10話
多くの人間が道を行き交い、俺もその流れにのって進んでいた。行く宛もなかったから、酔いにまかせて歩いているだけだった。すれ違う人の顔がくすんだり残像したりして見え、輪郭が定かではない人々を避けながらいくと、まっすぐこちらへやってくる女が見えた。長い髪のせいで顔はよく見えなかったが何故だか気になって、俺は吸い寄せられるように近づいていった。美人なら声でもかけようと思っていたのだ。女をちらちら窺いながら、あと一メートルという距離になって、つま先が路面の凹凸にひっかかり、声をあげる間も無く女のいる方向へ体当たりするように倒れこんだ。しかしどうしたことだろう。俺は接触した感覚のないまま路上に転がった。女が咄嗟に避けたのかもしれない。それでも危ない目に合わせたことには違いなく、振り向いて「ごめん」と謝る。けれども女はこちらに見向きもせずゆっくりと離れていった。
「ちょっと待てよ」
舌打ちしながら立ち上がり、女を追った。
「あんた待ちなよ。謝ってるんだから、振り向くぐらいしてくれてもいいんじゃないか」
腕を掴みにいくと、手が女をすり抜けた。はっとしてよく見ると、暗色に透けている。自分が声をかけたのはヘルツだったのだと、そこで気づいた。この街にはヘルツが日常的にうろついているのだ。透けた女の後ろ姿を見つめていると、近くの屋台のおやじが声をかけてきた。
「あんちゃん、この街は初めてかい」
物でも売りつけられるのかと、訝しみながら頷くと、にやつきながらこう言った。
「さっきの奴はな、ゴーストだよ。触った時、ぞくっと悪寒がしただろう。人間そっくりだから初めは分からないだろうが、ありゃあ死民だ。まあでも生きている奴と死んだのの違いは、そのうち見分けがつくようになる。ほら見てみな、通りを歩いていく奴らを。色褪せたように生気がなく、透けているのは皆死民さ」
おやじの言葉を確かめるまでもなく、立ち止まる俺を避けもせずに一人二人と灰色の顔した奴らが俺を通り抜けていった。背の神経を直接撫でられるような気持ち悪さが全身をめぐって、ぶるぶると震えだす。そんな俺を見て、おやじは不敵に笑い、「ようこそ死者の街へ」と吐いて屋台へ戻っていくのだった。




