5
「瑠美、随分遅かったわね?
どうだった?」
実家に帰ると、お母さんが少し心配そうに玄関まで迎えに来てくれた。
そんなお母さんに、私は伝える。
「妊娠してた・・・。」
「そうでしょうね、そんな症状だったもん。
おめでとう、良かったじゃない。
いつ入籍するの?」
お母さんからの返事に驚きながら、少し震える口を無理矢理開いた・・・。
「さっき、婚姻届出してきた。」
「一成君付き合ってからすぐに準備してたからね?」
「そうなの・・・?」
「付き合ったって言ってた翌週には仕事帰りに来て、証人欄の記入お願いしてきたのよ。」
「そうだったんだ・・・。」
「あんなに愛されてて良かったじゃない。」
「どんな愛なんだろう、あれは・・・。」
いつかと同じ言葉を、また小さく呟いた。
「一成君は?」
「副社長に報告と、その後プールに戻るって。」
お母さんに答えた時、スマホが鳴った。
一成かと思ったら、法務部長の会社スマホ・・・。
*
「ご気分悪くなりましたら、おっしゃってくださいね。」
法務部長からの電話が来てすぐ、我が家の目の前に高級車がとまった・・・。
副社長の車に私が1人で乗っていて・・・運転手さんに話し掛けて貰った。
これから本社に行くことになったけど、どうなるのか・・・
一体、どうなるのか・・・
私の人生は・・・
どうなるのか・・・。
それに、もう私の人生だけじゃなくて・・・。
お腹に手を当てる。
この子の、人生にも影響されてしまうから。
一成から“俺の奥さん”と“俺のお母さん”と言われ、それを分かったうえで結婚するならと・・・そう思って承諾をした。
てっきり、無意識に“お母さん”と思っているのかと思っていた。
でも、一成は私のことを“お母さん”であると自分でもしっかり確認出来ていたようで・・・。
お腹に手を当てながらも、まだ悩む。
まだ、戸惑う・・・。
一成は、私に対して本当に“お母さん”を求めていた・・・。
もしかしたら、今後も他の女の子を選ばないかもしれない。
でも、でも・・・
この子の“お父さん”にはなれるのかな・・・。
私の“息子”にもなってしまった一成が、この子の“お父さん”になれるのかな・・・。
不安は尽きない。
ずっと、不安は尽きない。
私は変だからかもしれない・・・。
他の女の人は、妊娠して入籍も出来たら・・・もっと幸せを感じるのかな。
私は、変なことをしているような気がしてしまう。
私に、この子を授かることが許可されるような・・・そんな権利があったのか、不安になる。
震える手で、スマホを握り締める。
「一成・・・」
窓からの景色で、もうすぐ本社だと分かった。
一成は、もうプールに戻ったかもしれない。
続いていく一成の人生に・・・
私とこの子は・・・一成と一緒にいいのだろうか・・・。
不安は尽きない・・・。
不安は尽きない・・・。
一成、“お母さん”とこんなことしたらダメだよ・・・。
そして、“お母さん”である私がこんなことしたら、もっとダメなんだよ・・・。
どうしよう・・・。
どうしよう・・・。
*
そんな不安も忘れるくらい・・・緊張で胸が張り裂けそうで・・・。
だって、副社長が目の前にいる。
「そんなに緊張する必要はない。
お祝いと、少し質問するだけだからな。」
副社長室のソファーに座る私の目の前に、副社長が座った。
「それで、まずは・・・おめでとう。」
「ありがとうございます・・・。」
「あまり、嬉しくない?」
「そう見えますか・・・?」
「見えるな。」
副社長が、少し怖い顔で私の顔を見てきて・・・何かを伺っているようだった。
そんな副社長を見返していると、副社長が驚いた顔をした。
「驚いたな、今の何ともないのか?」
「今の、ですか・・・?」
副社長が面白そうに笑いながら、目の前のテーブルに資料を置いた。
そこには・・・私の、“伊藤”だった私の名前がのっていて・・・
「悪いが、“伊藤”さんのことを調べさせた。
中田にはうちの看板を背負わせているから、中田のイメージが“KONDO”の企業イメージにも繋がるからな。」
「それは、そうですね。」
「調べさせたが・・・特に、これといって。
水泳は一時期頑張っていたようだが、うちの会社ならもっと凄かった選手は多くいる。
家庭も一般家庭のようだし。
何が・・・“伊藤”さんをそんなに強くしたのか、俺には想像もつかない。」
「強くですか・・・?
私、強いですか・・・?」
「強いな、相当強い。
俺が“気”を出しても普通にされたのは、ある意味“伊藤”さんが始めてだ。
“伊藤”さんの所の法務部長も、夏生も向かってはきたが、踏ん張って向かってきたからな。」
そんなよく分からないことを言って、副社長が何かを思い出したように笑った。
「法務部長の奥さんには「変な顔しないで」と言われたが、あれは普通でない反応だったからな・・・」
「あの方なら、そんなことを言いそうですね。」
法務部長の奥さんのことを思い浮かべ、自然と笑顔になってしまった。
それは、副社長も同じようで・・・2人で和やかな雰囲気になった。
「中田からも、入社時に話は聞いている。
あいつの“土台”は分かった。」
「“土台”ですか?」
「中田一成の1番下。
その“土台”が何より大切だと、俺は思っている。
ちなみに、恥ずかしいが俺は奥さん。
勝手にバラすが法務部長も奥さん。」
副社長が私を真面目な顔をして見ながら、口を開いた。
「だが、中田一成の“土台”は“伊藤”さんではなかった。」




