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中編 お互いの夢

「だ、だったらなに!」

「…………は?」


 ゆうり君は眉間にしわを寄せ、意味が分からないと言いたげな表情でこちらを見る。初めて感情らしいものが顔を覗かせた気がした。


「あんた、意味分かってんの? 俺、人殺したんだよ。三人も。あんたのことも、カッとなって殺しちゃうかもしんないよ?」

「殺すなら殺せばいいじゃん!」

「意味わかんないんだけど」

「遊んでくれればいいんだよ!」


 何故怒っているのか、自分でも分からない。ハアハアと息を荒げるわたしを、ゆうり君はUMAでも見ているかのように怪訝(けげん)な目付きで睨んでいる。


「ママかパパに言われなかった? あの家の子供と遊んじゃいけないって。普通、言われると思うんだけど」

「言われたよ! だ、だけどそんなの知らないし! わたしはあんたのこと、別に怖くないもん。オオカミちゃんだから」

「……オオカミちゃん? なにそれ」


 言われて、初めてわたしに興味を持ってくれた気がした。


「え、えっとね。赤いパーカーが好きだったから、最初は赤ずきんちゃんだったの。でも赤ずきんちゃんっぽくないから、オオカミちゃんて呼ばれるようになったんだ」

「はは、変なの」


 ……笑った。

 ほんの少しだけど、笑った。


 その事実が嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かぶ。

 笑ってしまえば、そこら辺の男の子と大差なかった。頬の大きなカサブタが、口角を上げたことで少しぐにゃりとしている。笑った証拠だ。


「あ、あのね。そのゲーム、わたしも持ってるの。……ほら」


 小さなリュックを下ろし、その中からゲーム機を取り出して見せる。すると彼は、少し驚いたようにまぶたを瞬かせた。


「へえ、珍しい。今時の子で持ってる人初めて見た。貰ったの?」

「うん、誕生日プレゼントなの。最新のゲーム機頼んだら、箱の中にこれが入ってた」


 またゆうり君はプッと噴き出す。意外と笑い上戸だ。


「あんたの親、変わってるな」

「そうかも。ねえ、さっき遊んでたのって〝すすんでポコポン〟だよね。わたし持ってるの、一緒にやろうよ」

「…………けど、通信ケーブル持ってない」


 ゆうり君はほんの少しだけ残念そうに下を向く。

 私は得意げに、リュックの中から束になったケーブルを取り出した。


「ちゃんと持ってるよ!」

「すっげ、抜かりねえ」


 ゆうり君はそう言ってくれたけど、本当はケーブルを繋いで一緒に遊べるような子は身近にいない。ただこれを持っていれば、いつか一緒に遊んでくれる人が現れるのではという、淡い期待があっただけだ。

 そのお陰でこうしてゆうり君と遊べることになったから、これで願いが叶ったようなものだけど。


 わたしのゲーム機と、ゆうり君のゲーム機をケーブルで繋げる。

 ゲーム画面を立ち上げて見慣れたオープニングを飛ばすと、すぐにお馴染みの選択画面が出てきた。


【ひとりであそぶ】

【ともだちとあそぶ】


 いつも「ひとりであそぶ」を選択していたけど、今日は「ともだちとあそぶ」を選択できる。


 ……ともだち。

 その響きが、妙に嬉しい。


 友達と呼べる存在がいない訳ではないけど、サッカーやチャンバラごっこ、ヒーローごっこをするだけで、ゲームや童話の話は合わなかった。それに外出先でスカートを履いている姿を見ただけでからかってくるような子は、あまり胸を張って友達と呼びたくない。


 わたしの操作するキャラクターとゆうり君が操作するキャラクターが、画面をぴょんぴょん走り回ってコインや卵を取っていく。

 コインを取りそこねる度、悔しげに「あっ」と声を上げたり、ステージクリアできると膝を叩いて喜ぶゆうり君の姿は、とてもお母さんの言っていた〝怖い殺人鬼〟とは結びつかない。


 ゆうり君に何があったのだろう。

 こんなに笑顔で喜んでくれている彼が、どうして三人も人を殺してしまったんだろう。

 分からないことだらけだけど、たった一つだけ、断言できることがある。


 血にまみれたその時の彼は、きっとこんな風に笑ってはいなかった。




 ***




 それからわたしとゆうり君は、たびたびこの山のベンチで会って、ゲームをするようになっていた。

 ゆうり君のオススメゲームを教えて貰ったり、一緒にゲームの話をしながらお菓子を食べている内に、お互いに愛称で呼ぶようにもなった。


 ゆうり君と呼ばれるのを嫌う彼に、わたしは〝黒ずきん〟というあだ名をあげた。

「なんか女っぽい」と言うので〝黒〟と略してはいるが、正式名称は黒ずきんだ。


 そしてゆうり君はわたしの事を〝オオカミ〟と呼ぶようになった。

 あんまり可愛くないから「ちゃん」を抜かして欲しくなかったけど、それでもこれは初めてゆうり君の興味を引いた名前だ。大目に見ておこう。


 隠れてこそこそと遊んでいるお陰か、人目につくような事もなく、毎日楽しく遊べている。

 わたしにとって、本当に楽しい時間だった。


 出会ってから数ヶ月が過ぎ、わたしは小学一年生、ゆうり君は中学生になった。

 中学に上がってからも彼は変わらず黒パーカーを好み、いつも目深にフードを被っていた。夏も近いのでマスクはしていないけど、大きめのフードのせいで、いつも通り顔はよく見えない。


「……暑くないの?」


 訊いてみると、彼は苦笑い混じりに「暑いよ」と答えた。


「暑いけど、みんなが怖がるから。外に出づらくなるのも嫌だし」

「そっか」


 何かフードを被る以外に良い方法がないかと考えを巡らせたけど、仮面を被るぐらいしか思い浮かばなかった。余計に不審者感を増してどうする。

 仮面を被るのが流行ればゆうり君は心置きなく出歩けるのだけど、そんな物が流行る未来も見えない。

 いっそわたしがファッションリーダーとして、真っ先にマスクを被って町内を練り歩い……たら、いよいよ頭がおかしくなったと思われるのがオチだな、うん。

 …………ファッションリーダー、かあ。


「ねえ、黒の将来の夢ってなに?」

「なに突然」

「ちょっと訊いてみたくなって」


 ゆうり君は気恥ずかしそうに、頭をポリポリと掻いた。

 少しの間を置いて、「笑わない?」とこちらを窺ってくる。「笑わないよ」と返したら、顔を両手で覆ってから小さく答えてくれた。


「…………絵本作家」

「えっ?」

「絵本描く人だよ。……なに、おかしい?」

「全然! 黒、絵本描くの好きなの? 読んでみたい!」


 少し戸惑いを見せたゆうり君だけど、口元は嬉しげに微笑んでいた。きっと笑われると思ったのだろう。

 わたしがゆうり君の夢を、笑う訳ないのに。


「まだ描いたことはないけど、お前がそう言うなら描いてみるよ。いつ完成するか分からないけど、待っててくれる?」

「うん、待つよ! ずっと待ってる!」


 ゆうり君は「おう」と応えてはにかむ。私の好きな笑顔だ。


「……で、オオカミの夢は?」

「えっ」

「お前の将来の夢。まさか俺にだけ答えさせて、自分は答えないとかないよな?」


 うっ、言い逃れ出来そうもない。

 本当は人に言える夢とかあんまり持ってないけど、仕方ないので適当に答えることにした。


「ファッション関係の人。で、仮面流行らせるの」

「仮面? なにそれ」

「仮面被るのが流行れば、黒だけ顔隠さなくて済むかなーと思って」


 ゆうり君は黙り込む。

 怒ったのかな。余計なお世話だって思われたかもしれない。


 恐る恐る顔を覗き込む。

 すると、彼の瞳から涙が滲んでいるのが見えてしまった。


「ご、ごめん! そんなに嫌だったなんて……!」

「違う」


 鼻声の短い返答が返ってきた。


「……嬉しかったから」


 彼は本当に辛かったんだ。

 こんな言葉で泣いてしまうぐらい。


 彼はフードなんて被らず、世間を堂々と歩ける日を夢見ている。けれどこの町にいる限り、偏見はついて回る。

 それはもしかしたら、他の町でも、他県でも同じなのかもしれない。人は自分とは違うものに対して警戒するからだ。

 彼の顔の傷に過去を見て、遠巻きにするのだろう。少なくとも、わたしのように逆に興味を持って近付く者の方が稀だ。


 いつか彼にも、わたし以外の友達が出来たらいいのに、と。

 そう願わずにはいられない。


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