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この施設に来るのを渋っていた1つの要因、それがこの部長だった。
「中田部長、お疲れ様です。」
「中田部長とかやめてよ!」
「それでは、“瑠美たん”も止めていただけますか?」
中田部長は甘い顔をもっと甘くして・・・私を見詰めてくる。
それに苦笑いしながら、小さくお辞儀をした。
「お先に失礼します。」
「待ってよ!俺も帰るから!!
一緒に帰ろう!!」
慌てて自分のデスクの上を片付けている姿を少しだけ見てから、また小さくお辞儀をして扉から出た。
廊下を少し歩いていると、スーツのジャケットの腕の所をクイッと引かれ・・・
振り向くと、中田部長が・・・。
慌てた様子で私を見下ろしている。
私が視線を下に移すと、まだ鞄を持っていないので・・・慌てて追ってきただけだとは思う。
「瑠美たん、待っててよ・・・。」
そんなことを、言ってくる。
「まだ帰る準備出来てませんよね?」
「すぐ出来るから!」
「でも、私はもう帰りますので。」
そう言ってお辞儀をして、ジャケットの腕の所を少し引っ張る、中田部長のしっかりした指を見る。
どうしようかと思っていると・・・
「一成君!!」
と、女の子の声が・・・。
見てみると、さっきの可愛らしい女の子。
入口からまた小走りで戻ってきて、私達の方へ・・・。
それが分かった時、中田部長の指先が私のジャケットの腕の所から離れた。
それを確認してから、また小さくお辞儀をし歩き出した。
その時、後ろから大きな声が・・・
「すぐ、追い付くから!!!」
中田部長がそう言ったので、振り返る。
サポート支援部の部長、中田一成。
身長188センチ、逆三角形の身体。
ワイシャツを着ていても、肩や胸に筋肉がよくついているのが分かる。
腕捲りをしている袖からは、男の人なのに毛が1本もなくツルツルしている腕。
顔は甘く整った顔をしていて、どちらかというと色白。
髪の毛は社会人にしては少し長めで、若者らしい髪型にセットされている。
社内の女の人からも人気のある中田部長が、目の前に立っている若くて可愛らしい女の子を見ることなく私を見ているので、苦笑いをした。
「もしも追い付いたら、一緒に帰りましょうか。」
そう言ったけど、中田部長は追い付くことがなかったので・・・
私はそのまま電車に乗って、家に帰った。
スーパーに寄り、食材を買い物かごに入れていく。
パッと顔を上げた時・・・鏡に写った自分の姿が見えた。
10月になり、スーツのジャケットも常に羽織るようにした。
今日は紺色のスーツ。
スカートは膝が隠れるくらい。
真っ白な襟つきシャツはピシッとアイロンをかけている。
肌の色は白い方で、髪の毛は真っ黒。
前髪は眉毛が隠れるくらいの所で切り揃えられていて、肩より少し長い髪の毛は後ろで1つに結んでいる。
黒いパンプスに黒い鞄。
どちらも何もついていないシンプルな物。
社会人として眉毛は整えて、ファンデーションもしている。
奥二重瞼の目は少し大きめだけど、それだけ。
そこに、眼鏡をかけている。
眼鏡だけはピンクゴールドのフレームで、少し大きめの可愛い曲線。
伊藤瑠美、社会人4年目の今年26歳。
“KONDO”に転職をしてから、真面目に働いてきた。
そんな私に、約1ヶ月前からサポート支援部の中田部長が・・・なんというか、あんな感じになっている。
仕事でたまに一緒になっても、この1年半個人的に話したこともなかったのに。
どうすればいいのか今日も悩みながら、一人暮らしの部屋へと帰っていく。