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王太子殿下はハラペーニョ

作者: あさり


「とっても腹がハラペーニョ!」

「……はい?」


突然叫んだ王太子に、補佐官アレンは雪だるまも逃げ出す様な冷ややかな視線を突き刺した。


「だから! 腹がハラペーニョ!」

「だからと言われましても意味不明なのですが」


腹が? ハラペーニョ? なんのことやら。アレンは理解しようとすることを放棄した様子で、手元の資料に視線を戻した。


そんな補佐官のつれない態度を気にもとめず王太子は喚き続ける。


「腹が減ってんだよ〜。ハラペーニョ〜」

「素直に最初からそう言えば良いじゃないですか」

「腹がハラペーニョすぎるぅ」


そう言ってデスクに突っ伏す王太子。いつも人々に尊敬される落ち着き払ったレオナルド王太子殿下はそこにはいなかった。


「レオン、さっきお昼ご飯を食べたばかりでしょう。忘れちゃったんですか? ボケが始まるの早すぎません?」

「覚えてるわボケ! その上でハラペーニョなんだっつの」


まるで駄々っ子のように足をジタバタと振り、レオナルドは頬を膨らませた。


「良い年した男性がする態度とは思えませんね」

「このままハラペーニョが続くと仕事は一切手につかなくなる。断言する。何か食べ物プリーズ!」

「食べ物……こっそり食べようと思っていたシュークリームならありますけど」

「甘いものはNGで!」


ワガママを言うレオナルド。アレンはやれやれと首を振った。


「仕方ないですね。何が食べたいんですか? 料理人に言って用意してもらいましょう」

「そんな大袈裟じゃなくて良いんだけど」

「じゃあどうしたいんですか」


ハラペーニョじゃ無いんですかと、アレンは呆れた様子でレオナルドを見た。


「ハラペーニョだけど人の手を煩わすほどでは無い」

「僕の手は絶賛煩わせ中ですけどね」


コトリ、と音を立て、アレンは手に持っていたペンを置いた。


「わかりました。厨房に行って、僕が用意して勝手に持ってきます」

「え……大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょう。ちょっとくらいくすねたって分かりませんよ」


レオナルドが気にしたのはそこでは無い。


「お前、料理できんのか?」

「幼い頃に母とホットケーキを作った事があります」


それは出来ないと言うのでは無いだろうか。レオナルドの不安とは裏腹に、アレンはどうやらやる気らしい。そそくさとテーブルの上を片付け、上着を羽織る。


「待っててください。三分で戻ります」

「そんな料理があるか!」


そうして執務室を出て行ったアレンは、レオナルドが窓を開けて換気し、本棚の埃を三段目まで払ったところで帰ってきた。本当に三分程度しか経っていない。


ご丁寧にも銀のドームカバー付きで料理を持ってきたアレンは、自信満々でレオナルドのデスクの上にそれをそっと置いた。


「心の準備は良いですか」

「え、心の準備をしなければいけないものなのか?」


レオナルドが怖気付く。


「では、開けますよ」


アレンはレオナルドの返事を全く聞くことなく、カバーに手をかけた。


「ジャーン!」

「……何これ?」

「なんだと思います?」


そこには、緑色をした植物の実が四つほど皿に乗せて置いてあった。


「ピーマン? 生で? 食えと?」


レオナルドが頬をひくつかせる。どうりで早いわけだ。食材を皿に乗せただけなのだから。


(いや、生でもいけるか。サラダとかにもたまに入っているし)


レオナルドは甘いものが嫌いだが、その他の食べ物に関しては悪食と言って良いほどこだわりが無い。出されたものは大抵残さずなんでも食べる、作る側からするとありがたい存在である。


「ちゃんと洗ってありますから」

「当たり前だろ」

「タネも食べられるそうです」

「ほう」


アレンが早く食べろと言わんばかりに圧をかけてくる。


なぜカットもしていない生野菜なのかは気になるが、せっかく用意してくれたのだから素直に食べよう。レオナルドは皿に乗せられた四つのピーマンのうち一つを手に取った。少々長細い気がするが、なんてことはない普通のピーマンである。


「じゃあ、いただきまーす」

「どうぞどうぞ」


大きな口で、ガブリとかぶりつく。


途端、レオナルドの口内に火が灯った。


「――辛! かっっら!」

「あっはははは!」


悶えるレオナルド。それを指差して大笑いするアレン。


「まさかピーマンと間違えるなんて!」

「何だよこれ! 唐辛子!?」


飲みさしのコーヒーで何とか辛さを中和して、レオナルドは一息ついた。まだ口の中がヒリヒリするし、目は涙目である。


アレンは、もうこれ以上ないくらいにケラケラと笑い、レオナルドと同じくらい涙目になっていた。


「ハラペーニョですよ」

「え?」

「ハラペーニョは青唐辛子の一種らしいです」

「マジで?」


レオナルドは目の前にある食べかけのピーマン――もとい、ハラペーニョを眺めた。


「ハラペーニョってなんか肉の加工品とかだと思ってたわ」

「あれだけ連呼してたのに知らなかったんですね」


何度目かの呆れた眼差しをレオナルドに向け、アレンはハラペーニョの乗った皿に手を伸ばした。厨房に持って帰り、今度こそちゃんと料理してもらおうと思ったのだ。


のだが、レオナルドはなんの躊躇もなく食べかけのハラペーニョを再び齧った。


「おお、やっぱ辛! 腹がハラペーニョの時にこんな辛いハラペーニョを食べたら腹がペーニョになっちまうわ」

「ええ!? なんで食べるんです? 辛いなら食べなきゃ良いじゃないですか。食べられるようにしてもらおうと思ったのに」


驚くアレンの目の前で、レオナルドはシャクシャクと音を立ててハラペーニョを丸々一つ食べ切ってしまった。


「辛いけどうまいよ」

「えぇ……」

「ほら」


お前も食べろとハラペーニョを差し出す。その眼にはなんの曇りもなく、純粋においしいと思って勧めているのだろう。


アレンは逡巡する。本当に美味しいのだろうか。少し食べてみようか。


(……いや)


「結構です」

「うまいのに」

「あなたは舌はちょっとおかしいですから」


そう言ってアレンは残りのハラペーニョを持った。


「そのまま生で食べるのは体に悪そうなので、やっぱり料理してもらってきます」

「ええ〜」


不満げなレオナルド。腹はまだ満たされていないのだ。


「そうしたら、一緒におやつにしましょう」


アレンは少しだけ口角を上げてレオナルドを見た。



そうしてハラペーニョはボリューム満点のサンドイッチになり、レオナルドの腹は満たされ、アレンは夕飯を抜くことにした。

 

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