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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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シングルマザーとショタジャカロ④

 全世界で同時に、正体不明のうさみみ獣人型生物「ジャカロ」が出現した。

 真麻 麻夜が自宅に連れ込んだのもその一体のようだ。麻夜の娘、麻野子は困惑した。突然出現した人型生物など、家に連れ込んで大丈夫か?よく映画に出る宇宙人のように攻撃してこないのか?……不安に感じた麻野子は、テレビを見ながら、麻夜からスマホを借りてジャカロについてSNSで調べた。……自分用のスマホを持っていない麻野子は、フリック入力に慣れていないため、代わりに麻夜に文字を入力してもらった。


 SNS上では、ジャカロと出会った人達の話が次々と書き込まれている。それらの真偽は不明だ。「天空から光と共に現われた」とか「円盤から降りてきた」とか。あるいは教会で祈っている最中に出現したとか……。どれが真実でどれがデマかは分からない。

 ジャカロに共通する表面的な特徴は分かってきている。その外見から、大きく分けて4タイプに区別できる。

 一つ目は、女性の姿をした「通常ジャカロ」。成長段階は様々だ。小学生程度のサイズだったり、中学性くらいのサイズだったり、成人女性くらいのサイズだったりする。しかし中年や老人のような老けた姿の個体は見つかっておらず、皆「絶世の美女」といってよい、とても美しい容姿をしており、毛皮のような素材のメイド服を着ていることが多い。どうやら人間の男性より性欲が強いようであり、SNSの男性ユーザーからは「いいことをしてもらった」との報告が相次いでいる。真偽は不明だ。

 二つ目は、麻夜が連れ込んだような美少年型のジャカロ、通称「ショタジャカロ」。現在目撃されている中で最大のものは、中学二年生程度のサイズであり、それ以上のサイズの雄型ジャカロは見つかっていない。雌型ジャカロに比べると目撃数はずっと少ないらしい。具体的な比率は、出現初日の今では統計がとれていないため不明だ。毛皮のような素材の、「執事」を彷彿とさせる衣装を身に纏っていることが多いようだ。

 三つ目は、三頭身くらいの、四足歩行する小さな幼体ジャカロ「ちびジャカロ」。サイズは小さい者では手の平に乗るサイズから、大きいものでは成体の猫くらいのサイズになる。それ以上のサイズの個体は、二足歩行ができるようになるみたいだ。幼い個体は通常ジャカロに母乳を与えられて育成されていることから、通常ジャカロの幼体であることは間違いないだろう。甘えん坊で、人によく懐く。

 四つ目は、外見はちびジャカロそっくりだが、尻尾がとても長く、樹上性の「リスジャカロ」。木の実を好むようだ。このタイプだけやけに尻尾が長い。俊敏に木を上り、木から木へと飛び移る運動能力を持っているため、ちびジャカロと異なりこれで成体なのであろう。


 通常ジャカロやショタジャカロは、出現した土地で一般的に使われている言語を流暢に話すことができるようだ。人間が作ったモノや概念(乗り物、料理、社会制度、製品など)は知らないが、自然に存在するものなら名詞や動詞として理解できるらしい。

 髪や肌の色、骨格など、「人種」的な特徴は、だいたい出現した土地に住む人間の人種と似ているようだ。麻夜が連れてきたショタジャカロは、日本人的な容姿をしており、日本語を話している。

 ジャカロは人間に対して極めて友好的な態度を取る。困った人を無償で手伝ってくれることも多いらしい。その一方で、農作物と自然に生えている植物の違いを知らないようであり、畑や果樹園の作物を勝手に食べてしまうこともあると報告されている。……その場合、区別の仕方を教えて注意すれば、言いつけを守るようになるそうだ。

 そしてジャカロ達は、自分がどこから来たのかを覚えていないらしい。「森のようなところで、葉っぱを食べて暮らしていた」という程度だ。つまり皆が記憶喪失している状態といえる。


 そんなわけで、ひとまずの所感としては「攻撃性は見られず、特に危険性は感じられない」という印象を持つ者が多いようだ。

 

 今の段階では、これ以上信憑性のありそうな情報はないので、麻夜と麻野子は一旦ジャカロのことを調べるのを止めた。

 とりあえず、危険な存在でなさそうだ。

 

 麻夜は、ショタジャカロに家事や祖父母の介護を手伝って貰うことにした。


 ショタジャカロは物覚えがよく、とても熱心に働いた。

 もともと訪問介護の職務についていた麻夜が、介護の仕方を教えると、タロは地道に、順調に、上手く介護ができるようになっていった。

 いつも笑顔で明るいショタジャカロは、認知症の祖父母にも好かれ、やがて祖父母から「飛助」と呼ばれるようになった。切太と鳴夜が飛助と呼ぶせいで、いつの間にか麻夜や麻野子もショタジャカロのことを飛助と呼ぶようになった。唯一、麻夜の母親の輿恵だけは、その呼び方をせず、「タロ」と呼んだ。タロというのは、輿恵が子供の頃に飼っていた犬の名前らしい。

 麻夜は輿恵の気持ちを察し、ショタジャカロを飛助ではなくタロと呼ぶようになった。


 タロは毎日散歩に出かけ、外で文字通り「道草を食ってくる」。

 雑草や木の葉をもしゃもしゃと食べるのである。

 そうやって外で食事をすることが多いためか、食費はそれほど増えずに済んだ。


 タロが家事や祖父母の介護をしてくれるようになったおかげで、麻夜は仕事をパートからフルタイムに変えることができるようになった。麻野子はヤングケアラーから脱し、勉強や遊びに時間を使えるようになった。麻夜が職場でセクハラやパワハラを受けて、ストレスを溜めて帰ってくると、タロは麻夜を優しく撫でて、愚痴をいくらでも聞いてくれた。

 タロは真麻家に金銭的にも時間的にも、そして精神的にも、余裕を与えてくれたのであった。


 ある日のこと。

 麻野子は、タロが切太と鳴夜の介護をしているところを、なんとなく気になってこっそりと覗いていた。


 すると、信じがたいことが起こった。

 なんとタロの角の先端に、果実のようなものが二つ実ったのだ。

 そしてタロは、その果実を切太と鳴夜に食べさせたのである。


 麻野子は声を殺して驚いた。

 タロは、切太と鳴夜へ何を食べさせたのだろうか。

 もしかして、悪いエイリアンとしての本性を現して、二人へ毒物でも飲み込ませたのだろうか。

 あるいは脳をコントロールして操るための端末でも埋め込んだのだろうか。


 麻野子は「別にそれでもいいや」と思った。

 もともと麻野子にとって、切太と鳴夜は邪魔なお荷物でしかない。ずっと死んで欲しいと思っていたのだ。アルツハイマー病によって萎縮した脳組織が再生することはない。このまま介護を続けていても、なにかいい結果として報われることはないのだ。それが毒殺されてくれるならば大助かりだし、エイリアンに操られてくれるのなら大人しくなってくれてやはり大助かりだ。だから麻野子はその果実のことを麻夜には伝えず、黙っていた。


 それから数日が経った頃だろうか。異変は起きた。


 人の顔も名前も分からないくらい認知症が進行していたはずの切太と鳴夜が、麻夜や輿恵の名前を呼んだのだ。

 その日以来、明らかに切太と鳴夜の認知症の症状は、改善されていった。

 排泄や入浴が一人でできるようになったし、記憶力も少しずつ回復してきたのである。


 病院でレントゲンを撮ったところ、なんと脳の萎縮そのものが治ったわけではないようだ。

 一体なぜ突然脳の機能が回復してきたのか、現代医学では全く解明できない。


 しかしながら、ただ一つ、確実に言えることがある。

 麻夜と輿恵がよく知る、怒りっぽくて厳しくて、不器用ながらも根が優しい切太と。

 若干頼りない印象があるが、いつも切太について回り、家族が辛いときに自分ができる限りの方法で支えてくれた鳴夜の心が。

 麻夜たちのもとへ帰ってきたのである。


 麻夜は地面に膝を突いて泣き崩れ、切太に抱きついた。


「おじいちゃん、あたし、ずっとずっと辛かったよ。苦しかったよ。でも、こんなに頑張って娘を育てたんだ。おじいちゃんとおばあちゃんのお世話もしてきたんだよ。おしめを替えて、体を洗ってあげたんだよ」


 切太や鳴夜はどうやら、認知症が悪化してからの記憶がないらしく、曾孫の麻野子のことは小さな赤ちゃんだったという覚えしかないらしい。それでも、今目の前にいるのが、自分の孫娘と曾孫であることはしっかりと分かる。


「よく頑張ったな、麻夜。ずっとずっと世話をかけたな。すまんな、いつも怒鳴ってばっかりで。何もしてやれなくて。……輿恵さん、麻夜をよく支えてくれたな。ありがとうな。飛助はいい嫁を貰った」


 4人は、涙を流し、この奇跡に感謝していた。


 その光景を笑顔で見守るタロと、冷ややかな目を向ける麻野子。


 麻野子はまったくなんとも思っていなかった。

「世話が少し楽になるな」程度の感想であった。


 だが、切太や鳴夜の認知症が回復してきてから、麻野子の生活も代わった。

 切太や鳴夜も、家事を手伝ってくれるようになったというだけではない。

 退屈している麻野子に、鳴夜が話しかけてくれて、一緒に遊んでくれるようになったのだ。


 学校ではいつも虐められ、のけ者にされている麻野子。

 本当はずっと寂しかった。遊び相手が欲しかった。

 たまに祖母の輿恵に遊んで貰ってはいたが、余裕がなく腰が悪い輿恵に付き合って貰うのには、やがて遠慮するようになってしまっていた。


 そんな寂しくて仕方ない感情を押し殺していた麻野子に、鳴夜は昔の遊びを教えてくれた。

 カルタ取りや、百人一首、お手玉など。

 遊び相手のいない麻野子は、その時間に夢中になった。


 また、鳴夜は料理をするようになった。

 麻夜が短時間でさっさと作る簡素な料理と違い、じっくり手間暇をかけて作られていた。

 麻野子は「こんなに家の食事が美味しいと感じたのは初めてだ」と、つい麻夜たちの前で口走ってしまった。麻夜はそんな麻野子を笑って許し、「よかったねぇ。いつもごめんね」と優しい言葉をかけた。


 あれほど嫌っていた曾祖母のことを、麻野子はすぐに好きになった。

 曾祖母はもう90歳前後の高齢者である。コロナ禍の真っ最中である現在、いつ突然コロナに感染してそのまま死亡してもおかしくはないだろう。

 そんな鳴夜との時間を、麻野子は大切に過ごした。

 

 切太と鳴夜が認知症から回復して以来、麻夜と麻野子の負担はとても軽くなった。

 時間的にも、金銭的にも、精神的にも、さらに余裕が増えたのである。


 麻野子と麻夜の関係も改善し始めた。

「麻野子……いつも構ってあげられなくてごめんね。いつも当たってばかりでごめんね。でも、お母さん、麻野子のこと大切に思ってるんだよ」

「……ママ。もう万引きしないでね」

「しないよ、もう……。あたしがあんなことしたせいで、麻野子が虐められる原因にもなって……!最低だねあたし。お母さんとして失格だよね」

「……今更何言ってるの。いっしょに、できることをやるしかないでしょ。私もうちょっと頑張って、中学校に行ったら、クラスメートのクズ共とおさらばできるから。それまでは頑張るから……ママも頑張って」

「そうだね。……立派なこと言うね、麻野子は。ねえ麻野子……パパに会いたい?やっぱり養育費、もらえるようにしたいよね?」

「ママを捨てた奴?……絶対イヤ。どんな形でも絶対関わりたくない」

「だよねwあたしも二度と会いたくないw」

「ぷっ……あははははは……!」

 親子はその日初めて、二人で一緒に大笑いした。


 真麻家に笑顔が戻ったのは、間違いなくショタジャカロ、タロが来てくれたおかげである。

 麻夜は寝室でタロを抱きしめ、何度も何度も感謝を伝えた。

「タロ、あんたはきっと、天使なんだよ。あたしが辛い中でずっと頑張ってきたから、神様がご褒美としてあんたをあたしのことろに遣わせてくれたんだ。ありがとう、あたしの天使様」

「天使だなんてそんな……。ぼくは、麻夜さんが笑顔になってくれて嬉しいよ。こんなに素敵なみんなと家族になれて、嬉しい」

「家族かぁ……。家族ねぇ。じゃあタロは、あたしのとこに来たお婿さんかな?」

「えっ……お婿さんだなんて、そんな……照れちゃうよ……」

 タロは頬を赤らめた。

「……ねえタロ。ほんとにさ。あたしと籍入れようよ」

「でも……僕、ジャカロだよ。そういうこと、できないんでしょ?麻夜さんがそう言ってくれるのは嬉しいし、僕も麻夜さんと、その……け、結婚、したいけど……」

「……じゃあ、今は、これだけ」

 そう言い、麻夜は目の前の美少年に口づけをした。

 タロは麻夜を抱きしめ、唇を合わせた。


 やがて二人の影は重なった。


 麻夜は、もうとっくに諦めていた、「いい旦那さんと結ばれる」という女としての夢が、叶った気がした。


 ベッドの上で、うさみみ美少年と一緒に裸で寝る麻夜。

 ジャカロという生き物の正体が、なんであろうと構わない。

 エイリアンであろうと、悪魔であろうと構わない。


 たとえこの先、世界がジャカロの敵に回ろうとも。

 世界で唯一自分の味方をし、手を差し伸べ、絶望から掬い上げてくれたジャカロのことを。

 今度は自分が、絶対に護ろう。


 麻夜はそう心に固く誓った。

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