2話
甥は鼻を垂らしたまま、俺のズボンに顔をなすりつけてきた。
「きったね。何やってんだ」
反射的に小突くと、甥はきょとんとして俺を見上げ、少しすると思い出したように泣き出した。
もうこれだからガキは。俺は周りを見渡して親類のいないことを確かめ、泣きじゃくる甥の手を引いた。
「泣いたってダメなんだからな。お前が悪いことしたからそういう目に会うんだ。お前は少し、ぼおっとしたことがあるから痛みで覚えるんだ」
言いながら木陰に連れていっても、壊れた人形みたいに喚く甥の情動を収めることはできそうになかった。姉がやるように頭を撫でてやったり言葉でなだめようとするのだが、肉付きのよいふくらんだ腕で払いのけられてしまう。俺も俺で、殴ったことを謝りたくはなかった。
「おい、腹減ってないか。うまい山ブドウがなってる場所を知ってんだ。泣き止むなら採ってきてやってもいいぞ」
物で釣ってみると、効果覿面、泣き声が少し弱まった。
「どうだ。甘くてうまいんだ。食ってみたいだろ」
続けて言うと、うっすら頷く。目に手をあてがったままだが、ひとまず収拾がつきそうだった。
「ここで待ってろ。少し危ないところにあるからな。しばらくしたら戻ってくる」
今度は大きく頷いた甥を見て、やれやれと息が洩れた。これで少しは自分の時間がつくれるし、ブドウは川で涼んでから採りにいけばいい。ガキのことだ、少ししたら口約束は忘れて一人遊びするだろう。俺はそう高を括って、悠々と茂みをかき分け、山道を歩んだ。ほんとは面倒を少しだってみたくはなかった。
二時間も経っていなかったと思う。もっと長いこと水辺で昼寝をしていたかったくらいだ。水浴びからパーク近くの木陰に戻ってくると、甥の姿はなかった。よかった、と本心が口から洩れた。きっと待つのにも飽きて、姉の居るトレーラーに戻ったんだろう。念のため採ってきたブドウは独り占めすることにして、俺も戻った。
陽は傾いているものの、まだ高いところにあったから、汗を拭いながら歩いた。並んだトレーラーの間から不意に母親が現れた。俺を見つけると、しかめっ面で腰に手を当て、行く手を遮る。
「あんたどこで何してたの!あの子を連れてってくれって頼んだだろう」
こんな邪魔は日常茶飯事だったから無視して通り過ぎようとした。かまって欲しいんだ、息子に。けれど母親は見逃してはくれず、俺の腕を掴んでぐっと睨んだ。ああ、今日はずいぶんご立腹だ、と冷静に見つつ、そこまで悪いことをした覚えがなかったから、こちらも腹が立った。




