表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/76

8

救急車が走り去って、しばらくして・・・

お姉さんが振り返った。




俺は、ビックリした。




だって、お姉さんが泣いていたから・・・。




最初から最後までテキパキと対応していたお姉さんが、泣いていたから・・・。




でも、その顔は・・・




しっかりとしていた。




ばあちゃんの顔に似ていた。




病室の扉で、じいちゃんを見て泣いて・・・




泣きながらもしっかりした顔をしていたばあちゃんの顔に、似ていた・・・。




じいちゃんの“俺のお母さん”である、ばあちゃんに、似ていたんだ・・・。




そして、泣きながらもしっかりとした顔で、“お姉さん”は俺に近付いてきた。




「一成君、おいで。

お母さんに頼まれてるから。

お父さんが来るまでは、うちにおいで。」




「・・・大丈夫。

夜ご飯のトンカツあるし、家にいる。」




“お姉さん”は何か少し悩み・・・

また、すぐに口を開いた。




「トンカツ、持っておいでよ。

この匂い、うちは今日カレーだから。

カツカレーにしよう。」




「カツカレー・・・?」




「カレーライスにトンカツのせるの。」




「そんな・・・夢みたいなこと、していいの?」





トンカツを持って、隣の家に。

“お姉さん”が家の前で待っていてくれると思ったら、いなかった。




どうしようかと、一瞬悩んだけど・・・

“カツカレー”という、夢みたいな食べ物を食べてみたかった。




トンカツを持ち、少し震える手でインターフォンを押した。










「一成君、瑠美から聞いた。

大変だったわね~。」




うちと同じリビングに通され、でも家具とかも違うから別な家のようだった。

“お姉さん”のお母さんにトンカツを渡すと、そう言われた。




「手洗って、一成君。」




階段から降りてきたお姉さんが、俺を見て言うので・・・俺は両手を広げ見下ろした。




「汚れてないけど・・・」




「帰ってきたら、手洗うの。」




“お姉さん”がそう言って、俺を洗面所に案内した。

うちと同じ間取りなのに。




「これ、ハンドソープね。」




「うん・・・。」




そう言われ、水を出して手を洗う。

使ったことのないハンドソープ・・・ポンプを押してみると、フワフワの泡が出てきた。




「泡だ!」




「一成君の家は、液体?」




「手洗うのに、石鹸使ったことない!!」




答えると“お姉さん”は、洗面台の鏡越しに小さく笑った。




「手が綺麗になるだけじゃなくて、少しだけスッキリするよ。

家に帰ってきて手を綺麗に洗うと、少しだけスッキリするから。」




そんなことを言われ・・・

フワフワの泡で手をゴシゴシと洗い、水で流すと・・・




確かに、少しだけスッキリした気持ちになった。




「まだ少し早いけど、夜ご飯にしちゃうわね?」




“お姉さん”のお母さんに言われ、時計を見ると・・・まだ夜ご飯には早い。

それに・・・




「一成君、お腹空いてない?」




“お姉さん”がすぐに聞いてくれ、俺は頷いた。




少し、“お姉さん”が何かを考え・・・




「引っ越してくる前は、山を駆け回ってる子ってお母さんから聞いたよ。

私と少し走りに行く?」




「走るのか・・・。

でも、裸足で走れないし空気も悪いし・・・。

どこかで・・・泳げない?」




俺が聞いてみると、“お姉さん”は少し驚いた顔になった。

でも、すぐに小さく笑ってくれた。




「行こうか、気になってる区民プールあるんだよね。

窓が大きいの。ここから少し電車に乗るけど。」




そう言って、“お姉さん”が立ち上がった。




「水着持っておいで。」




「水着・・・。

小学校で、夏休み前の授業で使ってたのでいい?」










お姉さんと電車に少し乗って、着いたのは・・・大きな建物。




「ここが、プールなの?」




「うん、私も初めて来たけど。

友達がここで泳いだら良かったって言ってたの。」




初めて来たわりには、“お姉さん”は迷うことなく真っ直ぐと建物の中に入っていく。

“お姉さん”の白いTシャツ、“努力に勝る才能はない!”の文字が少し遠くなり・・・

俺は慌てて走って追いかけた。




お姉さんが機械に小銭を入れて、小さな紙を俺に渡した。




「俺、お金持ってきてなくて。

電車も・・・ごめん。」




「知ってる。今度返してくれればいいから。」




“お姉さん”が小さく笑いながらそう言ってくれたので、俺はしっかり頷いた。

そんな俺を見て・・・少し考えた様子になり、紙を渡した男の人に話し掛けた。





「すみません、この子大きいんですけど、まだ小学校1年生になったばっかりで。

地方に住んでいて数日前に引っ越してきて・・・ロッカーとか使えるか心配なので、女子更衣室の方でもいいですか?

次からは必ず男子更衣室を使いますので・・・」









「俺、1人でも大丈夫だったのに・・・」




「念の為だよ。私はそっちに行けないから。

周りに教えてくれる人もいないと、プールまで辿り着けないからね。」




“お姉さん”がそう言いながら、ロッカーに鞄を入れ・・・白いTシャツを勢い良く脱いだ。




お母さんとは違うようなブラジャーみたいなやつも、素早く脱ぎ・・・




パンツも一気に脱いで・・・




素っ裸に、なった・・・。




お母さんとも違う・・・




近所に住んでいた女の子達とも違う・・・




なんだか・・・




凄い綺麗だった。




しばらく動けずに、“お姉さん”が水着を着るのを見ていると・・・。




素っ裸も綺麗だったけど、水着を着た方がもっと綺麗だった。




そんな“お姉さん”がメガネを外して、目に何かを入れていて・・・




「何それ?」




「コンタクト。

プールに入る時はコンタクトに変えるの。」




コンタクトというのをした、眼鏡を外した“お姉さん”は・・・さっきまでと印象が随分違った。




「眼鏡ない方がいいんじゃん?」




「たまに言われる。」




“お姉さん”は少し笑いながら、肩より少し長い髪の毛を後ろに結んだ。

そこに帽子を被り、眼鏡みたいなのをオデコにつけた。




「メガネあるじゃん。」




「これ?これはゴーグル。

プールの中でもよく見えるの。」




「そんなのなくても目開ければ見えるよ?」




「でもぼやけるし、目も痛くなるから。」




「そう?俺海で目開けてても気にならなかった。」




「海で目開けてたんだ。」




「じいちゃんと泳ぎに行ってた。

水着も着ないで素っ裸で泳いでた。」




それには“お姉さん”も驚いたのか、少し驚いた顔をして・・・でも笑った。

さっきよりも大きく笑っていた。




「早く着替えな?

あんまり遅いと置いてっちゃうよ?」




そう、言って・・・。

この“お姉さん”なら本当に置いていくと分かっているので、俺は慌てて水着に着替えた。




お姉さんについていくとシャワーを掛けられ、そのままプールに向かった。




小学校とは違う大きな屋内のプール。

屋内だからか、変な匂いが強くしている。




お姉さんはプールに持って行った鞄を網の棚にのせると、少しスマホを見ていた。




「一成君のお母さん、一先ず落ち着いたって。

でも、これから入院になるみたい。」




そんなことを、言われ・・・




なんだか、怖くなった・・・。




怖く、なった・・・。




声が、出ない・・・。




声がいつも出ないんだ、俺は・・・。




じいちゃんが言う通り、俺は弱い・・・。




俺は、心が弱い・・・。












俺は、弱いんだ・・・






















そう思った時・・・






















「一成君が急いで動いたからね。」




“お姉さん”がそう言いながら、プールサイドの端に寄り・・・体操みたいなのを始めた。




「家から飛び出してくるのも、隣の家のインターフォンを押すのも、そこからうちの方に走ってインターフォンを押すのも見てた。

だから、私も急いで走った。」




俺が固まっていると、“お姉さん”が座って足を広げてまた身体を動かしていて・・・




「お母さんとお腹の中の赤ちゃんを助ける為に、よく動けたね。」




そう、言ってくれ・・・




涙が流れた・・・。




口から、やっと声が出てくる・・・。




でも、それは・・・




それは・・・




「お母さん、死んだらどうしよう・・・。

赤ちゃんも・・・。

俺、救急車の番号が分からなくなった。

お母さんに言われるまで、動くことも出来なかった・・・。

俺のせいで、お母さんも赤ちゃんも死んだらどうしよう・・・。」




涙と一緒に出てきたのは、こんな言葉だった・・・。

さっきからずっと怖かった、こんな考えだった。




そんな俺を、“お姉さん”が立ち上がり・・・見下ろした。




「そしたら、その時考えよう。

もしも、死んでしまったとしても、それは今考えることじゃないから。

その時に何を思うのか、途中である今、想像する必要はないから。」




そんな、そんな、ことを言って・・・。




小さく、笑った。




「私の方が6歳も上だから。

そんな私からの“教え”。」




「教え・・・。」




俺よりも6歳も上の“お姉さん”がそう言うなら、そうなのかもしれない。

そう思ったら、気持ちが少し軽くなった。




お姉さんはプールに向かい、歩き始めた。




「泳ごう、一成君。」




そう言いながら、俺の方は向かず・・・




歩き始めてしまう。




そして・・・




「置いてっちゃうよ。」




と、また言われ・・・。




この“お姉さん”は本当に置いていくので、俺は慌ててついていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ