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その後も様々な男性とダンスを踊る。アシュナード様がリリィにしていた様に。人が変わる毎に此方を睨んでくる様は楽しくてしょうがない。私は今、心の底から楽しんでいる。
時々、マーベリス様の視線も気になったが今はまだ楽しませて欲しい。
舞踏会も終わりに近づき、アシュナード様の元へ戻る。無言で差し出された手を嗤いながらとる。そのまま馬車の中でもアシュナード様は下を俯き無言だった。
屋敷へ着いてアシュナード様が紡いだ言葉は短かった。
「リリィ……おやすみ、良い夢を」
「ええ、おやすみなさい。今日は良い夢が見れそうです」
アシュナードに礼を言い、疲れも物ともせず軽やかに屋敷へ入る。そのまま今日はドレスを脱ぎ、メイドを下がらせベッドへ横になる。やはりあれだけ踊れば疲れるか。私は眠気に逆らわず夢の中へ堕ちていった。
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真っ暗な世界に白いドレスを着た私がいた。
「アシュナード様が私を見てくれている!!」
「私の事で頭を悩ませてくれている!!」
「嫉妬をしてくれている!!」
「今ならまたやり直せる!!」
狂気的に嗤いながら踊る『リリィ』。リリィはゆっくりと私に近づき言葉を紡ぐ。
「私の体を返して」
そんなリリィを私は押し倒し首を締める。
「アシュナード様は嘘だらけで、真実なんて誰にもわからない。だから、私で決めるしかないの。でもリリィは簡単に騙されてしまう。幼い頃の記憶っていう、嘘を信じ込んでたみたいに。もう誰にもリリィにも、アシュナードにも縛られない。これからは、なんでも私で見て、感じて、決める。間違う事もあるかもしれない。それでも、私が納得して決めた事なら、後悔はしない……だからもう貴女は要らない」
ギリギリと『リリィ』の首を締め殺す。私にはアシュナード様の記憶など必要無い。
「……け……さない……で……」
そんなリリィの耳元で悪魔の様に囁く。
「もう、楽になれるよ?」
天秤はもう私の方に傾いた。ゆっくりと私は私を殺す。動かなくなった私を見下ろす。これで二度とアシュナード様との記憶は思い出される事はない。このゲームは私の勝ちだ。
「感情はどうであれ、私は私にされた仕打ちを許すほど優しくないの」
消え行く私を私は目に焼き付けるように見ていた。
そして私の幕が上がる。
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重い目蓋を押し上げ目を覚ます。カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しい。私はベッドから起き上がりカーテンを開ける。清々しい朝だ。さあ、どうやってアシュナード様で遊ぼうかと次々と考える。哀れなアシュナード様。貴方が取り戻したかった『リリィ』は私が殺したからもういないというのに。
それから私はメイドを呼びお風呂に入り体を磨き上げてもらう。それから朝食を一人でとっているとお父様が顔を真っ青にしてダイニングに入って来た。手には公爵家の印章が入った手紙を持っている。
「リリィ、昨夜公爵様と何があった!?」
「ファーストダンスを踊ってくださっただけよ?」
「……公爵様からリリィに婚姻の申し込みが来た」
「あら?良かったではないですか。ベラール家には使いを出して事を伝え、アシュナード様との婚約は無しと言う趣旨を伝えれば」
「リリィ……本当に良いのか?……いや、そうだな、お前の幸せが全てだ」
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その日の午後、アシュナード様が慌てた様子で屋敷にやって来た。最後のお別れだと思ってサロンへ通す。
「期限は一年だった筈だ!!」
「アシュナード様、相手は公爵様ですよ?断れるはずがありません。……あと、その賭けは私の勝ちです」
「……どういう意味だ?」
「私は私、『リリィ』を殺したのです。貴方が探し求めるリリィはもういない。貴方との思い出ももう無くなってしまったのです」
「そんな……どうして……」
「アシュナード様、どうか色鮮やかなままリリィを眠らせてください」
「リリィ……リリィ……」
アシュナード様は膝をつき、リリィの名前を呼びながらポロポロと涙を流す。私はそれを無機質な目で見ながら甘ったるいクッキーを食べる。
それにしても何故公爵様は私を選んだのかしら?そんなことをぼんやりと考えていた。すると泣いていたアシュナード様が立ち上がり、私を引き倒し馬乗りになる。
「よくも……リリィを!!リリィを返せ!!」
「グッ………ばか……なひと……」
しかし、近くにいた使用人にアシュナード様は直様引き剥がされた。
使用人達に押さえられ動けないアシュナード様を見下ろし優しく微笑み言葉を紡ぐ。
「もう、終わりにしましょう?」
アシュナード様とリリィの馬鹿な物語は幕を閉じた。
そして私は舞台に上がり、独りワルツを踊り続ける。あの夜の様に。