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それから、夏休みが始まると同時に・・・
俺は・・・俺達家族は、引っ越した。
都会に、お父さんの職場が近い所に。
じいちゃんが建ててくれた家から・・・。
でも、そこにはオバサンとばあちゃんが住むことになったから、じいちゃんは嬉しいと思う。
そう思うことにして、俺はこの都会の家・・・
同じ外観の家が3軒並んでいて、その真ん中の家、ここに引っ越してきた。
狭いし、庭もないし、俺は不満しかなかった。
裸足で歩いていると危ない物が落ちているし、空気も悪いし、自然もないし、身体を動かす場所もない。
「一成、食べないの?」
「全然お腹空かない。」
白米と大量の肉、少しの野菜がのった丼を見て・・・食べられなかった。
お腹が全然空かない。
あんなにお腹が空いていたのに、全然空かなかった。
「夏バテかな?
明日の一成の誕生日は、トンカツ買ってくるよ。」
「本当!?」
それには、喜んだ。
前の家の地域、その店にはトンカツというのが売っていなかった。
お母さんは大雑把なタイプなので、ああいう工程の多い料理はしない。
だから、こっちに引っ越して良かったのは、トンカツという物に出会えたことだった。
*
翌日・・・
8月23日、木曜日・・・。
夕方、お母さんがスーパーから帰りトンカツを俺に見せてくれた。
夜ご飯に食べようと言ってくれ、楽しみにしていた。
なのに、
なのに・・・
俺は、苦しみながらうずくまるお母さんを見て・・・身動きが取れなくなった。
そんなお母さんが、汗だくの顔で俺を見て・・・
「一成・・・救急車・・・」
と、言うので・・・
慌てて電話機を持つけど・・・
救急車の番号も、思い出せない・・・。
震える手で、電話機をただ持っていると・・・
「お隣さんとか・・・呼んできて・・・」
と、お母さんに言われ・・・
慌てて、久しぶりに裸足のまま外に走り出した。
右隣の家のインターフォンを押すけど、出なくて・・・
また、慌てて左隣の家のインターフォンを、押した。
それも、出なくて・・・
どうしよう・・・
どうしよう・・
そう、思った時・・・
「君、一成君?」
と、俺の名前を・・・呼ばれた。
振り向くと、知らない人・・・お姉さんだった。
白いTシャツに、スポーツをするズボンみたいなのを履いていて・・・。
そんなお姉さんが、俺の足元をチラッと見て・・・
「私はここの家の娘、伊藤瑠美。
・・・お母さん、妊婦さんだよね?
何かあった?」
と、聞いてくれて。
でも、俺は何も喋れず・・・頷くことしか出来なかった。
そんな俺に、お姉さんはしっかりとした顔で頷き・・・
俺の家に急いで入ってくれた。
お姉さんの後に、俺も慌てて家に入ると・・・
お母さんがリビングで変わらずうずくまっていて・・・
そんなお母さんをチラッと見たお姉さんが、少しキョロキョロした後、床に転がっている電話機を見付け・・・
すぐに電話を掛けてくれた。
テキパキと答えながら、お母さんの背中を擦り・・・
たまにお母さんに何か聞いて・・・
また何かを電話機に向かって答えていた。
そんな様子を、俺はただ見ているしか出来なくて・・・。
俺はまた、見ているだけしか、出来なかった・・・。
お母さんが救急車で運ばれていくのを、俺はまた見ていた。
黙って、何も喋れず・・・。
お姉さんが、最後までお母さんと何かを話していたけど・・・。
俺は、また何も喋れなかった。
走っていく救急車を、俺は裸足で・・・
見ていた・・・。
お姉さんは俺より前にいて・・・
その白いTシャツの背中の所には、文字が大きく書かれていた。
俺にはまだ読めない漢字があったから、分からないけど・・・
白いTシャツに、青い文字で横に・・・
“努力に勝る才能はない!”
そう、書かれていて・・・
俺はしばらく、その背中を見詰めていた・・・。




