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6話



「――レヴィ!!」



 ダンス一曲踊っただけで、気疲れから疲労困憊になってしまったサーシャを不思議そうに眺めていたレヴィに声をかける人があった。

 言わずもがな、この国の王子である。



「『ちょっと離れるね』とか言って気配が遠くなったと思ったら、何してるんだ。というか自分から舞踏会で踊るなんて天変地異の前触れか? ――そこのお嬢さんは?」

「ちょっと面白そうなものを見つけたんだ。きちんと君の警護用に結界は置いて行っただろう? この子は、えーと……」



 そこで、サーシャは自分が彼に自己紹介していなかったことを思い出した。それどころではなかったとはいえ、礼を欠いたことを内心で恥じる。



「フィニエスタ家のサーシャと申します。一般枠から参加させていただいている者です」


「ああ、フィニエスタ家の。先ほど姉君にお会いしたよ。この舞踏会に意欲的に臨んでくれているようで、招待した側としても嬉しいね」



 にこやかな王子が語る内容に、サーシャは胸の内で密かに「たぶんその『意欲的』の方向性、あなたが思っているのとは違う気がします」とつっこんだ。



「そう、サーシャ。サーシャに面白い呪い――みたいなのがかかってて。それが気になってさ。で、それ関係でちょっと彼女の家に行きたいんだけど、いい?」


「い、家にか?」


「うん」


「それは交際の申し込みをしに行くとかいう……」


「君、今の話聞いてた? かかってる呪いの関係だって言っただろ。それでなんで交際の申し込みなんだい」


「お前が人前で女性と踊ったんだぞ! これはもう結婚するのかと……」


「論理が飛躍しすぎて馬鹿みたいだよ? 巷で言う恋愛脳なの?」


「自分がどれだけ珍しいことをしたのか自覚がないのか!?」



(そ、そんなに驚愕するようなことだったの……?)



 サーシャは慄いた。思いついて即実行、みたいな速度でレヴィが行動したので流されてしまったが、そんなレアな事象だったとは。


 こうなると、レヴィの顔が皆に知られていない様子でよかったと思う。見目の良さだけで注目が集まっていたのに、それに『人前に出ない魔術師』の付加価値までついていたらと思うとぞっとする。主にその後の自分の身の安全が保障されなさそうで。


 改めてレヴィを見る。

 髪はこの辺りに珍しい漆黒だ。背中の半ばほどまであるそれを、ゆったりと結って背中に流している。瞳の色は金色で、まるで宝石のようだ。誰もが美しいと認めるだろう整った顔は、今は王子への呆れの色が濃い。それでも美しいものは美しいとサーシャは思った。

 今は王子とよく似た衣装を着ているので、金髪の王子と並ぶとまるで対のように見える。



(この人と、踊ったのよね……)



 人目が気になってそれどころではない心境だったのでドキドキする暇もなかったが(ステップを間違えないだろうかとか別の意味ではドキドキした)、かえって良かった。意識してしまっていたら、ステップを間違えるのみならず、足を踏んでいた自信がある。


 そんなことを考えている間にも、王子とレヴィの噛み合っていない会話は続いていたが、最終的に王子が渋面ながら事態を飲み込んだようだった。



「他意がなかったのはわかった。他意なくそんなことまでしたという事実がもうお前らしくないと私は思うが――それで、その呪いとやらの関係で彼女の家に行くなら、必要だと思うことがあるんだが」


「? 何」


「移動方法の説明だ。お前、いきなり彼女を連れて飛んだり、一瞬で移動したりするつもりだっただろう」



 王子の言葉に驚いて、サーシャはレヴィを見遣る。本人は「それのどこに問題が?」と首を傾げていた。サーシャは戦慄した。


 説明もなくそんなことをされていたら、おそらく自分はみっともなく取り乱していたに違いない。



「いいか。普通の人間は、移動するとなったら徒歩やら馬やら馬車やらしか選択肢がないんだ。空を飛んだり一瞬で移動したりの経験なんかないんだ。それなのに『じゃあ、行こうか』なんて言って即飛んだり一瞬で移動したりしたら驚くどころじゃすまないんだぞ」


「君、失神寸前だったもんね」


「……。今は私の話はいい。とにかく、そのつもりだったのなら、移動手段をきちんと相手に伝えてからにしろ」



 おそらく経験則からの忠告だろう。サーシャは王子に心からの感謝をした。途中で挟まれた王子の忘れたいだろう過去は慎ましく聞かなかったことにした。



「ふぅん。普通の人間は言わないとわからないのか。そうか、そうだね。……というわけで、君の家には飛んでいこうかと思うんだけど、いい?」



 「いい?」と訊かれても、人生で空を飛んだことがないので、いいも悪いもない。ただ申し出に諾々と従うのみだ。



「取り乱したりするかもしれませんが、魔術師さまがそれでも構わないのであれば」



 ルーチェが生前、空を飛ぶには適性が必要だと言っていた。支えもなく高い場所にいるということに馴染める人間と馴染めない人間がいて、後者は腰を抜かしたり、悪くすると意識を失ったりしてしまうことがあるという。

 サーシャは自分がどちらなのかわからないので、とりあえず予防線を張った返答をしておくことにした。



「僕から手を離さなければ何でもいいよ。それより、『魔術師さま』じゃなくてレヴィって呼んでよ」


「え、でも……」


「君になら呼ばれても何となくいい気がする。それに『魔術師さま』って『人間さま』って呼んでるのと大差ないからね?」



 そうまで言われては拒否することもできない。



「レヴィさま……?」


「『さま』も別になくてもいいんだけど。まあいいか」



 どことなく満足そうなレヴィの横で、王子がまたしても驚愕の表情を浮かべていたことについては、サーシャは全力で見なかったことにした。




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