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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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外国人技能実習生と農家とジャカロ①

 田畑たはた 刈夫かりおは農家である。

 年齢は54歳。日本の農家の平均年齢である67.3歳に比べるとだいぶ若い。

 妻にはりんがおり、二人で農業を経営している。 


 田畑夫妻はまったく儲かっていない。

 政府は海外との連携を重視しているとのことで、野菜の輸入から関税を減らす方針をとっている。そのため海外から安い野菜がたくさん輸入されており、消費者は皆そっちを買ってしまう。「国産ブランドの魅力」など、現代人にはどうでもよいのである。価格競争で食らいつくには、野菜の単価を下げるしかない。すると売上が下がってしまう。政府からの助成金も大してもらえない。そのため、当然コストカットをして事業を成り立たせるしか無い。人件費をどんどん安くするしか無いのだ。だから若い後継者が全く入ってこずに、人手不足になるのである。田畑夫妻には息子と娘がいたが、どちらも都会に行ってしまい、農家を継いではくれなかった。日本の農業従事者の平均年齢はどんどん上がっており、わずかな年寄りだけで農業を維持するのには限界が来ている。後継者が見つからずに廃業した農家もたくさんいるという。そんな中で、刈夫はどうにか農業を続けることができている。

 「外国人技能実習生」を雇うことで、人件費の大幅な削減に成功しているのである。


 外国人技能実習制度は、表向きには、発展途上国の優秀な若者に、先進国日本で労働しながら、進んだ技術を学んでもらい、祖国の発展のために活かしてもらう……という理念になっている。だが多くの場合、その建前は形骸化している。実際は、100万円ほどの借金をさせて日本語を学ばせ、だまくらかして日本へ連れてきた後、労働基準法ガン無視で違法な低賃金で働かせるという、「現代の奴隷制度」と化していることが多い。技能実習生達は契約上、職業選択の自由がないため、どれだけ過酷な労働環境であっても自分の意思で正当な退職をすることができない。祖国に帰ろうとしても、100万円の借金を返済しなくてはならないため、嫌でも働き続けなくてはならないのである。田畑夫妻もまた、数名の技能実習生を、最低賃金以下で長時間過酷な条件下で労働させている。長年それを続けているため、今更良心の呵責はなかった。こうする意外に農業の経営を維持する手段がないからだ。田畑夫妻は、わずかな罪悪感を感じながらも、己を正当化していた。技能実習生制度は国家主導の制度なんだ。自分たちはその制度を、奨励された通りに利用しているだけなのだ……と。


 ただでさえそんな厳しい状況だったのに、近年では新型コロナウィルスの大流行によって、小学校の休校が相次ぎ、給食の材料としての需要が減った。外食の需要も減った。そのため野菜の売り上げが大幅に低下してしまったのである。農林水産省から「持続化給付金」が給付されたことはあったものの、それで状況が改善されるというわけではなかった。厳しい状況下でどうにか事業を成り立たせるために、田畑夫妻は今日も更なるコストカットをして頑張るのであった……。






 ダイ・コォンは外国人技能実習生である。

 彼は祖国ベトナムで、技能実習制度のブローカーに儲け話を持ちかけられた。日本で働いてたくさん稼ぎながら高度な技術を学んで持ち帰ることで、大幅に収入がアップするという話だ。コォンはブローカーの言葉を信じた。同郷の仲間達とともに、100万円ほどの借金をして日本語を学び、日本へ出発した。そして様々な受け入れ先へと分かれた。あるものは工場へ、あるものは漁業へ、あるものは建設現場へ。そしてコォンは農業へと向かった。……田畑 刈夫の農場である。

 だが、そこで待ち受けていたのは、事前の説明とは全く異なる地獄であった。まるで人間扱いされない。完全に奴隷扱いである。給与も日本の労働者の平均賃金よりもうんと少ない。残業代は全く出ない。あまりの仕打ちに、来日前に日本という国に抱いていた良好なイメージは完全に崩れ去っていた。何度も逃げ出したいと思った。だが、まだ借金を返済し終えていないため、労働から逃れるわけにはいかないのである。同郷の仲間達の中には、職場から逃げ出して、コンビニでアルバイトをするようになった者もいるというが、借金の返済には苦労しているようだ。中には犯罪に手を染める者もいるという。

 ……給与が低いだけならまだいい。何も学べることがないのである。「先進国の最先端技術」など、コォンの雇用主である田畑夫妻は全く持っていなかった。むしろ不勉強なきらいがある。こんなはずじゃなかった……と、コォンはいつも自分の選択を後悔していたのであった。しかしながら、祖国の家族達のために、コォンは今日もきついコストカットのあおりを受けながら頑張るのであった……。



 しかし、そんな彼らのもとに、二度の大きな転機が訪れた。


 一つ目の転機、それは……

 突如、田畑夫妻の農場に、労基の監査員が訪れたことである。


 どうやら日本政府は、欧米諸国から受けたきついバッシングに対応するために、「技能実習生の労働環境の改善」をしようと働きかけているようだ。その影響で、監査員がやってきたのである。ドがつくほどのブラック職場である田畑夫妻の農場は当然ながら強い行政指導を受けて、労働環境を是正するように勧告を受けた。

 これを知ったコォンは喜んだ。ようやくまともな給与と休みがもらえるのだ。ようやく人間扱いしてもらえるのだ。自分は奴隷ではなくなった。人間としての尊厳を取り戻したのだ。……そう歓喜した。

 その一方で、田畑夫妻は頭を抱えていた。……居酒屋で、田畑 刈夫は荒れに荒れていた。

「クソが!!!!ふざけるな!!!!今更どうしろってんだ!!!!」

 居酒屋の店主は、彼をたしなめながら愚痴を聞いていた。

「まあまあ刈さん、落ち着いて……。どうされたんです?」

「聞いてくれよノンちゃん!ヒック!あいつら今更よぉ!実習生どもの待遇をよくしろなんて馬鹿げたこと言ってくるんだぜ!!!ヒック!!!なあ、ふざけてるよなぁ!!!」

「……むつかしいんですかい?」

「お前ぁーーーむっずかしいなんてもんじゃねえよ!ヒック!俺ぁなぁ、もともと貧乏な外国から安く働く奴隷が来るって聞いたからこのナンタラ制度を使ってんだぜ?まともな給料払えねえから!この制度を使ってたの!!それをお前ェ!日本人と同じ給料払って、同じ休みを取らせろって?話が違うじゃねえかよォ!!そうだろ!?」

「……大変ですなぁ」

「そうだよもう!!日本政府はダメんなったなぁ!外国にへーこらしてばっかでよぉ、ニッポン国民のことなんて奴隷だとしか思っちゃいねえんだ!俺みたいな、ニホンのために頑張って国産の農業を続けていこうっていうジジィのことをよぉ!!政府はなんとも思っちゃいねえんだよ!!こんなバッカな話あっていいわけねえだろうが!!!」

「……世知辛いですなぁ」

「そだよもう!はーー明日からどうすっかなぁ……。技能実習生の給料増やしたら、もう畑やってけねぇよ……大赤字だよ……潰れるしかねえよ……」


 刈夫は居酒屋から帰った後、都会に出て行った娘、田畑たはた 千園ちそのへ電話をかけた。いちかばちか、娘に実家に帰ってきてもらい、農業を手伝わせようというもくろみである。

「おい千園ォ……もういい加減都会で遊ぶのやめてよォ……帰って来いよ。実習生を安く働かせらんなくなって大変なんだよ!」

『こんな夜遅くに何の話かと思ったら……そんな話かよ……。自業自得だろ。頭使ってどうにかしなよ』

「親に向かって何だその口の利き方はァ!千園ォ!俺ぁもともとなァ!!女が大学だの研究職だのに行くってのには反対なんだ!!女は畑仕事やってガキ産めばいいんだよ!!そんな温室でお勉強だ研究だなんてやってたら、活き遅れるぞ!!」

『その話はもう決着ついた。私はあんたの言ったとおりの課題をきちんとクリアして、こっちに来た。今更なかったとは言わせない。じゃあな』

 そう言い、娘は電話を切った。どうやら刈夫のもくろみは外れたようだ。

「うっ……ぐ……!クソが!!何がリケジョだ、何が男女平等だ!!!そんな風に社会が女を甘やかすから!!!ガキが増えねえで少子高齢化社会なんぞになっていくんだろうが!!!女なんてなぁ!!男のモノとして家の仕事してガキ産んでりゃいいんだよ!!!全部政府が悪い!全部社会が悪い!!くそぁ!!!」

 刈夫の隣で、妻の凜が口を開いた。

「全くですよ……近頃の女はすぐ都会に憧れて、カワイ子ぶってさ。親の家業の後も継ごうとせず、家のことなーんもしやしないんだから。親不孝モンだって言ってやりたいわ……はぁ」

「そうだよなぁーー凜!お前は分かってる!いい女だァ!!!」

 ……どうやら、田畑夫妻の仲は良好らしい。まあお似合いといったとこだろう。


 そうして、人件費の是正を余儀なくされ、窮地に陥った刈夫と凜。

 彼らのもとに、二度目の大きな転機が訪れる。


 それは、2021年3月3日のことであった。


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