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奉仕怪獣ジャカロ 序章  作者: タマリリス
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外国人技能実習生と農家とジャカロ③

 ジャカロ達は、なんと先日植えられたばかりの種芋を掘り起こしてもりもりと食べていたのである。

 生のままだ。

「何やってんだてめェあーーーーッ!!!!!」

 刈夫は怒って、金属バットを思いっきり地面に打ち付けて威嚇した。

「きゃいぃーーーっ!?」

 少女ジャカロはびっくりして尻餅をついた。

「きゅぃぃーー!?きゅうぅーっ……!」

 ちびジャカロ3匹は、尻尾をふりながらヨチヨチと這って、少女ジャカロの後ろに隠れた。

「どこの家のガキだてめぇ……そんなふざけた恰好して、小猿なんか連れて……!い、芋食ってたのか?生のやつを?」

 刈夫は冷静になったわけではないが、ジャカロがやっていた行為に困惑しているようだ。この時点で刈夫は早朝のニュースをまだ観ていないため、ジャカロという生物を知らない。目の前の少女を人間だと思っているのである。そして、ジャカロの後ろに隠れたちびジャカロ達のことは、一瞬見えただけなので小猿だと思っているらしい。それはともかく、ジャカロの行動に驚いていた。種芋を掘り起こして生で食べる少女など、刈夫の54年の人生で初めて見た。それはそうだろう。野菜泥棒をするなら、種芋なんかではなく普通は収穫の時期を狙うものである。そして野菜泥棒は、盗んだ野菜をその場でモリモリと食べたりはせず、持ち帰るものだ。……そこまではまだ馬鹿な人間のやることとして納得できるが、「生のジャガイモを食べる」という行為だけは理解しがたかった。ジャガイモの主成分であるβ-デンプンは、生のままでは人間の消化酵素では消化できないのである。ウサギや鹿などの草食動物ならともかく、人間のやることではない。ましてや、畑から掘り出して土や泥がついたまま食べるなど……。

「んなーこたぁどうでもいい!!野菜泥棒は容赦しねえ!!!だらぁ!!!」

 刈夫は少女の腹部に思いっきり蹴りを入れた。54歳とはいえど、畑仕事で鍛えたその足腰はまだまだ強靱だ。

「げぼぉ!!ごほっごほっ……!おぐぅ……!」

 少女ジャカロは腹部を押さえて悶絶し、うつ伏せに倒れた。

「きゅいぃーー!きゅうぅーー!」

 少女ジャカロの後ろに隠れていたちびジャカロ達は、怖がって逃げだそうとした。

「ぜぇはぁ……ん?なんだ、あれ……?猿か?」

 刈夫はちびジャカロ達を両腕で抱えて捕まえた。

「きぃーきぃー!」「きゅいぃーー!」「ぴゅうぅー!みゅうぅー!」

 刈夫は捕獲した生き物たちをまじまじと捕獲した。

「……なんだこいつら!?猿じゃねえ!人の顔してやがる……!うさぎみたいな長い耳生やしてて……。なんだ?なんなんだ?人の赤ん坊じゃねえよな……」

 人間の顔をしている、三頭身の小さな生き物。人間の赤ちゃんよりずっと小さい。こんな生き物がいるのか?刈夫は困惑した。やがて、悶絶していた少女ジャカロが話しかけてきた。

「うぅ……痛い……ひどいです人間さんっ……私がなにかしましたか……?」

「あぁ!?勝手に畑に立ち入って、種芋食っただろうが!親はどこだ!!訴えてやるからな!!!この近くの交番の警察とは知り合いなんだ、逃がさねえぞ!」

「親……わかりません、覚えてないです……」

「しらばっくれんな!あと……こいつらはなんだ!猿……じゃねえよな……なんだこいつら!」

「最近産まれた私の姉妹です……」

「なわけあるかァ!」

 刈夫はちびジャカロを一匹掴むと、少女ジャカロの顔面に投げ当てた。

「ぴぎゅ!」「痛っ!」

「ぜぇーはぁー……てめー俺をナメてんだろ、少年法に守られてるから平気だとか思ってんだろ!ナメんじゃねえぞ、クソガキが!今の時代なぁ、昔と違うんだぞ!特小帰りしても泊なんかつかねえぞボケが!」

「ひぃ、ひいぃ、なんで、なんでそんなに怒ってるんですかぁ、畑ってなんですか?種芋ってなんですかぁ!?」

 「畑」や「種芋」といった人工物を、ジャカロは知らないようである。刈夫はしばらくの間、少女ジャカロを怒鳴りながら、ときどき暴力をふるっていた。そこへ、刈夫の妻、りんが来た。

「おや、どうしたんですか」

「ぜーはーぜーはー……凜!見ろよこいつ!畑泥棒だ!土掘り返して種芋食ってやがったんだ!アホみてえだな!警察呼んでくれ!」

「あらー、そいつ……うさぎの耳生えてる。テレビで言ってたジャカロじゃないですか」

「ジャカロ!?なんだそら」

「なんかねぇ、昨日の夜に世界中で突然現われたんですって。人間と少し違うらしくって、宇宙人か何かって思われてるみたいだねぇ」

「宇宙人!?そんなのいるんか!!?いや、凜、今冗談言うような空気じゃなくてな?」

 凜は刈夫とジャカロ達をテレビの前に連れてきて、ニュースを見せた。刈夫は目玉が飛び出るくらい驚いた。だが、テレビ番組の情報を見る限りでは、ジャカロは狂暴な侵略者ではなく、人類にとても友好的な態度をとっており、人に奉仕をしたがるらしい。テレビ番組がそう言っているのだから、刈夫はひとまず納得はしたようだ。

「ほぉー……凜の言ってたことほんとなんか……。まあテレビが安全っていうなら安全だろうな。テレビが言ってるんだし。うん」

「ジャカロ……そう、私はジャカロです。でも、こんなにたくさんジャカロがいっぱいいるんですね……知らなかった……」

 しばらく色々と話したところ、どうやらジャカロは元々どこにいたのか覚えていないらしいことがわかった。覚えているのは、森で草を食べて生きていたことや、歳の離れた姉妹であるちびジャカロ3匹と一緒にいたこと程度だ。畑という概念を知らないため、畑の作物と自然の植物の見分けが付かなかったらしい。少女ジャカロは深々と謝罪をした。罪滅ぼしのためになんでもすると言った。

「なんでも?じゃあよ……働き手がいねえんだ。畑仕事手伝えよ」

「は、はい!頑張らせていただきます!」


 それからジャカロは、とてもよく働いた。

 給与を払わなくても、餌さえ与えれば一切不平や文句を言わなかった。いや、その餌すらも、刈った草を適当に与えたり、森林で自然の植物を食わせておけば賄えた。そして、ジャカロはとてもタフだった。一日十二時間くらい働かせても辛そうにしていない。なんと経済的なのだろうか。刈夫は、この少女ジャカロに「モー」と名付けた。牛馬のように働くからだ。


 モーの歳の離れた姉妹である3匹のちびジャカロには、作物の雑草を食べさせたり、害虫を食べたりして畑の手入れをさせた。ちびジャカロ達もなかなかの働き者である。アザミウマなどの農薬が効かない害虫にはこれまでさんざん手を焼かされていたが、ちびジャカロ達を働かせるようになってからは、ちびジャカロに食わせるという手段で防除できるようになったのである。また、葉っぱの病気にかかった部分を食うように躾けたことで、病原菌由来の病害も減った。

 

 畑には、しばしば野良ジャカロが寄ってきて、作物を狙いに来る。しかしモウはそれらの野良ジャカロを見つけると注意し、「畑」の概念を教えた。刈夫は、それらの野良ジャカロを農場に引入れ、農作業を手伝わせた。その度に、ただ働きしてくれる労働力が増えていくのだった。


 刈夫の農場では、ダイ・コォン他数名の外国人技能実習生も働いているが、そちらには労働基準法を守らせ、正常な給与を払わなくてはならない。しかしながら、モーは彼らに劣らない働きぶりを見せたのだった。


 ……ある日。刈夫の口から、技能実習生達へ向けた衝撃的な発言が飛び出た。

「お前ら今日でクビな」

「!?な、なぜですか、決められた仕事、ちゃんとやってます。さぼってません!くびになる理由ないです!」

「いや、だってよぉ、ジャカロ雇えばお前らいらないじゃん。可愛いジャカロちゃん達はタダで働いてくれるし、コロナにもかからねえ。日本語もとっても上手だ。なのによ、お前らは月十数万払って同じくらいの仕事しかしねえ。日本語も下手くそだし、可愛くない。コロナにかかって入院したやつだっていたよなぁ?仕事に穴開けやがってさぁ。だったらよ?お前らいらないじゃん!クビクビクビ!全員クビ!!!!」

 コォン達実習生は必死に食い下がった。彼らは自分の生活費を稼ぐため、そして借金を返すために、仕事が必要なのだ。だが、実習生達は全員、一方的に解雇を告げられてしまった。とうぜん不当解雇である。コォンは解雇されてからも何度か農場に足を運び、雇って下さいと頼んだが、「今度来たら不法侵入で訴えるぞ」と言われた。コォンの仲間の一人は、不当解雇であるため訴えれば勝てると見込んで、法テラスに相談を持ちかけた。だが、どうやら他の外国人技能実習生たちも、仕事をジャカロに取って代わられ、不当解雇された者達が大勢居るらしい。実習生の訴えに対して、それに対応できる弁護士が圧倒的に足りないのである。そもそも、実習生達はもろもろの事情で後回しにされてしまうことが多いようだ。コォン達が相談を受けられるのは、何ヶ月先になるかわからない。……結局、今この場では泣き寝入りをすることしかできなかった。


 収入源となる仕事を失ったコォン。アルバイト先を探したが、コロナ禍の現在、人を新たに雇う余裕のある職場はまったく見つからない。居酒屋「客神堂」にも足を運んだが、雇ってもらえなかった。仕事を探し回っているうちに、コォンも新型コロナウィルスに感染し、治療のために一時入院した。新型コロナウィルス治療のための医療費そのものは、保険に入っていたおかげで無料で受けられた。しかし治療中に発生した雑費のせいで、今まで生活費を切り詰めて少しずつ貯めていった貯金が、一気になくなった。そして、とうとう今のボロアパートに家賃が払えなくなり、賃貸を追い出されてしまった。コォンはホームレスになったのである。


 夜。

 コォンは横になって寝れそうなベンチを探していた。

 だが、今時のベンチはどれもホームレス対策のためか、寝っ転がることができない構造となっているのである。

 収入も家も無くしたコォンは、この社会から毎秒「死ね」と言われているような感覚になった。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 コォンは貧しい農村の家族に楽をさせてあげるために、先進国日本でたくさんお金を稼ぎ、最新技術を学んで帰国し、家族とともに裕福な暮らしをしようと思っていただけなのである。あのまま暮らしていれば、技術は学べなくても、日本の一般的な労働者と同額の給与を払って貰うことができたはずだったのだ。だのに、ジャカロというわけのわからない存在に、コォンは居場所を奪われた。コォンは用無しとして捨てられてしまった。こんなことがあっていいのだろうか。騙されてついてきた自分が悪いとでもいうのだろうか。……だが、まさかG7の一角であり善良なイメージを持たれているGDP第三位の日本の公的機関が、こんな奴隷商人まがいの非人道的な人身売買めいたことに手を染めているなどと、コォンは思っていなかったのである。コォンは泣いた。時計を巻き戻したい。過去に戻って、貧しい農村でそのまま暮らしていたい。……そうでなくとも、せめて誰かに今の自分を助けて欲しい。コォンはそう願わずにはいられなかった。

 ……そのとき。

「きゅぅ~?」

 コォンの足下に、一匹の可愛らしいちびジャカロがよちよちと寄ってきた。子猫くらいの大きさだ。

「……」

 コォンはちびジャカロをじっと見つめる。

「きゅぅ~♪」

 ちびジャカロは、コォンの靴に頬ずりした。甘えているようだ。

「おまえ…らの、せいで!」

 なんとコォンは、ちびジャカロを蹴飛ばし、腹部を踏みつけた。

「ぎゅびぃーーーーーーーーっ!!!!!」

 踏み潰されたちびジャカロの腹部から、ぶちぶちごきごきと音が鳴った。ちびジャカロは大量に吐血し、腹部から大量出血をした。

「ごぶ……べ……」

 ちびジャカロの死骸を放置し、コォンはその場から静かに去って行った。

 やがて、八つ当たりを受けて死んだちびジャカロの元へ、カラスが舞い降りると、その死骸を運んで飛び去っていった。巣に持ち帰って食べるのであろうか。



 その頃の刈夫はというと……

 凜と久しぶりに、ちょっとお高めの外食を楽しんでいた。

 現在の農場の労働者は、田畑夫妻を除けば全員がタダ働きのジャカロである。つまり人件費を大幅に削減することができたのである。これまでは、雇われている実習生達だけでなく、田畑夫妻自身もお金に余裕が無かった。居酒屋でも安い酒と安いツマミばかり注文していた。しかし現在は、低い費用で農作物を作れるようになったことで、収益が増加し、金銭的な余裕が生まれたのである。

「凜よぉ!ジャカロってのが来てくれて本当によかったなぁ!」

「ええ、こんな美味しい外食をしたのなんて何年ぶりかしらねぇ」

「でもよぉ、俺らは別に裕福になったわけじゃねえんだぜ?むしろ農家以外の、いわゆるイマドキのフツーな仕事してる奴らは、月一くらいでこんぐらいの食事をする余裕がいくらでもあるんだ。つまり、俺らの生活はよ、今までがおかしかったんだ。ジャカロ達のおかげで、俺らはやっと『普通』になれたんだ」

「そうですねぇ。あたしらが普通になれるまでに、随分かかりましたねぇ」

「……なぁ、凜。実習生をみんなクビにしたこと、お前はどう思ってる?」

「どうも思っていませんよ。あたしらは今までずっと『普通以下』の暮らしをしてきたんですよ。普通の人達よりもずっと頑張って働いてきたのに。……でも、それがジャカロ達のおかげでやっと『普通』になれたんです。誰がそれを悪いと言いますか」

「だ、だよなぁ」

「もし普通の暮らしをすることが悪いのだという人がいましたら、その人はあたしらに『ずっとビンボー暮らししろ』と言ってることになりますよ。おかしいでしょう、不公平でしょう」

「そうだそうだ!!!」

「わたしら農家だって、普通の暮らしをしていいんですよ」

「そうだな!!!!カンパーーーイ!!!!」

「ええ、乾杯」

 二人が乾杯をしたとき、店のテレビでニュースが流れた。

『次のニュースです。近頃、ジャカロを労働力として雇う企業が増加しています。ジャカロは人間ではないとされており、ジャカロに関する法整備はまだ検討段階となっています。そのため、労働基準法に反した労働をさせても違法とみなされず、劣悪な条件下で労働をさせられることが多いようです』

『ジャカロは、自身が存在する大陸の言葉を次々とひとりでに覚えていくことが分かっています。欧州では、EU加盟国すべての言語を覚えたジャカロも相次いで確認されています。これまで移民労働者を雇っていた企業が、移民労働者のポジションをジャカロへと切り替えるケースも相次いでいます。欧州の移民達は、これに反発する動きを見せており、一部の都市では反ジャカロ派によるデモ行進が起きています』






 ……これまでに紹介してきた事例では、居酒屋の店長や、母子家庭が登場し、ジャカロのおかげで救われていった。

 だが、ジャカロは決して「万人にあらゆる救いをもたらす万能の神」ではないのだ。

 ジャカロができることは、人に無償で奉仕し、あらゆる人に寄り添うことだ。

 つまりジャカロは、圧倒的に低コストな労働力なのである。


 それはすなわち、低賃金労働者を駆逐し、その食い扶持と居場所を奪ってしまうことにつながる。

 ジャカロが出現したおかげで得をした人間がいるならば、逆に損をした人間も存在するのである。



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