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08.ドォリィ、自覚する。


「サイレント様ぁ~、今日も麗しゅうございます。今日のお昼、ご一緒してもよろしいですかぁ~?」

 教室の外から、あの耳障りな声が聞こえてくる。

 あれからサイも、私に加担してリドリータに自分の身の程を知るよう諭しているのだが、それは逆効果だったらしい。

 それまではクリスタ様に馴れ馴れしく付きまとっていたのに、まるで標的をサイに変えたように、最近はサイへの絡みが鬱陶しい。

 サイの元にいってあの馬鹿女を撃退してやりたいが、私の失態でサイに迷惑をかけたくないとも思い思いとどまった。

 大丈夫。サイは、必ずあの女よりも私のことを選ぶから。どんなときも、私を優先してくれるのだから。

 ――『それに、私も貴方のことはあまりよく思っておりません。嘘を言うのが下手で、申し訳ないです』

 廊下の方から、サイの穏やかな声が聞こえてくる。サイったら、正直なんだから。

 サイがあからさまに拒絶の意を示しているというのに、対する馬鹿女といったら全く堪えていない。

 正直なところ、あの馬鹿女は気持ちが悪い。サイがいくら冷たい態度を向けようが、辛辣な言葉をかけようが、あの女は幸福感に溢れた表情でサイを見つめ続けるのだ。初めて見たときは恐怖を感じた。

 だが怖くて思わずサイの袖を掴むと、彼女の目からは幸福の色が消え、私を射殺すとばかりの睨みを向けてくる。そのあまりの悍ましさに震えていると、サイはちゃんと気づいてくれて、あの優しい手で私の目元を隠してくれた。

 柔らかくて、優しくて、温かくて、大きい手。私の、大好きな手。


「はぁあああ~~・・・・・・」

「サイ・・・・・・またあの馬鹿女?」

 教室に帰ってきて、わかりやすく溜息を吐くサイに尋ねる。するとその大きな手が私の頬に触れ、むにりと掴むと引っ張られた。

「ドォリィ、学校では言葉遣い、気をつけようね。ドォリィは可愛いから許されるけど」

「ぅ~・・・・・・わかった・・・・・・」

 『よしっ』と言って離れていく彼の大好きな手に、名残惜しさが襲ってくる。

「サイ、つかれた?」

 そう言いながら、隣に座るサイの肩にさりげなく頭を乗せてみた。何となく恥ずかしかったが思い切ってサイの顔を見てみると、そこには穏やかで、いつも冷めている彼はいなかった。大きく見開かれた瞳には、私の赤められた顔が繊細に映っていた。


 ***

 あの日、私は自分の奥底に、昔から静かに存在していた気持ちに気づいた。

嫌がらせの現場を見られたあの日、耳元でサイにクリスタ様のセンスを侮辱されたとき、怒りよりも嬉しさを感じたのだ。

それまでは精神的な拠り所や自分の居場所としてクリスタ様にしがみついていたのだということも、改めて客観的に考えられるようになった。

私は次期国王のクリスタ様の妃となる者であり、クリスタ様をお慕いしていなければならない。例えクリスタ様が女好きで私以外をご覧になっていても、黙ってお慕いし続けなければならない。それが、妃というものだから。それが女というものだから。そんな風に、ずっと思っていた。

だが、虚勢を張りながらも心のどこかでそんな生活に嫌気が差していたのかもしれない。私を安心させてくれる存在がいても、真に心から安堵できた時などなかった。私がクリスタ様の婚約者となった日からずっと。

心の深くにいる私が、もう限界だと叫んでいたのかもしれない。

あの日、サイはリドリータの靴を馬鹿にしたが、実は自分でもそう思っていた。趣味が、悪いと。クリスタ様の何もかもが。

だからサイがああ言ってくれたとき、今までクリスタ様を慕っていた私、それなのに他の令嬢ばかりに目を向ける彼のことを見続けていた私、目の前で元平民の女が彼から贈られた靴を身につけているのを目にした私・・・それらの私を全て温かく包んで、賞賛してくれたような気持ちになったのだろう。今までよく頑張ったね、と。

碌に婚約者の努めもせず、快楽にばかり溺れるあの人を罵りたいときもあったし、貶したいときもあった。でも、あの人を愛さなければならないと強迫観念に近い意識をずっと持っていたのだ。

あの日、彼を否定していけないという呪縛から、介抱されたのだ。

そして気づいた。私はサイのことが好きなのだということを。

いつも、私の側にいてくれた。いつも自信をなくした私を励ましてくれ、がんばっているよと褒めてくれた。それだけで、自分に自信が持てた。

もういいや、と思ったのだ。今までは家のためだと全てを我慢してきたが、私にはサイがいる。リディオ兄様もいる。あの馬鹿王子の婚約者から外されたって、二人がいれば何も怖くない。

所詮馬鹿王子が王になったとしても、それはただ愚王が治める馬鹿王国になってしまうだけ。それならばいっそ、サイと共にこの国を出てしまえば良いのだ。

そう思ったら、もうこの国でどうなってもよいと思った。例えクリスタ様の不興を買っても、最悪婚約破棄を喰らうだけなのだから。


 やっと気づいたこの気持ち。

 この気持ちだけは、サイだけは、誰にも取られたくない。

 好きだなんて、素直には言えないけど。


 ――08.ドォリィ、自覚する。



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