アトピー患者とOLとジャカロ④
途中で道が二手に分かれたので、荒太と百合華は別の道を行くことにした。
お互いに、ジャカロと遭遇したときの会話を聞かれたくないからだ。
百合華が山道を歩いていると、やがて幼い少女の喘ぎ声が聞こえてきた。
声のする方へこっそり近づくと、そこにはおぞましい光景があった。
草むらの中で、人間でいうと12歳ほどの外見の幼女ジャカロが仰向けになっており、その上に小太りの中年男性が覆い被さり、激しく腰を揺すっているのだ。
その光景に、百合華は思わず吐き気を催した。嫌悪感が背中をぞぞっと走った。
男性は、はぁはぁと息を切らしながら、奇声を発している。
「ああジャカロちゃん!!!ロリジャカロちゃん!!!こんなに可愛い幼女が!!!初対面の僕にこんなことさせてくれるなんてえええ!!ああきもてぃいいいい!!!!生きててよかった!!ロリコンに産まれてよかったああ!!!」
男性に激しく腰を打ち付けられている幼女ジャカロは、男性の腰に脚を絡めて、気持ちよさそうに喘いでいる。
これが人間の男性と人間の幼女がやっている行為ならば、即通報モノだ。というか、この小説で描写することすら許されない犯罪行為であろう。だがジャカロは人間ではない。出現して間もない今では、法律上での扱いも決まっておらず、石や木などの自然物と同等の扱いしかできないのだ。故に、あの男性がやっていることは、法律上では自分で自分を慰める行為と等しいのである。
……百合華はすぐにその場を去った。山の上方向へ。
もうジャカロ探しはやめて帰りたくなるくらい気持ち悪かったのだが、引き返すよりは「上に」助けを求めたい気分だったのだ。
少し落ち着いてきた百合華は、男性と幼女ジャカロから十分に距離を取ってから、独り言を呟いた。
「ロリコンきっも……マジで死ねばいいのに。この世の害だわ……マジ消えてほしい……」
そうして一息つくと、百合華は小さめの声で呟いた。
「……え、えーと……ジャカロさんいますか……どこかにジャカロさんいたら……来てくださーい……」
百合華がそう言うと、やがてがさがさと小さな物音が百合華のほうへ近づいてきた。高鳴る心臓を押さえながら、百合華は呼吸を整えようとしている。……やがて、百合華の足下に、ぴょこっと小さな影が飛び出てきた。
「きゅうー!」
子猫くらいの大きさの、小さなジャカロ。リスのような長い尻尾が生えている。所謂リスジャカロと呼ばれる分類のものだ。リスジャカロはきゅうきゅうと鳴き、百合華の靴にほおを擦り付けて甘えてきた。
「よしよし、ちっちゃくて可愛いねえ~」
百合華はリスジャカロをそっと持つと、ひょいと抱え上げ、胸元で優しく抱きしめた。
「きゅう!きゅう~!」
甘えてくるリスジャカロに、百合華はナデナデをした。せっかく自分に懐いてくれたのだから、そのままリスジャカロを手の平で抱えながら進んだ。
……結論から言おう。
百合華はジャカロに出会えた。カールがかかった綺麗な髪の、美しい女性型ジャカロと出会った。
百合華はしばらくしどろもどろとしていたが、ジャカロの方から百合華にやさしく話しかけてくれた。
百合華は全てを伝えた。自分は孤独な同性愛者だと。誰にも愛してもらえないし、誰も自分の愛を受け入れてくれない。自分は世界の鼻つまみ者だ。受け入れてくれる人が欲しい……そう泣きながら縋るように言った。
ジャカロは百合華をやさしく抱きしめ、そして……
百合華に口づけをした。
その日、百合華は女性型ジャカロとリスジャカロを連れて、車で帰宅した。
……どうやら、この個体が特別にレズビアンだったというわけではなく、ジャカロは基本的に同性愛を受け入れることができるようだ。
さて、一方の荒太はというと……
やはり山道でジャカロと出会った。大変露出度が高い衣装のジャカロであった。
「うふふ、人間さん、こんばんは~♡」
「う、うひっ、え、エッロ……!かっわいい……!乳でけぇ……!」
荒太はすでに前屈みだった。
「うふっ。人間さん、そんなに私の胸見て……揉んでみたい?」
ジャカロは荒太の手首をそっと掴むと、デコルテが大きく開いた胸元に押しつけた。
「うひぃ!でけぇ!や、やわらけえぇ!!こんなでかいのどこのソープでも見たことねええ!!」
荒太は初対面だというのに、ジャカロの両胸を夢中で揉みまくった。
「あん♡んんっ……人間さん、もしかして、こういうことも……してくれる?」
そう言うとジャカロは、股下5cmほどの超ミニスカートをたくしあげて、下半身を見せつけた。
「うおぉ!は、はいてない!?つるっつる!エッロ!!!おかす!!!」
荒太はその場でジャカロを即押し倒した。
……ジャカロの気持ちよさそうな喘ぎ声がひたすら響き渡った。
2時間くらい過ぎた頃。
草むらの上で、荒太はジャカロに覆い被さって、ぜぇはぁと息を切らしていた。
のしかかられているジャカロは、恍惚の表情をしており、口の端からよだれを垂らしている。
「んっ……あ、はぁっ……はぁっ……。すごかったわ……♡ありがとう、いっぱいしてくれて♡」
ジャカロは荒太の後頭部を撫でながらお礼を言った。どうやらジャカロは何か……やってもらいたかったことを荒太にたくさんしてもらったらしい。
「あ~……ジャカロちゃん、噂はマジだったんだね。ジャカロは出会い頭にすぐ、誰にでもやらせてくれるって……。しかも生で……!」
「うふ♡それはあなたのことじゃないかしら?こ~んな気持ちいいことしてくれて……ふふ、可愛いコ♡」
「……可愛い?俺が?いやいや……キモいだろ、ほら」
「いいえ全然?とっても可愛い顔してるわ」
そう言ってジャカロは、荒太のアトピーで荒れに荒れた吹き出物だらけの顔に頬ずりした。
「マジ……かよ。受け入れてくれるのか?俺のこと……」
「あなたさえよければ♡」
「お……俺のこと……キモいって言わない?嫌いにならない?」
「ええ♡あなたのこと、もっと知りたいわ♡ちゅっ♡ちゅっ♡」
ジャカロは荒太の口に何度もキスをした。
「ああああーーーージャカロ最高おおおおお!!もう人間の女なんていらねええーーー!!結婚してください!!!」
「結婚ってなに?」
「俺と一緒に暮らそう!!!ジャカロちゃん!!!」
「ええ♡」
そうして荒太は、ジャカロを自分の家へ連れ込んだ。
……その後。
百合華は毎日、生きるのがとても楽しかった。
もう孤独なレズビアンではない。家に帰れば、自分を愛してくれるジャカロがいるのだ。
ついでに、百合華に懐いて甘えてくれるリスジャカロもいる。
百合華は彼女たちに名前を付けた。女性型ジャカロにはリリィ。リスジャカロにはチョロと名付けた。
リリィは百合華の話をなんでも聞いてくれたし、何を言っても肯定してくれた。何度愛してると伝えても、煙たがることなく、「あたしもだよー!」と愛情を向けてくれた。
これまで人間社会では「早くいなくなってほしい」という無言の圧力を感じ続けていた百合華だったが……
リリィと共に暮らすようになってからは、そんな被害妄想はどこ吹く風であった。
百合華は思った。もう誰に嫌われたって構わない。
二人と一匹、自分を確実にずっと愛し続けてくれる者がいるから……。
一方の荒太。
今までずっと腫れ物扱いされてきた荒太だったが、そんな自分を愛してくれるジャカロを手に入れることができた。
荒太はこのジャカロに「ぱふぇ子ちゃん」と名付けた。
ぱふぇ子とは毎日激しく求め合った。まあ、心身共に充実した生活を送っているといえるだろう。
しかし、ある日……
荒太が務める居酒屋「客神堂」のとあるチェーン店で、本部に無断で勝手にジャカロに仕事を手伝わせていることが判明した。なんとタダ働きである。
荒太はそれを聞いてぞっとした。仮に客神堂がジャカロをタダ働きさせ始めたら、きっと他の同業他者らも同じようにジャカロをタダ働きさせるようになるだろう。するとどうなるか……客神堂の優位性が無くなってしまうのである。客神堂は、味もサービスも並だが、超絶ブラック企業体制の労働搾取によって低価格を実現させていることが売りなのだ。もしもどこもかしこもジャカロを雇うようになったら、そんな客神堂唯一の優位性が無くなり、会社はどんどん負け続けてしまう……!
荒太にとって、「社会的に価値のある何者か」でいられる場所は会社しかないのだ。荒太は会社を守るために、ジャカロを勝手にタダ働きさせた店舗の店長、「未来谷 底助」をひたすら罵倒した。
「わけのわからん生き物にバイトをさせるな!」
「変なばい菌持ってるかもしれん奴を厨房に入れるな!」
「店のイメージが悪くなる!」
……など、しこたま怒鳴りまくった。そして底助へ減給を言い渡した。
その日、荒太は家に帰ると、ぱふぇ子に出迎えて貰い、いつものようにお互いを激しく求め合い、愛し合った。
だがその後は、SNSでジャカロへの危機感を煽るような書き込みをし続けた。
「ジャカロは優しい顔をして、人類を支配するときを伺っている」
「ジャカロを職場で働かせたら、やがていつか本性を現して会社を乗っ取られるぞ」
……などなど。
荒太は個人としてはジャカロを愛してはいるが、自分の会社の最大の武器を守るために、ジャカロ排斥派に混ざってネットで声を張り上げ、世論誘導を目論むのであった……。
……さて。
これまでは、「ジャカロが社会にどう受け入れられるか」という点にフォーカスを絞って、社会を観察してきた。
だが、「ジャカロという生き物はそもそも何なのか?どんな生き物なのか?」という本質に迫ろうとする者は、これまでの話には出てこなかったのである。
……いや、ごく僅かに存在した。
未来谷 底助の目線で描いた章にて、居酒屋「客神堂」にやってきた集団客だ。「ジャカロが未知の細菌やウィルス、寄生虫のキャリアとなってパンデミックを引き起こすのではないか?」等、生物としての本質を解明しようと考える者が、確かにいるのだ。
次は、彼らの話をしよう。
生物学者……「田畑 千園」の話を。