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そして、7月に入りすぐだった・・・。





「父さん!今、母さん来るから!!」




病院のベッドの上、じいちゃんにお父さんが大きな声で言っている。




じいちゃんが、救急車で運ばれた。

小学校にいる時に、先生が慌てた様子で言ってきた。

地域にある小さな病院ではなく、少し離れた所にある大きめな病院。

お母さんの妊娠の検査でも何度かついていったことがあった病院。




俺は先生の呼び掛けを無視し、裸足のまま走り出した。




死ぬ気で走り着いた病院、入ってすぐにじいちゃんの名前を叫んだら、女の人が走りながら連れてきてくれた。




じいちゃんは口に何かをつけられていて、口だけじゃなくて胸とか腕とかにも色々つけられていて・・・




怖くなった・・・。




怖くなった・・・。




怖くなって、扉の所から動けなくなった・・・。





「一成!おじいちゃんに、何か言ってあげて!!」





お母さんに腕を引っ張られ、じいちゃんの前に立たされた。

じいちゃんの目だけが少し動き、俺を見たのが分かった。





でも、俺は怖くて何も言えなかった・・・。





怖くて怖くて・・・





何も、言えなかった時・・・





口に何かつけられているじいちゃんが、小さく笑った。





いつもよりもっと震える手で、ゆっくりと口についているのを外すと・・・





いつもよりもっと小さな声で、囁くように、言った・・・






「酒は・・・飲むな、一成・・・。」






そんなことを言われ・・・俺は、頷いた。







それに安心したように、じいちゃんが少し笑う・・・。







「“お母さん”は・・・?」




「お義父さん!もうすぐですから!!」




「・・・早く、来てくれないと・・・俺は“お母さん”を見ながらじゃないと・・・死ねない・・・」





じいちゃんは・・・それを言った後、何も喋らなくなって・・・





お父さんとお母さんの大きな声と、機械の音が、聞こえていて・・・





どれくらいそうしていたか、分からないけど・・・





「お父さん!!!」





と、急に叫び声が聞こえた。






振り向くと、オバサンだった。

お父さんのお姉さん、お父さんの実家の近くに住むオバサン。






そのオバサンが勢い良く入ってきて、じいちゃんに何やら叫んでいた。






ばあちゃんは・・・?

と思った時、息を切らしたばあちゃんが扉の所に立った。




じいちゃんを見た瞬間、ばあちゃんの目からは涙が流れていた。

でも、ばあちゃんはしっかりとした顔で・・・




ゆっくりと歩きだした・・・。




そして、じいちゃんの前に立った時に、笑った・・・。




泣きながら、優しく笑っていた。




ずっと、ばあちゃんを待っていたのに、じいちゃんはもう動けないし、喋れなくて・・・




でも、目だけはうっすら開いていて・・・




ばあちゃんを見ていることは分かった。





大吉(だいきち)さん、先に行ってお酒でも飲んでて?」





そう言って、じいちゃんの手を握った。





「今度は、私がすぐに追い付くから・・・。

そしたら、そっちで一緒にお酒飲みましょう?」









じいちゃんの葬式は、お父さんの実家・・・都会でやった。

棺に寝ているじいちゃんの所に、ばあちゃんはじいちゃんの腹巻きを入れていた。

「すぐにお腹を壊すから」と言って。




あんなに大きかったじいちゃんは、骨になって戻ってきた。

それを、俺は見ているだけしか出来なかった。




大人達が色々と話していたけど、俺はただ見ているだけしか出来なかった。





広い畳の部屋で、お母さんは黒い服でテキパキと動いていて、お父さんは色々な人に挨拶をしていた。





そんな中、俺は静かに1人で座っていた。





そして、聞こえてきた・・・。





色々な人から、じいちゃんの話が。





聞こえてきた・・・。





聞こえてきたんだ・・・。






じいちゃんは、水泳の選手だった。

結構有名な選手だったらしい。

でも、17歳の時に辞めた。

理由は、水泳を続ける為のお金が家になかったらしい。

水泳なんて裸でも出来るのに、俺にはよく分からない理由だった。




そんなじいちゃんは、17歳の途中で大工になることにしたらしい。

そこの親方の娘が、ばあちゃんだった。

じいちゃんが17歳、ばあちゃんは23歳だったらしい。




じいちゃんは6歳も上のばあちゃんに猛アタックというのをして、じいちゃんが18歳、ばあちゃんが24歳で結婚した。




じいちゃんは大工の腕も一流で、凄い人だったらしい。

人柄も良くて、人気もあった・・・。




でも、お酒に逃げる人だったと・・・。




何人もの人が、そう言っていた・・・。




お酒を飲んでは、店だろうと道端だろうと、家の中だろうと、大暴れしてしまったらしい。




お父さんの実家は、いつも窓ガラスが割れていて、壁や襖も穴だらけだったと・・・。




しばらくすると、稼いだお金は家に入れずお酒に消えていったらしい。

そんなじいちゃんだったから、ばあちゃんも外に働きに出て苦労していたと。




ばあちゃんは凄くモテたらしくて、そんなじいちゃんの様子を知っている他の男の人からも、沢山声が掛かっていた・・・。

でも、ばあちゃんは最後までじいちゃんを支え、出来た人だとみんなが言っていた。





俺の知らないじいちゃんの話を聞き、ショックだった。

お酒を飲み悪口のようにもなる、初めて見るオジサン達に何か言いたくもなったけど・・・そんな度胸が俺にはなかった。




俺は、弱かった・・・。




俺は、こんなに弱かった・・・。




じいちゃんが言っていた意味が、分かった・・・。




俺の肝に宿る魂は、こんなにも弱かった。

じいちゃんの病室の扉から動けず、

死んでいくじいちゃんに声も掛けられず、

棺に入るじいちゃんを、骨になったじいちゃんを、ただ見ているだけで・・・。




大好きなじいちゃんの悪口を言われても、何も言えない・・・。




俺は、こんなにも弱かった・・・。




続いていくじいちゃんの悪い話を聞きたくなくて、立ち上がった。




その時・・・




「一成、デカイな~!

まだ小学1年生なんだろ~?」




さっきまでじいちゃんを悪く言っていたオジサンが、声を掛けてきた。

それに頷くと、オジサンが俺を上から下まで見てきて・・・




「背だけじゃなくて骨格もデカイし、肉も結構ついてるな~!!」

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