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今日は待ちに待った舞踏会の日。アシュナード様は耐えられるのかどうか見ものである。若草色のドレスに白百合の髪飾りをつけ華やかな雰囲気に仕立ててもらった。
アシュナード様がエスコートの為屋敷に来る。私はゆったりとした動きで階段を降りアシュナード様の手をとる。
「リリィ……ドレスや髪飾りは似合ってはいるが、少し露出が過ぎないか?」
「あら?この程度の露出なら、他の令嬢達の方が上をいってますよ?」
コテンっと首を傾げ、コロコロと鈴を鳴らすように笑う。何か言いたそうに視線を向けてくるが私はそれに気付かないフリをする。
「さあ、今夜は楽しい舞踏会になる筈ですよ……サフィア嬢も来ると良いですね、アシュナード様」
「サフィア嬢とは従姉妹で……」
「言い訳は許しませんよ。聞いていて耳障りです」
そのまま馬車に乗り、公爵家で開かれる舞踏会へと向かった。馬車の中でも何か言いたそうに口を開いたり、閉じたり……まったく大事な事は言葉にしないと何も伝わらないと言うのに。
公爵家へ着き、アシュナード様のエスコートで屋敷の会場へと入る。周りの貴族達からは好奇な視線で見られるが、私は何も感じない。まるで心が凍ってしまったように。
ルクス・マーベリス公爵の挨拶が終わり、それぞれ婚約者がいるものはファーストダンスを始める。私は会場にいたサフィア嬢に近づいて声を掛ける。
「お久しぶりですサフィア嬢。今宵もアシュナード様とのファーストダンスは宜しいのですか?私は一向に構いませんが」
「リリーナ嬢……アシュナード様との関係には訳があって……」
「そうですか。私は今宵はアシュナード様と踊る気など一切ないので、安心してください?」
コロコロと嗤い、私は飲み物を持ちバルコニーへと立つ。するとまたあの頭痛がやってきた。
(どうか、貴方の記憶の中で色鮮やかに眠らせてください)
リリィ、本当にアシュナード様がいいの?私はアシュナード様を諦める為に飛び降りたのでしょう?
「大丈夫か?顔色が悪いが……」
「これは……マーベリス公爵様。みっともない姿を見せてしまって申し訳ありません。私は大丈夫です」
「具合が悪くなったら直ぐに使用人に言うと良い」
「お気遣いありがとうございます」
ふわりとした愛嬌のある笑いでカテーシーをとる。この舞踏会は公爵様の婚約者探しも兼ねている。私など相手にしていては勿体ない。
「もし、体調が大丈夫な様なら……一曲踊ってくれないか?」
「私がですか?……喜んで」
マーベリス公爵様の手を取り会場へ入る。アシュナード様は驚いた様に固まり、私をエスコートするマーベリス公爵様を睨みつける。
曲が始まり、マーベリス様に身を委ねる。慣れているだけあってエスコートが上手い。マーベリス様を観察する様に見ると、藍色の髪に金色の瞳が美しく、顔も非常に整っていらっしゃる。少し冷たい印象があるが、人を心配できる優しさがある。引く手数多だろうに、何故私を誘ったのだろう。
「熱い目で見られる事はあるが、観察する様に見られるのは初めてだな」
「……失礼しました」
「謝らなくていい。私とのダンスを楽しんでくれ」
少し強引に腰を抱かれ先程より密着する。マーベリス様に言われた通り、今は全て忘れて踊るとしよう。そう思うと自然と笑いが溢れる。
「ああ、その笑顔だ。ずっと前からその笑顔が気になっていたんだ。良かった、君が心から笑ってくれてる様で」
「ええ、私もこんなに楽しいのは何年ぶりでしょうか」
マーベリス様と二人笑い合いクルッとターンをする。若草色のドレスが花開く様にふわりと踊る。
曲が終わり、名残おしく手を離す。するとアシュナード様が私達に近づいて来てマーベリス様に挨拶をする。
「君の婚約者のファーストダンスを奪って悪かったね。でも、君もいつもサフィア嬢とファーストダンスを踊っていたのだから問題はない筈だね?」
「……失礼します」
アシュナード様は私の腕を取り歩き出す。それでも私を射抜くように見るマーベリス様から私は目を離せなかった。
会場から抜けて人目のつかない外の庭にでる。アシュナード様は苦虫を噛み潰したように私に注意する。
「リリィ……君は私の婚約者だ。他の人と踊るのは控えて欲しい」
「どの口がおっしゃるのですか?聞いたところ、貴方はエスコートはするが、ファーストダンスはいつもサフィア嬢、贈り物も演劇もサフィア嬢、だったら私も貴方と同じ事をしようと関係ありません」
「謝罪はした筈だ……」
「謝罪されて、リリィが許したのだとしても『私』が許さない……贖罪なさるのでしょう?ならばこれくらいの事で怒るのはやめて下さい」
「リリィ……」
悲しげな声を出しても無駄だ。私にとってアシュナード様は最近知り合った男でしか無いのだから。私は長い年月を共にした『リリィ』ではない。