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 塔の階段は、柱を中心にぐるぐるまわる螺旋状になっている。

 ころばないようドレスの裾を持ち上げながら、リデルは一階分をまわりきって蔵書室に足を踏み入れた。


 夜中の蔵書室は、昼間とはかなり雰囲気がちがっていた。

 暗い中にずらりと並んだ書架の列。皮表紙と綴じられた大量の紙、古びたインクの匂い──。

 圧倒されて思わず立ちすくんだリデルだが、目が慣れてくると、あちこちの窓辺に人が立っているのがわかった。どうやら、こわがらなくてもいいらしい。


 上階の人々のようなおしゃべりはせず、静かに時を待っているのは、流星群が来ることを告げた星見の学者たちだった。今夜はもちろん夜通し起きて、星の観測をするのだろう。

 リデル姫に気づいた彼らが、ほほえみながら礼をしたので、彼女も会釈してこたえた。


 目当てのセレスティーナ姫はというと、学者たちといっしょにはいなかった。

 窓からちょっと離れた壁際にしゃがみこみ、手燭の灯りで、床にひろげた大判の本を眺めていた。


 三人姉妹のまんなかにあたるセレナは、リデルよりひとつ年下の七歳だ。金髪と青い瞳はリデルと同じ、ただし髪は肩先でくるくる巻かれている。

 金の巻き毛とふんわりはおったレースの上着が、ろうそくの炎に照らされて、なんだか彼女自身が小さな灯りのように見えた。


「セレナ、戻りましょうよ」

 リデルは近づくと、本から目を離さない妹に声をかけた。

「こんなところにいたら、流れ星を見逃しちゃうわ」

 すると妹は顔も上げずに答えた。

「まだ平気よ」

「そんなことないわ。本が見たいなら上に持っていけばいいじゃない」

「嫌よ、重いもの」


 その声が妙に暗かったので、リデルはあらと思った。めずらしく機嫌が悪いらしい。

 難しい本を読んでいるのかしら。

 かがんでのぞいたが、全然難しいものではなく、幼いころからよく知っている絵本だった。


 見開きページにのっているのは、建国女王エルフリーデと守護聖獣リンドドレイクがなかよく寄り添う、おなじみの絵だ。

 女王は小さな女の子で、竜体の守護聖獣もそれに釣り合う程度の大きさに描かれ、絵本にふさわしくほのぼのとしている。


 不機嫌の原因がわからず、リデルはちょっと当惑してあたりを見まわした。

 離れたところでこちらを見守る、セレナ付きの侍女の姿が目に入る。けれど侍女にもわけがわからないらしく、少し肩をすくめた笑顔が返ってきただけだった。


 どうも、あまり簡単ではなさそうだ……。

 でも、それでは困るとリデルは思った。妹のそばにしゃがみこみ、さらに声をかけることにする。

「ねえ。上に行って積み木で遊ばない? 楽しいわよ」

「積み木はたぶんできないわ……わたし、眠くなっちゃった」

「セレナったら」

 リデルはあきれたあと、声をひそめて少し強い口調になった。

「どうしたのよ。あなた約束してくれたじゃない。いっしょにお星さまにお願いしてくれるって」


 実はリデルは、前もって妹に頼んでいたのだった。自分の願いごとをいっしょにとなえてくれるようにと。

 流れ星は一瞬だから、自分だけではうまくみつけられないかもしれない。みつけられたとしても三回もとなえるなんて、きっとすごく難しい。

 でもふたりでやれば、きっとどちらかが成功する……。


 リデルが気持ちを打ち明けると、仲のいい妹はふたつ返事で引き受けてくれた。お手伝いするのはうれしいと本人以上に乗り気になって、熱心に三回となえる練習までしてくれたのだ。

 それなのに。


「お願いなんかしなくたって、お姉さまなら大丈夫よ」

 ページの端をいじりながら、妹姫が熱のこもらない口調で言った。

 ていねいに思慮深く話すリデルとちがい、セレナは率直な言い方をする。普段はそれが好ましかったが、いまのような場合、感じがいいとはけして言えない。

「そんなこと、どうしてわかるの?」

「お姉さまはお母さまにそっくりだって、みんな言ってるもの。心配しなくたって平気だわ」

「それは見かけの話でしょ。わたしの気持ち、セレナはわかってくれてると思ってたのに」


 リデルはいらいらしてきた。話が通じていたはずの妹に、いまごろこんなことを言われるなんて。

 レントリア王家では代々、王または女王の第一子が星冠を受け継ぐよう定められている。建国当初から長きにわたって続いてきたし、他国でも一般的なしきたりらしいので、受け入れるのが嫌なわけではない。


 ただ、リデルはときどき不安になるのだった。

 わたしはお母さまみたいになれるのかしら──最近とくに、そんな思いが湧き上がって離れなくなることがある。

 誰もがほめたたえる、毅然として美しい女王さまになることができるかしら。

 星の冠をいただいて、民たちみんなのことを考えながら国を治めていくなんて。そんな大きな役目が、本当にわたしにつとまるのかしら──。

 

「ハリエットに頼んでみたら?」

 と、跡継ぎの悩みのない第二王女が、絵本に目を落としたまま呟いた。

「きっと上手に三回となえてくれるわ。大人なんだもの」

「それができれば、あなたなんかに頼まないわよ」

 第一王女の口調がいよいよ尖った。


 次期女王として、臣下にそれを頼むのはあまりにも情けない──ような気がする。そう思ったから我慢した。母にさえ言えずにいる本音を、年子の妹だけに打ち明けた。

 エセルは小さすぎて話にならないが、ひとつしかちがっていないセレナなら。でも結局……。


 リデルの口が、あやうくこんなふうに動きかけた。

 ──セレナはいいわ、跡継ぎじゃないんだもの。でも、わたしはのんきにしてられないの。


 けれど、実際に動き出す一瞬前に、妹姫が伏せていた目を上げた。

 驚いたことに、大きな青い瞳には涙がいっぱいたまっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 蔵書室の匂いや窓辺に佇む学者たち、セレナを遠目に見守る侍女など、暗闇のなかでも怖くはない。ふしぎな、特別な夜を感じられます。 (まずもって、最初の螺旋階段をくだるリデル姫の姿が絵としての完…
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