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「一成君どのくらい泳げるの?」
「砂浜から離れ小島を、何往復も出来る。」
「それは・・・泳げそうだね。」
“お姉さん”が大きめに笑って、プールサイドから水の中に入った。
「50メートルのレーン。
もう18時過ぎてるし平日だし、子どもも大人もいなくなってる時間だね。
足・・・つくかな?」
「足なんてつかなくても怖くない。
あんな近い所に手が着くんだし。」
「海で泳いでたんだもんね。」
“お姉さん”の隣に、俺も入った。
波も何にもない、静かな水の中・・・。
怖くなんて、何もない。
「この線の右側泳いでね。
向こうに着いたらそのまま休まないで、こっちに戻ってきて?」
そう説明され、俺は頷いた。
「・・・ゴーグル、貸そうか?」
「そんなのいらない、目開けてたら見える。」
答えた俺に、“お姉さん”が少し大きめに笑った。
「私、先に泳ぐね。」
「うん。」
俺が返事をしたのを確認し、“お姉さん”が・・・
“お姉さん”が・・・
消えた・・・。
静かな水面の下を、影が動いている・・・
それは分かった・・・。
でも、次に水面から出てきた時・・・
それは“お姉さん”では、なかった。
じいちゃんが海で泳いでいるのを見た時、“人間じゃないみたい”と思ったけど・・・
“お姉さん”はそれ以上だった・・・。
学校のプールでは、ただ遊ぶような授業だったから、じいちゃんが教えてくれた泳ぎ方しか俺は知らない・・・。
“お姉さん”は不思議な泳ぎ方をしていて・・・
それも、凄い綺麗で・・・
綺麗で・・・
人間じゃないみたいだった・・・。
水の中にいる“何か”、そんな感じでしかなくて・・・
それに、速い・・・。
速い・・・。
でも、俺なら・・・
俺なら、追い付ける。
遠くなっていく“お姉さん”の姿を見ながら、プールの向こうの壁ではなく・・・
目指す先が“お姉さん”に変わった。
追い付ける・・・。
俺なら、追い付ける・・・。
そう思って、この静かな水の中に・・・
この、波も何もない、
静かな、水の中に・・・。
*
泳いでいても、静かな水だった・・・。
この静かな水を、全身で感じる・・・。
この静かな水を、両手の指先から・・・
両足の爪先まで、感じる・・・。
その感覚を、掴み取る・・・。
波も何もないこの水の中・・・
海よりも掴みやすい・・・。
海よりもグングン進んでいく・・・。
速く・・・
速く・・・
速く・・・
進んでいく・・・。
進んでいく・・・。
進んでいく・・・
のに、追い付けない・・・。
“お姉さん”に、追い付けない・・・。
追い付けそうなのに、
あと少しで、追い付けそうなのに・・・
追い付けない・・・。
そう、思った時・・・
聞こえた・・・
聞こえたような気がした・・・
じいちゃんの声が、聞こえたような気がした・・・
“追い付けるようで追い付けない、そんな女がいいぞ、一成。”
“肝っ玉の据わった女”
“一成は俺にソックリだから、“俺のお母さん”みたいな女が良いぞぉ。”
いつか聞いた、そんな言葉がまた聞こえたような気がした。
その時、目の前を泳いでいた“お姉さん”が、壁を背に立っているのが水中から見えた。
そのお姉さんを目指して、俺は残っていた力を全て出し・・・
泳いだ・・・。
そして、“お姉さん”の目の前に・・・
止まった。
立ち泳ぎをしながら、伝える。
「すぐ、追い付くから・・・“俺のお母さん”になってよ、“瑠美”。」




