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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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シングルマザーとショタジャカロ②

 真麻しんま 麻野子まのこは母子家庭の一人娘である。

 家族構成は、認知症の曾祖父母である切太きれた鳴夜なくよ、腰が悪い祖母の輿恵こしえ、母親の麻夜まや

 

 麻野子は学校が嫌いだった。

 母親が万引きをするまでは、友達グループに入れてくれる同級生は少なからず存在した。だが万引き事件以来、クラスメート達からのイジメの標的にされてしまっている。楽しいことは何も無くなってしまった。


 麻野子は勉強が嫌いだった。

 正確に言うと、学校の勉強が始まる前まではそれほど勉強が嫌いではなかった。むしろ、図鑑で動物や植物の名前を覚えたり、テレビ番組で歴史上の人物のやったことを学ぶのは好きだった。だが、学校の授業を受けて以来、勉強そのものが嫌いになってしまったのである。

 算数のテストでは、まだ授業で教わっていない解法を予習して使うと、不正解扱いにされてしまう。足し算の問題では、「さくらんぼ計算」という面倒な手順を飛ばしたことで不正解扱いにされてしまったこともあった。かけ算の問題では、「1つ分の数」×「いくつ分」という順番を間違えると減点されてしまう。一生のうちのどこで何に使うのかもさっぱり分からないような公式をひたすら暗記させられる。そういった苦手意識から、いつしか麻野子は数を計算するのが嫌いになった。


 国語のテストでは、漢字のとめ、はね、はらいを少しでも間違うと減点扱いにされてしまう。授業中に先生が黒板に書く漢字にはトメもハネもハライも省かれているというのに。「作者の気持ちを答えなさい」という問題では、あらかじめ決められた通りの回答ができないと不正解扱いにされてしまう。読書感想文という、どこの誰に需要があるのかも分からない文章を書かされるのも苦痛であった。そういった苦手意識から、いつしか麻野子は活字を読むのが嫌いになった。


 社会科のテストでは、人物の名前や出来事の年号、地名、戦の名前などを一字一句違わず暗記できているかを確かめるような暗記問題をひたすら解かされる。テレビ番組で学んだ知識は一切役に立たない。それらの人物が現代にどう影響を与えたかだの、歴史からどのような教訓が得られるかだの、地形が人々の暮らしにどう影響するかだの、そういった面白みは授業の中には一切ない。いつしか麻野子は歴史や地理を学ぶのが嫌いになった。


 体育の授業では、嫌いなドッジボールを強制される。麻野子にはいつもボールが集中して飛んでくる。不公平だと先生に訴えても、「いい運動になるからいいだろ」と流されてしまう。シャトルランなどの苦しい身体測定を強要されると、自分の運動神経が相対的に劣っていることを嫌でも分からされる。競争やサッカーなどをやっても、麻野子は足を引っ張ってしまうことが多く、その度にクラスメートから罵倒される。そういった苦手意識の積み重ねによって、いつしか麻野子は運動することが嫌いになった。


 道徳の授業では、自分で頭を悩ませて考えた意見を言うといつも笑われるし、先生に意見を否定され、「大人が喜ぶ正しい考え」を復唱するように強制される。麻野子にとって、道徳の授業というよりも洗脳の授業のように感じられていた。「上の者に絶対服従し、タダ同然で働く都合のいいロボットになりなさい」というただ一つのメッセージを、言い方を変えて何度も刷り込まれるだけの授業であるかのように、麻野子は捉えていた。いつしか麻野子は倫理や哲学を学ぶことが嫌いになった。


 麻野子は母親が嫌いだった。

 派手な格好をして出かけた麻夜が、朝に帰ってきて、そのまま祖母の輿恵に泣きついて愚痴を吐いている姿を見ると、11歳の女児である麻野子にも母がどこで誰と会い何をしてきたかがなんとなく察せてしまう。そのような惨めな女には将来なりたくない、と思うばかりであった。また、常にストレスが溜まっている麻夜はたまに麻野子に対して強く辺り、怒鳴り散らすことがある。それに反感を覚えて反抗的な態度を取ると、さらに母の怒りはエスカレートする。ちょっとした相談をしたいだけであっても、不毛な口喧嘩へ発展させてしまう母のことを、いつしか「まともに会話できない相手」だの「そんなだから男に好かれないのだ」だのと軽蔑するようになっていった。だが、心のどこかでは「苦労して生活費を稼いでくれている、立派な母親」として一定の敬意を払っていたこともあった。……例の万引き事件が起こるまでは。あの件以来、麻野子は母親を心底軽蔑するようになった。

 

 麻野子は曾祖父母が大嫌いだった。

 母の麻夜は、曾祖父母にはお世話になったのだから大事にしろと言ってくる。だが、麻野子にはそんな思い出は存在しない。麻野子が物心ついた頃にはすでに曾祖父母はぼけっとしており、家のお荷物のような存在としか感じられなかった。遠くへお出かけをしたくても、曾祖父母の自宅介護があるからできない。同級生と同じ玩具や、可愛い服が欲しくても、パート勤務で介護の時間をとらなければならない母親にそんな金銭的余裕は存在しない。友達と遊びに行きたくても、ヤングケアラーの麻野子にはそんな自由は無い。麻野子にとって、曾祖父母は「大事な家族」などではなく、鳴いたり怒鳴ったりしてばかりの「早く死んで欲しいお荷物」だとしか感じられなかった。その気持ちを母親の麻夜に伝えたら、頬を平手で打たれた。だが麻野子の殺意は本気だった。自分の顔を覚えてもくれない曾祖父母さえ死んでしまえば、家族で唯一好きな祖母が無理をしてこれ以上腰を悪くすることもない。母親の負担も軽くなり、時間にも金銭にも余裕ができる。麻野子はひたすら曾祖父母の死を望んだ。ある日家に隕石が降って曾祖父母が潰れてくれないだろうか。ある日テロリストが来て曾祖父母を射殺してくれないだろうか。ある日怪獣が襲ってきて曾祖父母だけ食べてくれないだろうか。……自分の手で家族の命を奪うことはさすがにできないので、そういった外的要因が曾祖父母を消してくれる妄想を毎日ひたすら続けていた。


 新型コロナウィルスが日本へ上陸し、パンデミックが蔓延したとき、麻野子は心の中で歓喜した。高齢者ほど重症化しやすく、死亡率も高いといわれる新型コロナウィルスが、曾祖父母の命を奪ってくれるのではないかと本気で期待した。……だが、家族で感染したのは母親の麻夜だけだった。麻夜が寝込んでいる間、輿恵と麻野子が曾祖父母の介護をしていた。排泄物の始末をしながら、母から曾祖父母へウィルスが感染することをひたすら望んだ。……しかし、その望みは「幸運にも」叶うことはなかった。

 やがて、新型コロナウィルスのワクチンの研究が始まっていると小耳に挟んだ。輿恵や麻夜が投与するのはいいが、曾祖父母がワクチンを投与することは許せなかった。だから麻野子は、クラスメートから聞いた反ワクチン論者の主張を麻夜へひたすら言い聞かせた。だが母は麻野子の言葉に耳を貸さなかった。……2021年現在、まだ新型コロナウィルスのワクチンは開発されていない。しかし、いつか曾祖父母のワクチン接種券が届いたら、こっそり破り捨ててやろうかと本気で考えている。


 麻野子は何度も家出したいと望んだことがあった。だが、万引き事件の影響で、もう泊めてくれる友人はいなくなっていた。母親と同じように、祖母の輿恵に泣きついて愚痴を吐くしかなかったのである。


 ……長々としんどい話を聞かせてしまって申し訳ない。そして、今この文章を読んでくれている読者の皆様には、ここまでの間ずっと麻夜と麻野子のしんどい家庭事情の説明を頑張って読み続けてくれたことに、深く感謝する。


 このような絶望的な家庭環境だが……

 ある日、突然転機が舞い込んだ。


 ……それは、2021年3月3日の夜であった。

ジャカロ出現時期を、2020年から2021年に変更します。

新型コロナウィルス感染者が日本で見つかって1年経った、一番きつい時期となります

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