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女子トイレに入り、少しだけ吐いた後に個室を出た。
そしたら、秘書課の美人さんがいた。
いたというよりも・・・待っていたような。
「うちの若い子、迷惑掛けてるわね。
命にも関わることだからそこは皆で止めてるけど・・・若いわね、ダメね。」
「・・・それは意外ですね。
秘書課の皆さんって、なんと言うか・・・命とか気にしてくれるんですね。」
「あなた・・・“中田”さん?
本当に、そっちこそ意外に言うわね。」
「初めて“中田”さんって呼ばれました。
ありがとうございます。」
お礼を言うと、秘書課の美人さんが綺麗な顔で笑った。
笑った顔は・・・初めて見たかもしれない。
「6歳差が何よ、あの子が60歳になったら中田さんは66歳でしょ?」
「そう言われてみると、そうですね。」
「若い子の力で、若さを保っていられてるんじゃない?
中田さん、10代にも見えるから。」
それには、やっぱり苦笑いで。
「大人っぽくないですかね?」
「大人っぽくないというか、年齢不詳。
大人にも見えるのに、10代にも見えるのよね。
中田さん見てると、自分も10代の頃に戻った感覚になる。」
「何か・・・スポーツしていましたか?」
「やるわけないじゃない、汗なんてかきたくもない。」
そんな返事が返って来て、笑ってしまった。
「一応止め続けるけど、何言われても気にしないようにしなさいね?」
秘書課の美人さんが、意外にも私のことを・・・お腹の中の子のことも心配してくれている。
それが伝わり、笑いながら頷く。
「今日、よく話してみます。」
「うちの若い子と?」
「それは・・・中田部長が、話してくれました。」
「そう、あの子中田さんのこと大好きよね?
SNS見て秘書課で盛り上がったわよ。」
「“大好き”で、いてくれるといいですが・・・。」
不思議そうな顔をしている秘書課の美人さんに、笑いかける。
「私の話を聞いても、“大好き”なままでいてくれるといいですけど・・・。」
笑ったまま、聞きたかったことその流れで聞いてみる。
「今、何歳なんですか?」
「私?28だけど。」
「え!!??33歳くらいかと思ってました。」
「あなた、本当に言うわね。」
*
久しぶりに、一成と暮らしている部屋のキッチンに立った。
料理の匂いで、途中何度も吐きそうになったけど、それでも作り終えることが出来た。
一成にメッセージを送り、夜ご飯を作れたことを報告した。
最近はずっと一成が作ってくれていたり、買ってきてくれたりしたから。
すぐに一成から返信があり、喜んでいた。
それに笑いながら、この2ヶ月間の一成とのメッセージのやり取りをまた最初から見ていく。
それを見ながら、お腹に手を当てた。
そして、優しく撫でながら、話し掛けるように、囁く。
「進もう・・・。
私の人生も、進めよう・・・。
この子と一緒に、進めよう・・・。」
もう、私1人だけの人生ではなくなってしまったから。
この子をお腹の中で育て、そして出産した後はこの子が1人で進むその時まで、私はこの子と一緒のレーンで泳ぐことになる。
いつまでも、悩んで・・・
戸惑って・・・
不安がってはいられない・・・。
「“母”は、強い・・・。」
*
「ただいま、瑠美!!」
「お帰りなさい、一成。」
一緒に暮らし初めてから、今までで1番元気に帰って来た一成。
そして、ベッドから立ち上がった私を、すぐに抱き締める・・・。
塩素の匂いがした・・・。
“KONDO”のウェアからだけでなく、一成の全身から・・・。
それに今日は、ジャンプーの匂いはしない。
「シャワー浴びないで、そのまま帰って来たの?」
「サッと流したけど、早く帰りたかったから・・・塩素の匂い分かる?」
「鼻が敏感になってるみたい。
でも、いつも匂ってくるシャンプーの匂いより良い。
シャンプー、家のと同じにして?
一成から違うシャンプーの匂いすると、不安になっちゃう。」
そう伝えると、一成が驚いた顔で私を見下ろした。
「瑠美でも、不安になることあるんだ!?」
「あるよ・・・。」
「シャンプーの匂い違うと、何が不安なの?」
「・・・どこかで、シャワー浴びたのかなって。」
「シャワー?プールで浴びてるけど。」
「そうじゃなくて、女の子の所とかで・・・。」
俯きながら、ずっと不安だったことを伝える。
だって、一成から競泳に本格的に戻ると聞いたのはついこの前だったし。
それに・・・プールのシャワーだと分かってても、なんだか、不安になる。
勇気を出して言ったのに、一成は何も言わなくて・・・
それにも不安になり、恐る恐る一成を見上げる。
「・・・なんで、そんなに嬉しそうなの?」
「嬉しいね、こういうのは・・・嬉しいやつなんだね。」
一成はそう言って、また私を少し強めに抱き締め・・・
「うちのシャンプーで、洗ってくる!」
と、急いでお風呂場に向かって行った。
私は笑いながら、一成のシャワーの音を聞き、料理を温めていく。
冷蔵庫から冷やしていたサラダとりんごを取り出し、ローテーブルに並べる。
白米をよそい、そこにトンカツをのせ・・・カレーをかけていく。
一成のは大盛りにしたけれど、私は少しだけ。
今は、つわりだから仕方ない。
一成がシャワーを止めたタイミングで、大きなコップに牛乳をたっぷり入れて、ローテーブルに置いた。
そのタイミングで、一成がお風呂場から出てすぐに着替え・・・嬉しそうな顔でローテーブルに並ぶ料理を見下ろしている。
「今日は、カツカレー。」
「夢のような食べ物だよね!
さっき帰ってくる時にカレーだって分かった瞬間、カツがあるか楽しみにしてた!」
「でも、今日のトンカツはスーパーで買った物で・・・。」
念の為、報告をすると・・・一成が嬉しそうな顔で頷き、座った。
ご飯を食べ終わった後、私は・・・
一成に今までで言わなかったことを、話そうとしている。
それで一成がどう思うかは、今想像することではないからやめておく。
そう思って・・・
食べ始める一成を待ったけれど・・・
一成はカツカレーを嬉しそうにジッと眺めるだけで・・・
小さな声で、呟いた・・・
「やっと、瑠美が“俺のお母さん”になった・・・。」
瑠美side......




