5
そして、7月に入りすぐだった・・・。
「父さん!今、母さん来るから!!」
病院のベッドの上、じいちゃんにお父さんが大きな声で言っている。
じいちゃんが、救急車で運ばれた。
小学校にいる時に、先生が慌てた様子で言ってきた。
地域にある小さな病院ではなく、少し離れた所にある大きめな病院。
お母さんの妊娠の検査でも何度かついていったことがあった病院。
俺は先生の呼び掛けを無視し、裸足のまま走り出した。
死ぬ気で走り着いた病院、入ってすぐにじいちゃんの名前を叫んだら、女の人が走りながら連れてきてくれた。
じいちゃんは口に何かをつけられていて、口だけじゃなくて胸とか腕とかにも色々つけられていて・・・
怖くなった・・・。
怖くなった・・・。
怖くなって、扉の所から動けなくなった・・・。
「一成!おじいちゃんに、何か言ってあげて!!」
お母さんに腕を引っ張られ、じいちゃんの前に立たされた。
じいちゃんの目だけが少し動き、俺を見たのが分かった。
でも、俺は怖くて何も言えなかった・・・。
怖くて怖くて・・・
何も、言えなかった時・・・
口に何かつけられているじいちゃんが、小さく笑った。
いつもよりもっと震える手で、ゆっくりと口についているのを外すと・・・
いつもよりもっと小さな声で、囁くように、言った・・・
「酒は・・・飲むな、一成・・・。」
そんなことを言われ・・・俺は、頷いた。
それに安心したように、じいちゃんが少し笑う・・・。
「“お母さん”は・・・?」
「お義父さん!もうすぐですから!!」
「・・・早く、来てくれないと・・・俺は“お母さん”を見ながらじゃないと・・・死ねない・・・」
じいちゃんは・・・それを言った後、何も喋らなくなって・・・
お父さんとお母さんの大きな声と、機械の音が、聞こえていて・・・
どれくらいそうしていたか、分からないけど・・・
「お父さん!!!」
と、急に叫び声が聞こえた。
振り向くと、オバサンだった。
お父さんのお姉さん、お父さんの実家の近くに住むオバサン。
そのオバサンが勢い良く入ってきて、じいちゃんに何やら叫んでいた。
ばあちゃんは・・・?
と思った時、息を切らしたばあちゃんが扉の所に立った。
じいちゃんを見た瞬間、ばあちゃんの目からは涙が流れていた。
でも、ばあちゃんはしっかりとした顔で・・・
ゆっくりと歩きだした・・・。
そして、じいちゃんの前に立った時に、笑った・・・。
泣きながら、優しく笑っていた。
ずっと、ばあちゃんを待っていたのに、じいちゃんはもう動けないし、喋れなくて・・・
でも、目だけはうっすら開いていて・・・
ばあちゃんを見ていることは分かった。
「大吉さん、先に行ってお酒でも飲んでて?」
そう言って、じいちゃんの手を握った。
「今度は、私がすぐに追い付くから・・・。
そしたら、そっちで一緒にお酒飲みましょう?」
*
じいちゃんの葬式は、お父さんの実家・・・都会でやった。
棺に寝ているじいちゃんの所に、ばあちゃんはじいちゃんの腹巻きを入れていた。
「すぐにお腹を壊すから」と言って。
あんなに大きかったじいちゃんは、骨になって戻ってきた。
それを、俺は見ているだけしか出来なかった。
大人達が色々と話していたけど、俺はただ見ているだけしか出来なかった。
広い畳の部屋で、お母さんは黒い服でテキパキと動いていて、お父さんは色々な人に挨拶をしていた。
そんな中、俺は静かに1人で座っていた。
そして、聞こえてきた・・・。
色々な人から、じいちゃんの話が。
聞こえてきた・・・。
聞こえてきたんだ・・・。
じいちゃんは、水泳の選手だった。
結構有名な選手だったらしい。
でも、17歳の時に辞めた。
理由は、水泳を続ける為のお金が家になかったらしい。
水泳なんて裸でも出来るのに、俺にはよく分からない理由だった。
そんなじいちゃんは、17歳の途中で大工になることにしたらしい。
そこの親方の娘が、ばあちゃんだった。
じいちゃんが17歳、ばあちゃんは23歳だったらしい。
じいちゃんは6歳も上のばあちゃんに猛アタックというのをして、じいちゃんが18歳、ばあちゃんが24歳で結婚した。
じいちゃんは大工の腕も一流で、凄い人だったらしい。
人柄も良くて、人気もあった・・・。
でも、お酒に逃げる人だったと・・・。
何人もの人が、そう言っていた・・・。
お酒を飲んでは、店だろうと道端だろうと、家の中だろうと、大暴れしてしまったらしい。
お父さんの実家は、いつも窓ガラスが割れていて、壁や襖も穴だらけだったと・・・。
しばらくすると、稼いだお金は家に入れずお酒に消えていったらしい。
そんなじいちゃんだったから、ばあちゃんも外に働きに出て苦労していたと。
ばあちゃんは凄くモテたらしくて、そんなじいちゃんの様子を知っている他の男の人からも、沢山声が掛かっていた・・・。
でも、ばあちゃんは最後までじいちゃんを支え、出来た人だとみんなが言っていた。
俺の知らないじいちゃんの話を聞き、ショックだった。
お酒を飲み悪口のようにもなる、初めて見るオジサン達に何か言いたくもなったけど・・・そんな度胸が俺にはなかった。
俺は、弱かった・・・。
俺は、こんなに弱かった・・・。
じいちゃんが言っていた意味が、分かった・・・。
俺の肝に宿る魂は、こんなにも弱かった。
じいちゃんの病室の扉から動けず、
死んでいくじいちゃんに声も掛けられず、
棺に入るじいちゃんを、骨になったじいちゃんを、ただ見ているだけで・・・。
大好きなじいちゃんの悪口を言われても、何も言えない・・・。
俺は、こんなにも弱かった・・・。
続いていくじいちゃんの悪い話を聞きたくなくて、立ち上がった。
その時・・・
「一成、デカイな~!
まだ小学1年生なんだろ~?」
さっきまでじいちゃんを悪く言っていたオジサンが、声を掛けてきた。
それに頷くと、オジサンが俺を上から下まで見てきて・・・
「背だけじゃなくて骨格もデカイし、肉も結構ついてるな~!!」




