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一成も笑ったかと思ったら、すぐにスマホが鳴った。
私は笑いながら、その電話を取った。
腰高の窓からは、隣の一成の家の壁が目の前にある。
でも、このくらい右側に寄ると・・・一成の部屋の窓から、見える。
窓の端に立つ、一成の姿が・・・見える。
「もしもし・・・」
『めっちゃタイミング良かった!!
俺も今見た所だったから!!』
「そうなんだ。実家帰ってきたの?」
『帰るよ、瑠美いないのにあっちいても意味ないし。
瑠美がいる所に、帰るよ。』
そんなことを言ってくれ、複雑な気持ちになってしまう。
向こうの窓から見える一成が、真面目な顔で私に言う。
『最後まで泳ぎきろう、瑠美。』
「最後まで・・・?」
『誕生日の日まで。
夜12時になるその瞬間まで、最後まで泳ぎきろう。』
「そういう所、やっぱり凄いよね。
世界でも闘えるアスリートは、そういう感じじゃないと、ダメなんだろうね。」
『俺は、ダメだよ。
俺は瑠美がいないと、ダメだから。
瑠美がいないなら、俺は・・・泳ぐ意味も何もないから。』
「泳ぐ意味・・・?」
窓から見える一成を見ると、一成は甘く整った顔をもっと甘くしている。
『俺は、瑠美のことが大好きだから。』
「うん・・・。」
『瑠美は・・・?
瑠美は、俺のこと・・・男として見れる?
男として、好きになれた・・・?
俺、“大人の男”に・・・なれた?』
「うん、一成は・・・ちゃんとなった。
よかったね、一成・・・。
おめでとう、一成・・・。」
『俺、死ぬ気で頑張ったから。
死ぬ気で、泳いでた。
瑠美が区民プールに連れていってくれた日から、俺は死ぬ気で泳いでた。
瑠美に追い付く為に、死ぬ気で。』
窓から見える一成が、また真面目な顔になる。
『瑠美、俺・・・瑠美のことが大好きだよ。』
「うん・・・。」
『瑠美は・・・?
答えて・・・頼むよ、聞きたい。』
「答えられない・・・。
私には、答えられない・・・。
ごめんね、一成・・・。」
『なんで・・・?』
「一成、私・・・私は、変なの。」
『何が?』
私は、深呼吸をして・・・泣きながら一成を見て、首を横に振った。
「言えない、ごめんね・・・。
明日も急だけどお休み貰った。
明日と明後日、ゆっくり休むね。
練習、頑張ってね。」
最後に一成に笑いかけ、カーテンを閉めた。
そして、泣きながらベッドに横になり・・・色んなことを考える時間もないくらい早く、眠った。
何度かお母さんに起こされ、ご飯やお風呂のことを言われたけれど、それに何か返事をして・・・
それでも、何か言っていたようにも思うけど、とにかく眠くて・・・
眠くて眠くて仕方なくて・・・
ひたすら、眠っていた・・・。
このまま終わればいいのにと、思ってしまった・・・。
一成から「大好き」と言って貰えたまま、私の“女”としての人生だけでなく、全て、終わってしまいたかった・・・。
“お母さん”にも戻れない。
私は、何になるんだろう?
“伊藤さん”になるのかな。
私は、“伊藤さん”になるのか・・・。
そうだよね、私は“伊藤”だから・・・。
一成と同じ名字、“中田”にはなれないから・・・。
そうだった・・・。
そうだった・・・。
そんなの、分かってた。
だから私は、“伊藤”と言うの。
名前を聞かれた時に、そう答えるの。
自覚するために。
私は、“伊藤”なのだと。
自覚するために・・・。




