身が思い出す。
そして、いつも瑠美が現れる。
だから、俺は瑠美を追う・・・。
タイムなんて気にしていない。
隣のレーンなんて、気にしていない。
ただ、目の前に現れた瑠美を追っている。
追い付くように・・・
瑠美に、追い付くように・・・
早く・・・
速く・・・。
そう、思うのに・・・
瑠美に拒絶された日から、瑠美は消えてしまった・・・。
消えてしまった・・・。
プールの中だけでなく、消えてしまった・・・。
表彰台に上がっても、謝っても、許してくれなかったら、どうしよう・・・。
許してくれなかったら、どうしよう・・・
どうしよう・・・。
瑠美が、いなくなってしまう・・・。
俺の・・・“俺のお母さん”が・・・
俺の大好きな、瑠美が・・・
大好きな、“俺のお母さん”が・・・
いなくなって、しまう・・・。
苦しい・・・
苦しい・・・
窒息する・・・
深い・・・
ウォーミングアップのプールだから、足はつくはずなのに・・・
立ったはずなのに・・・
溺れる・・・。
溺れる・・・。
溺れる・・・。
窒息する程苦しい中、溺れる程苦しい中、プールサイドの床に仰向けにされたのは分かった・・・
大人達が焦った顔で、俺に何かを聞いている・・・
なんだ・・・?
なんだ・・・?
名前・・・?
名前・・・?
自分の名前を言おうとして、でも声が口から出ていかなかった・・・
息も上手く吸えないまま、自分の名前も言えないまま・・・
溺れる中・・・
見えた。
焦った顔の大人達が・・・
俺のスイムキャップのタグやゴーグルの裏を見ているのを・・・。
そうだ・・・
そこに、書いてある・・・。
瑠美が、書いてくれたから・・・。
よくプールやロッカーに忘れてしまう俺の為に、瑠美が名前を書いてくれていたから・・・。
ほぼ裸みたいな格好で泳ぐこのスポーツで、自分の名前も言えなくなり・・・
高校2年生にもなってそんな所に名前を書いてる奴なんて、俺だけだよ。
俺だけだよ・・・。
俺だけだよ・・・。
瑠美・・・
瑠美・・・
会いたい・・・。
*
応援に来ていたお母さんとお父さんが、ぼやけてくる視界の中に入ってきた。
2人とも焦った顔をしていて・・・この顔は、知っている。
じいちゃんが死んだ時だ・・・。
じいちゃんが死んだ時も、お母さんとお父さんはこんな顔をしていた・・・。
深く・・・
深く・・・
溺れていく中・・・
瑠美の顔を探す・・・。
天井の景色が変わる中、
瑠美の顔を何度も探す・・・。
お母さんに何度も「瑠美は?」と聞きたかったけど、声にならなかった。
俺は・・・
死ぬらしい・・・。
このまま窒息をして、死ぬらしい・・・。
瑠美に、会えないまま・・・
瑠美に、会えないまま・・・
瑠美の顔も見れないまま。
あんな変なことをしてごめんと、謝れないまま。
許してもらえないまま・・・。
“好き”と伝えられないまま・・・。
俺は、死んでいく・・・。
俺は、死んでいく・・・。
瑠美・・・
瑠美・・・
顔を、見せて・・・。
笑った顔を、見せて・・・。
最後に見たのは、窓の所で・・・
怒った顔だったから・・・。
いつもみたいに、可愛い顔で・・・
俺に、笑って・・・。
重くなっていく瞼を閉じる・・・。
じいちゃん・・・
俺、まだ未成年だから・・・
そっちに行っても、酒は飲めないよ・・・。




