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※誤字脱字報告ありがとうございます!

(ああ、今日もまた婚約者の私では無い方と踊るのですね)


煌びやかな舞踏会で子爵令嬢リリーナは壁の花になりながら、婚約者である次期伯爵のアシュナード・ベラールが他の令嬢と和かに踊るのを見ていた。


アシュナードは美しい金の髪と空を映し出した様な瞳をした美しい青年だった。小さい頃はお互いの家で遊ぶ仲で、そのまま両親達はリリーナとアシュナードを婚約者にした。けれどもアシュナードは大きくなるにつれ、私の前で笑わなくなった。他の令嬢と話している時は笑顔なのに。


特にいま踊っているサフィア嬢はアシュナードと恋仲と迄言われている。演劇を一緒に見に行ったり、贈り物もしているようだ。私は花や髪飾り等贈って貰った事など一度もないのに。


私の中からドロドロとした黒いものが溢れてくる。私がもっと綺麗だったら、アシュナード様は私を見てくれていたのだろうか。このまま婚約破棄をされて、捨てられた令嬢とレッテルを貼られるのか。そしてあの二人は結ばれて幸せになるのだろうか。


許せない。少しでも良い、アシュナード様に私という存在を刻み込みたい。どんな形であってもだ。


舞踏会から一週間後、今日は形式だけのアシュナード様とのお茶会だ。私は今まで着た事のない、真っ赤なドレスを着てアシュナード様を待っていた。雲ゆきが怪しく、今にも雨が降りそうだ。バルコニーで既に約束の時間が過ぎているアシュナードを待つ。アシュナード様が来たのは約束の時間から二時間も過ぎた頃だった。


「珍しいな、君がそんな派手なドレスを着てるなんて」


「ふふっ、一種の覚悟の現れですよ」


そう言ってバルコニーの手摺りに登りアシュナードを見つめる。アシュナードの顔が蒼白になり、此方に近づいてくる。だけど私は張り詰めた声でそれを制止した。


「馬鹿なことは止めて降りるんだ!!」


「馬鹿な事?ああ、確かに馬鹿かもしれません。こんなにも貴方が憎らしいのに、こんな事でしか恋心を消せないなんて……」 


私はアシュナード様に優しく微笑む。アシュナード様は蒼白を通り越して震えている。そんな姿ですら愛おしく憎らしい。


ただ、昔のように笑いあいたかった。サフィア嬢や他の令嬢にする様に笑いかけてほしかった。愛して欲しかった。


ポタポタと雨が降り出し、まるで私が泣いている様に水滴が頬を撫でる。


「どうか、貴方の記憶の中で色鮮やかに眠らせてください」


「リリィ!!」


バルコニーの手摺りから私は後ろ向きに倒れる。すると、アシュナード様が私の愛称を叫ぶ。なんて馬鹿らしいのだろう。もう今更愛称で呼んだところで意味は無いというのに。


下に落ちる瞬間、必死な形相で私の方へ手を伸ばすアシュナード様が見えた。何故そんな顔をなさるのでしょうか。貴方は私が嫌いなのでしょう?


そんな事を考えていた瞬間、体全体に衝撃が走り、呼吸が一瞬止まった。あまりの気の遠くなる痛みに呻く事しか出来ない。そんな私に雨は容赦なく降り注ぐ。


水と混じり合い血が流れてゆく。遠くからアシュナード様の声が聞こえてくる。


「リリィ!!何でこんな……医者をはやく!!」


私は痛みを無視し艶やかに笑う。これでアシュナード様に私という人間を刻み付ける事が出来た。私という卑小な人間を。


「すまない、リリィ……ああ、どうすれば。

俺は取り返しのつかない事を……」


ポタポタと雨とは違う温かい水滴が、顔に降り注ぐ。この水滴がアシュナード様の涙であるはずがない。そんな事あり得るはずが無い。


目の前が真っ暗になっていく中、ただアシュナード様が私の名前を呼び続けていた。




ーーーーーーーーーー




体の痛みで真っ暗だった意識が浮上していく。

目を開けるとメイドのサリーが驚愕し、お父様やお母様、お兄様が部屋に入ってきた。


「リリィ!!良かった、目が覚めて……」


お母様が涙を浮かべて、ベッドの端で泣いている。その中屋敷がザワザワと騒がしい。誰かが来訪したのだろうか。


扉が開いて中に入って来たのは美しい金の髪と空を映し出した様な瞳をした美しい青年だった。だが、少し痩せこけて目の下にはクマがある。それを見た瞬間、不快感が押し寄せる。


「リリィ……!!良かった……」


「申し訳ありません……どちら様でいらっしゃいますか……?」


「リリィ……?私が誰か分からないのか……?」


「ええ、申し訳ございません」


「なんて事だ……私は君の婚約者のアシュナード・ベラールだ。君とは幼い頃から一緒で……何一つ覚えていないのかい?」


泣きそうな、切実な目で見られ、何故だか私は気持ち悪くなり吐きそうになった。 


「アシュナード様、娘は今さっき目覚めたばかりです。今日の所はお引き取り下さい」


お父様がアシュナードという人を部屋から追い出し、アシュナードが居なくなった所でメイドのサリーが桶を持って来てくれてそこに胃液を吐き出す。あの目、あの目を思い出すたび気持ち悪さが増す。


「リリィ……今はゆっくりと療養しよう」


「はい、お父様」


今は全て忘れて眠ろう。




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