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今は、一成とお付い合いをしている。
私の誕生日まで、念の為付き合うのに、付き合って貰っている。
あの時、そう決めたことを、私は後悔している。
私は、あと少しで“お母さん”に戻る。
“お姉さん”の期間は、終わる。
“お母さん”に、戻る・・・。
あと3日で、“お母さん”に戻るの。
会社の女子トイレで、少しだけ食べられた社食のうどんを吐き出してしまった。
“大人の女”になるどころか、逆に泳ぎ初めてしまった。
私は、最近は何も食べられなくて・・・。
果物を少しだけ食べられるくらいで、何も食べられなくて・・・。
一成のご飯もお弁当も作れないでいる。
作っている時に吐いてしまうことも多いから。
“お母さん”でも、なくなっている。
また、込み上げてきて・・・
何も出てこないのに、吐いてしまう。
震える手で、スマホの画面を操作しようとして・・・止めた。
一成に、連絡しようとしていた・・・。
何を、言うのか・・・。
何を、言うつもりなのか・・・。
一成が区民プールに入れた日から、一成は私を抱かなくなった。
変わらず優しくしてくれているし、心配もしてくれているけど・・・
私の誕生日が来る前に、一成はもう・・・
先に進んだ。
私を1人残して・・・
また、1人で先に・・・。
“大人の女”にもなれず・・・
“お姉さん”も終わる・・・
“お母さん”に戻れそうにもない・・・。
あんな幸せ、知らなければよかった。
“女”としての幸せなんて、知らなければよかった。
私はこれから、どうやって続ければいいんだろう・・・。
一成がいなくなった人生を、私はどうやって続けていけばいいんだろう・・・。
そう、考えながら・・・
また吐こうとした時・・・
トイレに入ってきた女の人達の声が、聞こえた。
「一成君、凄いよね。
競泳に本格的に戻るんでしょ?」
そんな言葉が聞こえてきて、私は個室の中で・・・泣きながら笑った。
「まだ二十歳だもんね。」
「ブランクもあるけど、1年半はうちのサポート支援で陸のトレーニングはしてたみたいだし。」
「タイムもグングン戻ってきてるらしいよ?」
そんな、女の人達の会話を聞き・・・私も頷いた。
今日、会社でこのことが公表された。
私は昨日、一成から聞いた。
嬉かった・・・。
一成の人生がまた進んで、私は嬉しかった。
そう願っていたから・・・。
そう願いながら、私も全力で泳ごうとしていたから。
でも、ダメだった。
私は今回も、追い付かれてしまった。
そして、追い抜かれた・・・。
一成は遥か先に進んで、私は逆に泳ぎ始めた。
今日は、12月1日・・・。
11月最後の週、私は生理が始まることはなかった。
そのまま、12月に入ってしまった。
もう、終わる・・・。
私の人生が、終わる。
たった2ヶ月だった“女”としての私の人生が、あと3日で・・・終わる。
*
帰宅してすぐ、ベッドに横になっていると・・・スマホが鳴った。
着信だった・・・一成からだった・・・。
『瑠美?早退したって聞いたけど・・・。』
「うん、体調悪くて・・・。」
『病院、行こう。俺も一緒に行くから。』
「明後日の木曜日、元々通院の予定なの。
生理が来たかどうかと、今後のことも含めて。」
『明後日って、瑠美の誕生日?』
「うん、有休は事前に取ってある。
そこで・・・先生に相談する。
たぶん心療内科になるのかな?
精神的なものだと思うから。」
話していて、涙が出てきた。
『今日、早めに帰るから。』
「実家に帰ってきてるから、大丈夫。
しばらくこっちにいる。
一成はそっちにいてくれて大丈夫だから。」
一成はまだ何か話したそうにしていたけど、私がまた気持ち悪くなったので電話を切った。
一成と電話を切った後、トイレでまた吐いた。
涙が、止まらなかった・・・。
自分が、どうなってしまうのか・・・。
怖かった・・・。
凄い、怖かった・・・。
泣きながら、スマホの画面を操作した。
震える手で、一成とのメッセージの履歴を見た。
いっぱい、あった。
この約2ヶ月間一緒に暮らしていたのに、一成とのメッセージのやり取りは沢山あった。
“お姉さん”でもなく、“お母さん”でもなく、私は一成と“お付き合い”していて・・・
“女”として、私は一成とメッセージのやり取りをしていた。
少し落ち着き、トイレから出てまたベッドに横になった。
ベッドに横になりながら、一成とのメッセージを1つずつゆっくりと読み返した。
幸せだった・・・。
私は、幸せだった・・・。
私は、幸せだった・・・。
何度も何度も、メッセージのやり取りを見た。
そして、幸せだった時間を思い出し、幸せだった一成との時間を思い出し、呟いた・・・
「結婚、したかったな・・・。」
少しの間だとしても、結婚したかった。
一成の“お姉さん”でも“お母さん”でも“付き合っている人”でもなく、“奥さん”になりたかった。
だって、私は・・・
私の身体は・・・
その為に、大人になることを拒絶していたのだから・・・。
一成が大人になるその日まで、私が大人になることを、私の身体が拒絶していた・・・。
でも、大切な時に・・
人生で1番大切な時に・・・
大人になってはくれなかった・・・。
進めてくれなかった・・・。
あんなに待っていたのに・・・。
長い時間、あんなに待っていたのに・・・。
震える手で、スマホを握り締めた。
そして、ベッドから起き上がり・・・
腰高の窓の前に立った。
カーテンを開け、カーテンに寄りかかるように、右側の端に立った・・・。
そして、見た・・・。
そして、見た・・・
見て・・・
笑ってしまった。
泣きながら、笑ってしまった。
だって、一成がいたから。




