外国人技能実習生と農家とジャカロ②
その日の夜も、田畑 刈夫は居酒屋で店主に愚痴を言っていた。
「なあなあ~聞いてくれよノンちゃん……ヒック!こないだテレビの取材が来たんだよォ。『ピーステレビ』のとこの局の取材な」
「なんとまぁ、テレビですかい!どんなんで?」
「なんでもよォ……『外国人技能実習生の今!!』って特集で。実習生を受け入れてる俺ン農場に、あれこれ聞きに来たのよ」
「ははぁ、どんな話をしたんで?」
「俺ぁな、悪いように言われても困るんでよォ、景気悪いニッポンで暮らして税金ぎょーさん取られてるニッポン国民達のためになァ?みんなが安く野菜買って健康になれるように経営を工夫しとるんです、ニッポンに貢献してるんです、って言ったんよ」
「それはけっこうですなぁ」
「でもよォ!?いざ放送してみたら、俺の言ったことなんて切って貼ってで!ぜーんぜん違う意味になってんの!文脈あってこそ言ったようなことが、編集でごろりと逆の意味に変えられちゃってんのよ!俺のこと、悪党みてえに映してやんの。馬鹿げてねえか?」
「それは酷い話ですねぇ」
「ゴクゴク!!!プハーーー!!!実習生どもが生活に困ってるだの、ニッポンに失望してるだの、奴隷どころか家畜扱いだだの、そんなんばっかりで!俺が悪りぃことしてるみたいにな!!!勝手にねじまげてんの!!あいつら!!頭きたよ!!!あいつらマスコミってのはなぁ!!!事実をありのまま知らせる気がねえんだ!!!番組の筋書きをよォ、取材に来る前から!ドラマの脚本みてえに勝手に決めてんの!!!俺んとこに来た取材はな、そのドラマの素材に使える絵やセリフを、誘導して言わせて、撮らせてるだけ!!!バカげてんよーもう!!ヒック!!!」
「そーらひどいですなぁ」
「そだよ!!!ひでえだろ??こないだせがれが帰ってきたときにな、インターネットだかで言われてた番組の感想を見せてくれたんだけどよ!!バカみてーなことばっか言ってんのネットの奴らは。『技能実習生がかわいそう』だの、『人の心はないのか』だの!『同じ日本人として恥ずかしい』だの!!好き放題言ってやがるんだ!!!ヒック!!!」
「……」
「ああいうのが一番ムカつくんだよ!!!誰のおかげで安く野菜が食えてると思ってる!!!!俺がベトナム人を月9万の給料で働かせて!!!手を汚してやってるからだろうが!!!まともな給料払ってみろ、野菜の値段なんてバカ高くなるぞ!!そんなフェアトレードの高額野菜を、あいつら買うか??断言する!!!絶対買わねえ!!!値段に文句言うだけだ!!!そうだろ!!!」
「まあ……それはそうでしょうなぁ」
「そだろ!?だいたいよ、実習生使うなっていってもよ、農業に若い連中が入ってこなくて!!人手不足だからそうしてんだろうが!!!文句言うなら若えやつらも農業やれよ!!!やらねーで人のことばっか上から目線で批難してくんの!!!他人事でいいよなァ!!あぁ!?んゴクッゴクッ!!!」
「刈さん、今日はもうそのへんで止しといたほうが……肝臓に悪いですぜ」
「ケェーーーッ!!!飲まずにいられるかよ!!!はークソ!!!あいつらのいっちばんムカつくとこはなァ!!!俺が実習生使ってる恩恵を受けてるくせによ!!!それを自覚してねーとこなんだよ!!!『自分は正しい側にいます』みてーな態度とりやがって、連中も俺らと同じ加害者側だろうがよ!!!手を汚してるか汚してないかの違いで!!!実習生に働かせて得してる側だろうがよ!!!それを感謝もせずに説教たれてくんのが一番ムカつくんだァーーー俺は!!!ウェッ!!ヒック!!!」
「ちょ、刈さん!!!!吐くならお手洗いで吐いてくださいよ!!!」
「ウプッ!!!オ……オーーーーーーーーーーーーーーーエエェーーーーーーー!!!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!??????」
ベロンベロンに泥酔した刈夫は、妻の凜から迎えに来て貰った。
「ほら、おまえさん。ハイヤーで帰りますよ」
「へぁーい……ヒック……」
タクシーの中で、刈夫は凜に膝枕されていた。
「なぁ凜よォ……俺のやってることは……そんなに間違ってるかなァ……」
「なんだいお前さん、今更きゅうに」
「……俺もさ、好きでやってるわけじゃねえんだよ。ベトナムの若者をさ、奴隷みたいにこき使うのなんてさ……」
「最初の頃はずいぶん悩んでましたねぇ」
「でもよ?じゃあそうしなかったらどうしろってんだ……。跡継ぎはみんな都会に出て行っちまう。農業やる若者はぜんぜん居ない。補助金も少ない。俺自身の給料もはした金だ。自給自足してるから食いもんには困らねえけどよ、金はぜんぜんねえ。害獣除けの電気柵だって壊れちまって、買い換える金がねェ」
「……そうですねぇ。おかげで狸や鹿がまた入ってきて……憎たらしいこと」
「それをよ……じゃあ、実習生使うなって言うならよ、どうすれば満足なんだ?インターネットで文句だけ言う奴らは。あいつらきれい事ばっか言って、善人ヅラして自己満足することしか考えてねえ。現実の問題をどう解決するか、どう妥協するか。そういう悩みと無縁で生きてるんだよ、あいつら。いいなぁ、自分の言ったことの責任取らなくていい奴らは、楽でよ……ヒック」
「ヤケ酒もしたくなりますねぇ。あたしゃあんたみたく浴びるほど飲みはせんけどね」
「なぁ、凜……俺は間違ってるか?」
「いいえ。あんただけじゃありませんよ、間違ってるのは。みーんな間違ってる。きれい事ばっか言って、やりたいことばっかやって、わがままばっかり言って。自分の使命を果たそうとしない。自分のことをかわいがりすぎてる。そういう皺寄せが、みーんなあたしらに来てるだけですよ」
「お前ェ……凜よぉ……いいこと言うなぁ……。そうだ、きれい事ばっか言ってなんも解決できないバカ共より、やれることやってる俺達の方が偉いよなァ!!」
「ええそうです。ほんとに可哀想なのはあんたとあたしらみたいな、きれい事の皺寄せで汚れ仕事をして、加害者扱いされてる縁の下の力持ちですよ」
「ああ、そうだぁ……!そうなんだよォ……!ぐすっ、わかってくれるのお前だけだよ凜ン……!クソみてーな生活でも、お前と夫婦になれたことだけが俺ぁ幸せだァ!」
「ええ、そうなら。あんたが飲んだくれてるせいで皺寄せがいってる自分の肝臓と腎臓くらいは大切にしてやりな」
「ヒック……そうひまふ……」
「それにしても……本当これからどうしましょうかねぇ。コロナのせいで野菜が売れなくなったのに、労働基準法で決められた最低賃金や労働時間を守って働かせろなんて言われてる。それが無理だからこうなってるんでしょうにねぇ……」
「……凜。あのころに戻りてえな。不便で不潔だったけど、活気にあふれてて、人と人との繋がりがきちんとあったあの頃によォ……」
「ええ、まったくです。女が我儘いわずに家のいうこと聞いて、自分の務めを果たす。跡継ぎをちゃんと残して、家をちゃんと守る。そんなやって当たり前のことを、皆がちゃんとやっていた時代が懐かしいですよ」
「……これからはさらに金がなくなって、地獄みたいになるかもな。もしそうなったら、一緒に落ちてくれるか?」
「お断りです。あなたが一人で勝手に地獄に落ちても、あたしゃ畑を守らなきゃなりませんので」
「はは、ひどいなぁ凜は」
「おまえさんまで甘ったれた若者みたいなこと言うんじゃありませんよ。しっかりおし、刈夫さん。食うものに困らないうちは地獄だの天国だのに行くとか贅沢言うんじゃありません」
「……そうするしかないなぁ……」
翌朝。2021年、3月4日。
刈夫の畑では、秋に植えられたタマネギやエンドウ豆など、寒さに強い野菜が育っている最中であった。追肥をするため、刈夫は畑のまわりを回っていた。
すると、ついこないだ植え付けをしたばかりのジャガイモ畑のほうから、賑やかな声が聞こえてきた。
「あむあむあむあむあむっ!もぐもぐ!ごっくん!」
「おいちぃー!おいちぃよぉー!」
「ほんと!こんなに美味しい根っこがあるのねー!」
刈夫は怪訝そうな顔をした。侵入者か畑泥棒であろうか。
「くぉらぁ!誰だァ!!!」
刈夫は金属バットを持って、声のする方へ駆け寄った。
そこにいたのは……
「きゅぅ!?」
うさ耳と、鹿の角が生えた、三頭身くらいの可愛らしい幼体ジャカロ……後に「ちびジャカロ」と呼ばれる生き物が3匹と。
「あら、人間さん?おはようございまーす♪」
ロングスカートのメイド服風衣装を身に纏った、人間でいうと15歳くらいの体格をした、ジャカロの少女であった。