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瑠美は驚きながら、俺を振り向いた。
そんな瑠美を見て、泣きそうになった・・・。
苦しくなった・・・。
苦しくて、息が出来なくなる・・・。
俺は、弱いから・・・。
俺は、心が弱いから・・・。
でも・・・
でも・・・
伝えた・・・。
「すぐ、追い付くから・・・。」
「タイム?そうだね、すぐ追い付かれちゃう。」
「タイムもそうだし、全部。
足の大きさも、手の大きさも・・・。」
そう言って、俺は瑠美のTシャツの袖から手を放し、瑠美に手の平を見せるように広げた。
そしたら、瑠美が嬉しそうに笑って、右手をゆっくりとくっつけてくれた。
手がついた瞬間、なんだかまた泣きそうになった・・・。
「すぐ、追い付くから。
足の大きさも手の大きさも、身長も・・・。
俺もすぐ、中学3年生になるから。」
「中学、3年生か・・・。」
瑠美が少し悲しそうな顔で笑った。
「その時、私は21歳かな・・・。」
「21歳も、すぐ追い付くから。
すぐ、追い付くから・・・。」
合わせていた瑠美の手、その指の間に俺の指を入れ強く握った。
「すぐ、追い付くから・・・。」
瑠美を見ながら言うと、瑠美は悲しそうに笑ったまま・・・頷いた。
「先に、行ってるね・・・。」
「うん・・・。」
*
すぐ、追い付く・・・。
すぐ、追い付く・・・。
瑠美に伝えた通り、俺は瑠美の足の大きさにも手の大きさにもすぐに追い付いた。
タイムも追い付いたし、瑠美が中学3年生だった時にも追い付いた・・・。
でも・・・
瑠美は・・・。
「一成君、忘れ物ない?」
社会人1年目、23歳になる年になっていた。
俺は・・・まだ高校2年生になったばっかりで、誕生日もまだだから16歳。
「うん・・・。」
「持ち物に名前書いた?
一成君すぐに忘れたりしちゃうから。」
「いつの頃の話?」
高校2年生になっても、まだそんなことを心配されている。
「俺の水着とかスイムキャップ、あとゴーグルにも名前書くの止めてよ。」
「だって、一成君すぐに忘れちゃうから。
念の為書いておけば、何かあっても一成君のって分かるでしょ?」
俺達の家の前で、瑠美が俺を見上げ笑い掛けてくれる。
高校1年生で、瑠美は水泳スクールの選手コースを辞めた。
それから部活1本になったけど、瑠美は泳ぎ続けた。
応援に行く度、自己ベストを更新している瑠美を見て、“努力に勝る才能はない!”を体現しているような存在だと思っていた。
実際、選手コースを止める直前まで、コーチにお願いをしてもっと遅くまで泳いでいた。
それに俺も付き合い、同じレーンで一緒に泳いでいた。
そんな瑠美は、偏差値の高い大学にも入り、今は法律事務所で働いている。
風が少し拭き、瑠美の肩の下くらいまである髪の毛が、瑠美の唇に少しついた。
瑠美は気にしていないようだったけど、俺は瑠美の唇を見て・・・なんだか、泣きそうになった。
苦しくなった・・・。
苦しくて、窒息しそうになる・・・。
最近、瑠美を見ていると窒息しそうになる・・・。
泳いでいても苦しくなんてならないのに、苦しくて苦しくて、窒息しそうになる・・・。
瑠美の唇に、ゆっくり・・・
震える手を伸ばした・・・。
瑠美は驚いた顔をして、俺を見上げている・・・。
「髪の毛、ついてる・・・。」
「ありがとう・・・。」
瑠美は顔を真っ赤にして笑っていて、困ったように笑っていて・・・。
少し、泣きそうな顔をしている。
メガネの奥、瑠美はいつからかよく泣きそうな顔をするようになった・・・。
「表彰台、上がってくるから。」
「うん、応援に行く。」
「すぐ、瑠美に追い付くから。」
「もう、追い抜いてるのに・・・。」
瑠美の唇についた髪の毛を、ゆっくりととっていく。
初めて触れる瑠美の唇は、柔らかかった・・・。
「帰ったら、カツカレー食べたい。
あと、プリンと。」
「うん、作って待ってる。
みんなで食べよう。」
「瑠美も、もう少し食べた方がいいよ。」
元々食べる量の少なかった瑠美。
それでも中学の時は頑張って食べていた。
高校に入ってから、瑠美は食べる量が激減した。
水泳選手にしては細かった身体がもっと細くなり、今では・・・なんだか、綺麗なままで、とにかく綺麗なままで・・・。
俺には、水泳を辞めた瑠美の身体ももっと綺麗に見える・・・。
でも、食べる量があまりに少ないから、心配にもなっていた。
痩せすぎているわけではないし、筋肉も綺麗についているんだけど・・・
何故だか凄く不安にさせる。
昔のように、前髪が眉毛の所でパッツンになった瑠美、そこにメガネをかけていて・・・中学の時と同じような見た目に戻ったような気もする。
これも、高校で選手コースを辞めた時にこうなった。
それに、俺はどこか安心していた。
まだ、追い付ける・・・
まだ、俺は追い付ける・・・。
そう、何度も思えた・・・。
もう髪の毛なんてとっくに取れているのに、最後に瑠美の唇をもう1度触れた。
そして、そのまま瑠美に伝える・・・
「行ってきます、瑠美。」
そう言って、指先に瑠美の唇の感覚を残したまま、指を離した・・・。
ゆっくりと、瑠美に背中を向ける・・・
そうすると、いつものように瑠美が背中を少しだけ押してくれる・・・
「行ってらっしゃい、一成君。」
瑠美の手を背中に最後まで感じ、瑠美の声を背に歩き始める。
俺は、追い付く・・・。
瑠美に、追い付く・・・。
そして、“俺のお母さん”に・・・
なってもらう・・・。




