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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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シングルマザーとショタジャカロ①

 信麻しんま 麻夜まやはシングルマザーである。

 年齢は32歳。家族構成は、認知症の祖父母と、腰を悪くした58歳の母親、そして11歳の娘がいる。

 父親は病気で他界している。かつてはデキ婚した夫がいたが、夫の浮気が原因で離婚した。今はもう連絡がとれず、養育費は一切振り込まれない。

 麻夜は訪問介護の仕事をしており、簿給の激務に追われている。職場では男性の上司や、男性の被介護者にセクハラをされることが度々ある。だが上下関係を盾に脅されており、泣き寝入りするしかない状態だ。職場の同僚に相談しても「そういうものだからあきらめなさい」と言われてしまう。……これは麻夜が知らない話だが、実は同僚達は麻夜を上司のセクハラからのスケープゴートとして使っている。デキ婚をした過去があるせいか、女としてナメられているのである。

 くたくたになるまで働いても、得られる給与は少ない。母親は腰の怪我が原因で清掃員を退職しており、再就職先は見つかっていない。そんな状態で、祖父母と母親、娘を養わなくてはいけないのだ。贅沢どころか、「自分へのご褒美」を買う余裕さえない。祖父母の認知症は年々悪化しており、排泄すら自力でできない状態だ。祖父は母や麻夜に暴力を振るうことがあり、祖母は突然泣き出して止まなくなることがままある。麻夜は正直なところ、祖父母を介護施設へ入居させたいのだが、近所には空いている施設がほとんどない。あってもかなりの高額であり、麻夜の収入では費用を払えない。介護職をしているのに、自分の祖父母を介護施設へ入れられない現状。まるでチョコレートを食べたことのないカカオ農園の労働者のようだ、と時折麻夜は自分を嘲笑う。

 麻夜は一人ではとてもこの生活を支えられないと思い、再婚相手を探したこともある。マッチングアプリを使用して男性を探したが、結果は悲惨なものであった。まともな男性は、麻夜の家庭事情を知ると、音信不通になってしまう。こんな何重にも地雷を背負ったバツイチの女など、事故物件扱いされて誰も寄ってこないのである。麻夜のようなシングルマザーを狙って言葉巧みに甘い言葉をかけ、そのままヤリ逃げする男も多かった。そんな散々な結果になる度に、涙で枕を濡らし、男性嫌悪の感情を積もらせていった。

 麻夜の娘、信麻しんま 麻野子まのこの態度は極めて反抗的だ。男に捨てられてばかりの母親の姿を見て、「こうはなりたくない」と軽蔑しているのである。家が貧しいせいで流行りのゲームを買うことができず、友達から仲間に入れてもらえないのである。

 麻夜が新型コロナウィルスに感染して寝込んだときは、麻夜の代わりに麻野子に祖父母の介護を手伝ってもらったことがある。11歳でありながら、ヤングケアラーとして遊ぶ時間や勉強の時間を介護に使わされた麻野子は、度々「ひいじーちゃんもひいばーちゃんも死んじゃえばいいんだ!」と言うことがある。祖父母に育ててもらった恩が思い出がある麻夜は、麻野子がそういう度にキレて激しく口論になり、親子の溝は更に深まっていく。

 それだけならばまだなんとかなっていただろう。だが麻夜と麻野子の間を引き裂いた決定的な事件があった。麻夜はストレスが限界まで溜まると、かつて元夫に教え込まれたヤケ酒やパチンコを未だに繰り返してしまい、少ない金を浪費することがあった。ある日酒で酔った勢いで、給食費に手を付けてしまったことがあった。金が足りなくなった麻夜は、スーパーで化粧品や食料品を万引きしてしまった。最初の1~2回はバレずに万引きができたのだが、3度目でとうとうバレてしまい、店への損害賠償で借金を背負うことになった。

 この事件は娘の同級生のママ友グループの間で瞬く間に拡散された。麻野子は「万引き犯の娘」として同級生からイジメに遭い、麻夜自身もPTAの中でさんざんイジメられた。教師に相談しても「万引き犯がどんな目に遭うか、子供達のいい勉強になるから」と、一切取り合ってもらえなかった。それどころか担任の教師すらも(無自覚のうちに)イジメに加わることがあった。麻夜は「夫に捨てられたかわいそうな被害者」ではなく、「酒とパチンコ代のために万引きをした悪人」として扱われるようになったのである。

 この一件以来、麻野子は麻夜に対して「あんたの子供に産まれたくなかった」と日常的に言うようになり、親子の溝は修復不可能になってしまったのである。

 万引き事件は職場でも拡散された。上司は「クビにしないでやる代わりに性的な奉仕をしろ」と麻夜に強要してくる。麻夜は吐き気がするほどの嫌悪感を押し殺し、言われるがままにするしかなかった。セクハラやパワハラで訴訟を起こせるような立場ではなかったのだ。


 麻夜はあまりの辛さに、自殺しようかと考えたこともあった。だが、麻夜が自殺した場合、彼女の代わりに両親の介護と麻野子の育児をするのは、腰の悪い母親となってしまう。唯一の味方である母親にそれらの負担を全て押しつけて、自分だけ楽になるというのは、麻夜には選べなかった。死にたくても生きるしかなかったのである。


 さて、そんなある日。

 突如、この家庭に転機が訪れる。


 ……それは、2021年3月3日の夜であった。

 

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