居酒屋チェーン店の店長とジャカロ②
底助は美少女に肩を貸してもらい、なんとか立ち上がった。
「ああ……これは夢かな、それとも幻覚かな……」
底助はワーキングプアであり、年収は同年代の平均よりも大きく劣る。それ故に自分に自信がない。そんな底助が、うさみみコスプレ(?)メイド(?)美少女に肩を貸してもらえるなんて、現実だとは考えがたかったのだ。
(なんかの客引きかな……別にそれでもいいや)
底助はつい先ほど自殺を決行しようとするまで追い詰められており、精神が極限まで摩耗していた。故に無敵だった。この美少女が美人局か何かでないかと疑ったが、どうせこの先自分の人生はずっと労働搾取され続け、それ以外なにもないのだから、どうなろうとも構うもんか。今はこの淡い夢を見ていていたい……そう考えたのであった。
「こんなに辛そうになって……かわいそう。どこへ連れて行けばいいですか?」
「……僕の家に……」
底助はうさみみ美少女に肩を貸してもらいながら、駐車場から出て、自宅へ向かった。
「どうしてそんなにぐったりしてるんですか?」
「仕事で……もう何もかも疲れた……。もう何もしたくない……死にたい……」
「しごと?……よくわからないけど、ゆっくりお休みしましょ?ね?」
「うん……」
やがて底助とうさみみ美少女は、底助の自宅の前についた。
「……ありがとう。こんな僕に肩を貸してくれて。最期にいい夢が見れたよ。それじゃあ……」
助けてくれたうさみみ美少女に礼を言う底助。おじぎをしてドアを閉めようとする。おそらく、明日の通勤中に再び歩道橋で投身自殺を試みるのであろう。……しかし。
「だめですよ!そんなにぐったりして……。一緒にお休みしましょう」
なんと美少女は、底助の家に入ってきた。
「え、お、おお……?」
さすがに驚く底助。
うさみみ美少女は、底助の面倒を見てくれた。
すっかり気力がなくなった底助に、コンビニ弁当をあーんしてくれた。(コンビニ弁当の存在や電子レンジの使い方を知らなかったため、底助が教えた)
服を脱がせて、シャワーを浴びせてくれた。(服の脱がし方や入浴の文化、シャワーの使い方を知らなかったため、底助が教えた)
底助にパジャマを着せてくれた。(服の着せ方を知らなかったため、底助が教えた)
そして、底助のとなりで添い寝してくれた。
底助をベッドの中で抱きしめてくれた。
優しい言葉をかけて、労ってくれた。
底助は泣いた。とにかく泣いた。
この甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるうさみみ美少女の正体が何者であるかなど、底助に考える余裕はなかった。今はこの世界でただ一人、底助の味方になってくれる存在であった。
職場の上司も、この社会も、居酒屋の客も、皆が底助を虐げてくる。尊厳を踏みにじってくる。労働搾取し酷使してくる。友人はいない。異性との出会いもない。訳あって両親にすら泣きつけない。誰にも愛情を注いでもらえず、味方になってもらえず、辛さを吐き出させてもらえない。そんな底助に、このうさみみ美少女は寄り添ってくれた。出会って間もないのに、話を聞いてくれて、辛さを受け止めてくれて。一緒に泣いてくれた。
底助はうさみみ美少女を抱きしめ、そのぬくもりを感じながら眠った。
翌日の昼。
いつもはスマホのアラームで目を覚ます底助だが、今日は「きゃあ!」という声で目を覚ました。
隣を見ると、例のうさみみ美少女がスマホのアラームに慌てていた。どうやらずっと添い寝してくれていたようだ。夢でも幻覚でもなかったのだ。
「……おはよう」
底助はスマホのアラームを止めた。
「ぜぇはぁ……こわかった……。止めてくれてありがとうございます、底助さま」
「……仕事行きたくない……。もうやだ……」
うさみみ美少女へ弱音を吐く底助。
「それなら、休んじゃいましょうよ、そんなお仕事?なんて」
「そういうわけにもいかないでしょ……。行かなきゃ親に賠償責任が行くらしいから……。あー行きたくない。むしろ生きたくない。死にたい……」
「いいんですよ、もう。ぐっすり寝ちゃいましょう。そんなにぼろぼろになって、くたくたになってまで……、嫌なことなんて、しなくていいんです」
「……」
「今日は一緒にお休みしましょう、底助さま」
「……そうしたいよ、そうしたい。でも……」
「大丈夫。大丈夫ですよ。ぐっすり眠って、ゆっくり休みましょう……ね?」
「……ぐすっ……いいのかなぁ……!」
「いいんです。もう、やめちゃいましょうよ、こんな辛いこと」
「やめたい……やめたいよおおぉぉぉぉ!!!!!ああああーーーーーー!!!!!!仕事やめたいいいいィィィィーーーーーーーーーー!!!!!」
底助は大声で叫んだ。
「そうでしょう?もう、苦しいことや辛いことなんて、やめちゃっていいんです」
「……でも、そうすると親が……」
しばらくそうやって問答をした二人。結局、底助は仕事に行くことにしたようだ。
「わかりました……それなら、わたしもついていってお手伝いします!」
「ええ?あ、バイトしてくれるの?ありがとう……コロナで人足りなくなってるから助かるよ。でも……君は、その……今は、何の仕事してるの?なんかやってるんじゃないの?」
今ここに至るまで、底助はうさみみ美少女へ、彼女自身のことを訪ねるような質問を一切していなかった。それもそうだろう、自分のことだけで頭がせいいっぱいだったのだから。……しかし、ある程度冷静になった今、改めて考えると、このうさみみ美少女のことは謎だらけである。
「そういえば、君はなんで、うさみみと、ツノと、尻尾をつけてるの?なんでそんな……メイドさんのコスプレしてるの?普段何してる人なの?」
「え?……つけてるって?なにをですか?」
「だから、うさみみと、ツノと、尻尾を……」
「ええ、そう言われても……。もともと生えてるものですから……」
そう言い、うさみみ美少女はウサミミと尻尾をピコピコと動かした。
「えっすご……それ動くんだ。よくできてるなぁ……」
「ふふ、触ってみますか?」
耳と尻尾に触れてみると、ふわふわの毛の下にはしっかりと皮膚があり、温かみがあった。うさみみには軟骨が、尻尾には骨がしっかり入っている。
「え……なにこれ……本物?」
「はい」
「……君はいったい……?どこから来たの?」
「……あんまり覚えてないんです。自分がどんなふうに今まで生きてたか。昨日、あなたと出会う前までのことは。でも、なんとなく……森で葉っぱを食べながら生きてた気がします」
「葉っぱ?ええと……人間だよね?君は?」
「……たしか、私は。私達は……」
「ジャカロ、っていう生き物だった……気がします」
2021年、3月3日。
これが、全世界で同時多発的に、ジャカロが出現した日であった。