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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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居酒屋チェーン店の店長とジャカロ③

 底助は混乱した。

 明らかに本物のうさ耳と尻尾とツノが生えている目の前の美少女は、なんと自分が人間では無いなどと言い出したのだ。

 ついに自分の気が狂ったのだろうかと疑った底助は、スマートフォンの検索サイトで「ジャカロ」という単語を検索した。


 すると、検索結果には大量のニュースサイトが表示され、「世界中でジャカロを名乗る人型生物が出現!」「宇宙人の襲来か!?」などのセンセーショナルな見出しの記事で埋め尽くされていた。

 信じがたいことに、今底助の目の前にいるようなうさみみメイド美少女型生物、自称「ジャカロ」は、世界中の至る所で出現しているらしい。子猫のように小さな幼体や、美少年型、幼女型といった、様々な成長段階のジャカロが撮影されているようだ。あまりにも非日常的、非現実的な大事件である。底助は思わず大笑いしてしまった。

「なんてこった!こんなわけのわからない面白おかしい現象を目撃できたなんて!昨日自殺しなくてよかった!ありがとう、どっかの勝ち組さん!はははは!」


 あまりの大事件で、世間は大騒ぎだ。国によってはジャカロ達を警戒し、国民に緊急避難警報を発令しているところもある。だが日本は特にそんなことはなく、底助が務めている居酒屋「客神堂」は通常通りに営業するらしい。

「あんまりネットサーフィンしてると遅刻しちゃう……そろそろ行かなきゃ」

「私もついていってお手伝いしますよ!」

「えーと……君は、ジャカロ……だっけ。えーと、バイトの面接に来てくれるってことでいいのかな?」

「???よく分かりませんけど、はい!」

「それじゃあ履歴書を書いてもらう必要があるかな」

「履歴書ってなんですか?」

 どうやらこのジャカロは、身分証明書をもっておらず、自分の住所どころか自分の名前さえ知らないらしい。銀行の口座も持っていない。つまり給与を受け取れないのである。

「困ったなぁ。人手が足りないからバイトに来てくれるんなら雇いたいけど……給料振り込めないんなら雇えないよ」

「きゅうりょう??ってなんですか?」

「え、お金は知ってるよね?」

「お金ってなんですか?」

 どうやらジャカロは、「食べ物」「火」「水」など、自然にもともとある概念は知っているようだ。「野菜」や「数字」なども知っている。しかし、「店」「通帳」「会社」など、人間が作り出した概念は知らないらしい。「電気」や「ガス」など、人間がエネルギーとして利用している目に見えない存在のことも知らないようだ。

「うーん……。つまり、お金というのは食べ物なんかと交換できるものだよ。それをあげるための手続きができないから……」

「大丈夫ですよ、底助さまが、人手が足りなくて困ってるなら!お金をもらえなくてもお手伝いします!」

「タダ働きするってこと!?え、そ、それは……」

「大丈夫ですよ、がんばってお勉強してお仕事を覚えますので!」


 結局底助は、本社に内緒でジャカロに働いてもらった。

 ジャカロへ、店の制服を着るように言ったが、どうやらジャカロは服の着方どころか脱ぎ方も知らないらしい。今着ているミニスカメイド服は「もともと着ているもの」だそうだ。底助は、他の従業員がまだ来ないうちに、ジャカロを女子更衣室へ連れ込み、服の脱ぎ方を教えた。ジャカロがミニスカメイド服を脱ぐと、なんと靴下以外は一糸まとわぬ姿となった。どうやら下着は上下ともに着用していないらしい。童貞の底助は物心ついて以来初めて、女性の裸体を見てしまった。豊満なバストや、艶めかしい体つきは、まるで一流のグラビアアイドルのようであった。……底助は顔を赤くし、前屈みになりながら、ジャカロに制服を着せた。そんな底助の姿を、ジャカロは愛おしそうに眺めていた。

 ジャカロは真面目であり、仕事を覚えるのが早かった。その上肉体的にも精神的にもなかなかタフだった。態度が悪く仮病でサボりがちな不良の学生アルバイト共よりもはるかに役に立つ。本当に仕事が捗った。


 店を訪れる客たちは皆、世界中に突如出現した生物達「ジャカロ」の話題で持ちきりだった。

 SNSに投稿されているジャカロの写真を眺め、可愛いとかキレイとか感想を言う客。

 宇宙人の侵略だと考え、この世の終わりであるかのような不安を吐き出す客。

 ジャカロが未知の細菌やウィルス、寄生虫のキャリアとなってパンデミックを引き起こすのではないかと話している客。

 ジャカロと出会って会話したことを自慢する客達。


 ……様々な話題が飛び交っていたが……、底助はそれに聞き耳を立てる余裕はなかった。


 夕食の時間になった。ジャカロも腹は減るようだ。この店舗では従業員に賄い飯を出すことは禁止されているため、どうしたものかと底助は考えた。するとジャカロは、客が残した残飯を食べると言った。無論、従業員が残飯を食べることは禁止されている。ヘタに許可して食中毒が起こったら一大事だし、このコロナ禍では客が口を付けた食器や食品に病原体が付着しているかもしれない。何より、「他者の食べ残しを食べる」という行為は社会通念的にはばかられるものであるからである。しかし、ジャカロは今タダ働きであり、従業員ではない、という謎の理屈により、「捨てるのは勿体ないから」と残飯を食べてしまった。……フードロスを減らせるのは何よりだが、さすがに残飯を食べるのはいかがなものか……底助はそう思った。



 ジャカロがせっせと働いてくれたおかげで、この日の残業時間は比較的短く済んだ。

 底助が余った食材を廃棄しようとしたところ、ジャカロは再び「勿体ないから」とそれを食べようとした。……勿論、廃棄食材を従業員や店長が持ち帰ったり食べることは許可されておらず、横領として就業規約違反となる。食中毒の対策もあるが、食材の持ち帰りがまかり通ってしまうと、従業員や店長が自分で持ち帰るために必要以上に多くの食材を発注してしまい、コスト増となってしまう可能性があるためである。経営を行う本部としては看過できない問題だ。世間ではフードロスが問題視され、「食材の無駄遣いを無くそう」などと謳われているが、飲食店の経営者の視点からすると、余った食材は廃棄してしまった方が総合的には合理的なのである。……それがフードロス問題がいつまでも解消されない理由だ。

 しかしながら、ジャカロは雇用契約をしておらず、タダ働きである。それ故に「従業員」に当てはまらない。無論、従業員でもない「人間」に業務を手伝わせることは規約違反だが、ジャカロは人間ではない。それどころか「動物」かどうかもわからない。……底助は日頃から精神的に追い詰められて参っているせいか、物事をあまり深く考えない性分のようであり、「まあ禁止する条文はないし、問題ないでしょ」とジャカロに廃棄食材を食べさせた。……本部に残業代を払えと言えるような図太さはない割に、こういうとこで底助はけっこう大胆な判断をするものである。


 その日の仕事は、底助にとって大変充実感のあるものであった。普段の冷たく苦しい職場ではなかった。隣にいるジャカロが時折底助のことを気遣って優しい言葉をかけてくれたりする。底助はそれにとても癒やされた。これから毎日、ジャカロと一緒に働けるのならば、ワーキングプアの一生であっても絶望ではないかもしれない。


 帰宅した底助とジャカロは、一緒にお風呂に入り、一緒にベッドに入った。

 そして底助は、ジャカロに抱きしめられ、誘われ、求められた……。

 ジャカロのうち、美少女の姿をしたものは、どうやら……人間の男性よりも性欲が強い生き物であるらしい。底助は、「なんて都合のいい存在だ」と思わずにはいられなかった。


 メイド服に身を包み、丁寧な言葉遣いをするジャカロだが、夜はすごかった。

 

 底助は、生まれて初めて、女性(人間では無いが)と体を重ね合わせた……。



 翌日。

 再びジャカロと共に出勤した底助は、本部から大変なお叱りを受けた。どうやらジャカロにタダ働きをさせていたことがバレたらしい。「わけのわからん生き物にバイトをさせるな」「変なばい菌持ってるかもしれん奴を厨房に入れるな」「店のイメージが悪くなる」など、大変ごもっともな正論によって、底助は怒鳴りつけられた。

 底助は解雇こそされなかったものの、もともと少なかった給料がさらに減給され、ジャカロを働かせることを禁じられた。


 再びつらい職場で働くことになった底助。

 だが、これまでのように死にたくなるような気分にはならなかった。

 自宅に帰ると、ジャカロが出迎えてくれるからだ。労ってくれて、愛し合ってくれるからだ。


 さすがにいつまでも種族名で呼ぶのは憚られるらしく、底助はこの個体へ「ミミ」と名付けた。

 ミミはその名前を大変気に入った。


 ジャカロという生き物達が、どこからやってきた何者なのかは分からないが……

 底助は、「間違いなく、自分の人生をジャカロに助けられた」と実感していた。

 

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