001
のんびり、書けるところまで書いていくつもりです。
だんだん首に疲労を感じ始めてきた。ということは、今は5時を回ったくらいだろうか。
そう思いながら顔を上げてみると、教室の前にかかっている時計の針が、4時57分を指している。
ああ、今日はどうやら集中力が持たない日らしい。いや、今日「も」という表現がより正確かもしれない。
そのまま視線を下げていくと、彼女の後ろ姿が視界に入ってくる。
彼女は右から4列目、前から2番目の席で、テキストとノートを開きつつ、ペンを動かし続けている。
集中力の続く長さに関しては、僕は彼女に及ばないなと改めて実感する。
ーーただ、こんなにも彼女が必死に勉強しているのは、たぶん、いや99%僕の影響なんだろうな……。
それはともかく、勉強タイムがまだ30分ほど残っているのだ。
僕は机の上に広げていた英文法の問題集に再び目を落とす。
しかし、一度スイッチが切れた後またすぐにスイッチを入れるというのは、普通の人間には難しいのである。
そこで僕は、いつものように、とりあえず目についた問題から解き始めることにする。
………………。
「なんだ、若葉くんもそれやってたのね」
彼女のその声で集中が途切れた。
いつの間に僕の席の近くまで来ていたのか。
顔を上げて前の時計を見てみると、針は5時25分を指している。あれから25分近く経っていたようだ。
「ねえ、どうしたらそんなに勉強に集中できるの?」
彼女が突然こう聞いてきた。
「なんで?」
「私が立ち上がる時に椅子の音がしても、ここまで歩いてくる時の足音にも全く反応がなかったから。若葉くんって集中しているときいつもそうじゃない……」
そう、つまり集中に関して彼女は浅く長くなのだと思うが、僕は深く短くなのだ。
集中の度合いでは彼女に勝つことができる。
というわけでまあ、教えるわけにはいかないので。
「教えると思うか?」
「ケチな人ね。2連勝してるんだからその秘訣を公開してくれてもいいのに」
「なおさら言いたくなくなったよ。そもそも自分でもよくわからないし」
さっきの、目についた問題から解く方法とか?
そういう方法ならなくはないが、これは単に勉強を始めるきっかけでしかないのだ。
深く集中するコツについては、正直自分でもよくわからない。
とにかく、ここで彼女を有利にさせるわけにはいかないのだ。
話を変えるために、僕はちょっと気になったことを聞いてみることにする。
「そういえば、僕がそっちに頼みごとをするといつま対価を要求するくせに、なんで逆パターンの今はそっちから対価が何もなかったんだ?」
「ちっ」
ん?
「今、舌打ちしましたよね結城さん!?」
彼女はうんざりしたような顔をしながら、僕の方を向いてこう言った。
「あなたが答えないであろうことは予想していたわ。答えないという仮定を前提に行動していたから、対価なんて準備していないの。むしろさらっとネタばらししてきたらびっくりしていたところだったわ」
……そうですか。
といっても、自分でもよくわかっていないからネタばらしなんてできないんだけどね。
「じゃあ、私は帰るから。また明日ね」
「おう」
彼女は自分の荷物をまとめ、教室を出て行った。
今日の一般生徒最終下校時刻は17時45分だ。
僕も参考書や問題集を片づけ、教室の戸締まり消灯を確認し、下駄箱へ向かった。