学園祭
秋になり、もうすぐ学園祭。 輝のクラスはカフェと決まり、準備に忙しい。
学園祭 当日 とんでもない事が・・・
夏休みも終わり、学校が始まった。
輝は、いまだに玲奈の事が心から離れなかった。
玲奈と付き合うというのは難しい事だったように思う。
玲奈はとても美しい女性だったが、輝にとって恋をする対象だったか?と言うと少し違っていた。
優しくて綺麗なお姉さん。 それが近かった。 自分に本当にその気がなければ、玲奈との最後の夜の出来事も拒否はできただろう。 しかし拒否はしなかった。 結局、自分が流されてしまった事で、玲奈を深く傷つける結果に追い込んでしまったのか? 一体どうすればよかったのか? 輝はすっきりしないまま毎日の生活を送っていた。
人間と言うのは、勝手なものというか、冷たい生き物なのかもしれない。 時が経つうちに、玲奈の事も輝の心の中で薄くなっていった。 最初の人。そういう存在だけになって行くのだろう。 もうそう考えるしかなかった。 今、輝に玲奈の為にできる事は何もないのだから・・・。
勉強に追われている毎日で、もう秋になっていた。
愛心高校の学園祭が近づいていた。 渉は何人かとバンドを組んで学園祭のステージに立とうと勉強そっちのけで、バンドの練習やら作曲やらで忙しそうだった。
学園祭の予定の1ヶ月ほど前になったある日、学園祭の実行委員をクラスから選出することになった。
輝は、林間学校の時の失敗をせぬよう、居眠りだけはしまいと、しっかり起きていた。
学園祭の実行委員は、林間学校の調理担当の比ではないほど恐ろしい忙しさだろうからだ。
輝は、上級生との交流はほとんどと言って良い程なかったが、一人だけ輝と親しい先輩がいた。
伊達 学という一年上の2年生の先輩で、彼はバスケ部だった。
背が高く、スポーツ万能でものすごいイケメンで、女性徒の間では校内で1-2の人気があった。
同じくバスケ部の1年生で 古賀直人という、これまたイケメンがいて、それほどバスケ部が県下で強いわけではなかったが、応援はいつもものすごい人の数だそうだ。
なんでも、彼ら二人が目的で他校の女性徒まで応援に来るくらいらしい。
古賀とは同じ学年でも輝は話した事もなかったが、伊達とはある事件がきっかけで、仲良くなった。
仲良くなったというか、輝が一方的に伊達に気に入られたと言う方が正しい。
ただ、輝は伊達を尊敬もしていた。
その事件とは、ある日、駅近くのゲームセンターの脇で、愛心高校の制服を来た男子生徒が、他校の生徒にカツアゲされていた。 そこを通りかかった輝が、彼らにやめるよう言ったのだが、今度は輝に喧嘩を売ってきて、二人と輝はもみあいになった。輝一人でもなんとかならなくはなかったが、相手も結構、喧嘩が強くて、輝も何発かは交せなかった。 カツアゲされてた生徒が近くを通った伊達に助けを求め、正義感の強い伊達は輝に加勢すると、あっという間に納まった。 二人は輝と伊達に愛心の生徒にはもう手を出さないと約束して許してもらった。
この時から、伊達は輝の事を可愛がるようになり、何回かは、『昼飯一緒に食べようぜ!』とわざわざ輝のクラスまで来たこともあったくらいだ。
輝は、伊達は尊敬していたし、好きだったが、正直迷惑に感じた事もあった。 なぜなら輝は目立つ事が嫌いで、そういうのが面倒でしかたなかったのに、伊達が自分を誘う事で、嫌でも自分まで目立ってしまうからだ。
伊達には、先輩の事は尊敬してるし、好きですが、先輩は目立ちすぎるので、校内で誘われるのは少し控えてもらうと助かります。とお願いした事もある。 しかし 伊達は すまん すまん と言いながら、また みぬし~ と言って誘ってくる。 輝も、もうあきらめるしかなかった。
伊達はこれだけ人気があるのに、彼女がいなかった。
輝は、伊達に、 『先輩。なんで彼女作らないんですか?先輩なら誰に付き合ってくれと言ってもOKするでしょ?』 と聞くと、伊達は、『水主、 俺さ告白とかされた事ないんだよ。』 と言う。 輝は 『嘘でしょ? そんなはずないですよ!』 と言うと 伊達は 『まじだよ。なんかさ、どこかに綺麗な彼女がいて、無理だ みたいな設定になっちゃてるらしい。 俺も自分の連れに聞いたんだけど、どこかのご令嬢が彼女でこの年でフィアンセとか 少女マンガの世界みたいな話がまじで、本当っぽく言われてるみたい。』と言う。 『先輩は好きな女いないんですか? いたら付き合って って言えば良くないですか?』と輝が尋ねると、『いいなって思う子はいるよ。でもさ 言いにくくてさ。』 と言った。
輝は 『誰ですか?先輩がいいなって思う子?』と聞くと、『水主は口堅そうだから、でも絶対言うなよ。 お前の学年に矢島って子いるだろ? あのこいいなって思ってるんだよな~。』
輝は、愕然と来た。 涼の事で間違いない。 そりゃ 涼と伊達ならお似合いのカップルになると思うし、自分では伊達に勝ち目などあるわけもない。
『矢島さんか~ 確かにね。』 輝はただそう答えた。
涼は、輝にとって憧れのような女性だとは最初から思っていた。けれどどこか1mmくらいはチャンスもないかな?とか期待してないと言えば嘘になる。 けれど伊達が相手ではそれも0%になった。
輝は、しばらくそういうことは考えないように勉強とバイトに集中しようと決めた。
実行委員はまじめで賢い、クラス委員の 榊 にすんなりと決まった。
クラスの出し物を決めるホームルームで、カフェをやらないか?という意見が出た。
2組の教室が調理実習室から近くて、調理したものが運びやすいし、林間学校で美味しい料理を出した、水主を中心にやれば、かなり流行るのではないか、そして2組は結構綺麗な女子も多く、服装も可愛くすれば、断然注目されるというものだった。 みんなその意見に大賛成した。 輝は強行に反対した。
毎回、自分が料理ができるからと中心にされてはたまらないし、輝の料理がたべられると言うビラまで作るとか言い出す始末で、そんな目立つ事は絶対嫌だと、断固反対した。
しかし、 榊からは、『これだけみんなが水主君に期待してるんだから、男なら応えなさい!』みたいに言われ、輝もそう言われては断りきれず、渋々引き受けた。 でも最後の抵抗で、その代わりこれからの学校や学年すべての行事で輝を中心にしない事をみんなに約束させた。
ビラも個人的な名前は避けてもらって、1年生ならわかるはず!林間学校のあの料理の美味しさをもう一度体験できるカフェ! 1年2組に是非来て! というものになった。
林間学校の後、引率した先生から、今年の料理は凄かった。カレーやチャーハンばかり毎食食べなきゃいけなくて引率するの正直、気が進まなかったけど、今年みたいな食事なら、毎年引率でもいい。 そんな話が広まっていたらしい。
学園祭の準備で忙しい時が流れていた。 渉はクラスの事はそっちのけで、バンドの練習で忙しそうだった。
渉のバンドは、前評判も高くて、音楽室で練習してる時も、周りに人だかりができるほどで、みんな期待していた。 渉は楽器が弾けるというだけでなく、作曲にも才能があったようで、『歌詞は、理恵にも書いてもらって、結構満足できるものになったから、輝にも絶対見に来て! ステージの横に席を輝のために空けておくから』 と言ってくれた。
輝も 『おう! 渉の演奏はいつ聞いても凄いし!俺も聞きたいから行くわ。サンキューな。』と答えた。
学園祭もあとわずかに迫った。
カフェという事でデザートメニューを中心に、メニューもほぼ完成した。 輝は、バイト先の佐川さんにも色々相談して、いくつかのケーキとデザートを作った。 試食で作ったものは クラスでも大絶賛で、榊が これ写真とって ネット上で見えるようにして宣伝しよう!と提案し、そういう事が得意な生徒が共同で、ホームページみたいなものを作って宣伝した。
榊が、実行委員が終って帰って来たある日、実は実行委員が終った時3年の女子生徒のほうからホームページ見て、絶対食べたいから、事前に予約できないか?と言われた。とみんなに報告があった。
2年生はわからないけど、3年の女子の間でうちのカフェの事が凄く話題になっててホームページに乗ってるデザートみんな食べたいけど数も限られてるから、先に予約とかできたらしたい みたいな人がかなりいるみたいなの。 どうしよう? と言う話だった。
しかし、もし多くの予約が入ってしまっても、冷蔵庫の問題もあるし、材料費が先にもらえる予算よりオーバーしたらどうなる?みたいな問題もあった。
榊は、私たちだけでなく、かおるちゃんにも相談しようと提案して、先生にも入ってもらうことになった。
その時、すでに教員の間でも1年2組のカフェの前評判は広まっていて、理事長までが、私も食べてみたいわ と言うような有様になっていた。
かおるちゃんは 学年主任の手塚に相談した。 手塚は『とりあえずどのくらいのニーズがあるのか事前に調査してから考えよう』 と言った。
愛心高校は1学年およそ400人 教職員含めると、約、1300人近い人数になる。
榊は アンケートを取る前に輝に、『水主君。 もし予約とかになった場合、このデザート最高どのくらい作れる?』 と聞いた。 輝は考えて、『デザートの種類、今考えてるのが3種類なのね。 でさ~ カフェが主体だと最初思ってたし冷蔵庫の大きさもあるから、よく頑張って、1種類30個くらいずつかなって思ってたんだけど、なんか今大変な事になり始めて、安藤さんたちとも色々話してるんだけど、1種類なら120くらいは行けるかもってね』。
榊は 『ありがとう。わかった。 とりあえずアンケート取ってみるね。』そう答えた。
アンケートの結果は予想をはるかに超えていた。 元々学園祭なので、値段の設定が安かったこともあって450もの予約ができるならする。という結果が返ってきた。
いくらなんでも450は無理だ。 サイズを小さくして数を増やしたらどうか?という案もあったが、それにしてもその数は無理だと輝は思った。 そもそも それだけの人が順番にするにしても教室に入って、ゆっくり食べるようなスペースもないし、テイクアウト形式にすれば入れる器の問題もあった。
榊は、かおるちゃんや手塚先生にも会議に来てもらい、輝や三咲を含めた何人かの調理担当者を集めて話し合いをした。
冷蔵庫は結構大きな星崎の業務用の冷蔵庫が実習室には備わっていて、それを稼動させれば相当な数は入る事がわかった。 ただ、器は当初30位なら借りられると予想していたのでどうにもならないと思っていた。 するとかおるちゃんが、『半透明なプラスチックのカップなら私の叔父がそういう工場やってるので頼めるよ』といった。 かおるちゃんは、叔父さんに電話して事情を説明してカップのサンプル写真を送ってもらって、輝たちに見せた。 『水主君、どう?』 輝は、『うん いいですね~ これならいい感じになると思います。』と言った。 三咲は『 じゃ テイクアウトと、カフェでやってカフェは30くらい? そんな感じならどう?』と言った。 輝は『材料があればできると思うけど、相当、当日朝早くから用意しないと10時には間に合わないよ。 4時くらいからになっちゃう。 俺はいいけど女子には無理だし、先生も許可できないんじゃないの?』 手塚は、『6時くらいからなら許可はだせても、4時は無理だな~』と言った。
『6時からだと 確実な所で100かな~ じゃないと俺たち学園祭の時間もずっと作らなきゃいけなくなるし。 俺 渉のバンド見たいし』と輝は苦笑いした。 『じゃぁさ 30をカフェで70をテイクアウト。これならいけそう?』 かおるちゃんが聞いた。 『あと2種類30ずつ作って、それは予約なしでカフェで出してというなら、行けるかな~ でも女子は本当に大丈夫?』 輝は尋ねると、『6時からならいいよ~』と言ってくれた。
『あと問題は材料費なんですが、この数作ると最初の割り当てられた予算はオーバーします。 それはどうですか?』 輝はかおるちゃんと手塚の方を向いて尋ねた。
手塚は、『予算はなんとかするよ。僕が他の先生にネゴシエーションするから、大丈夫。』そう言った。
『どうやって予約するとか、多い場合の抽選の方法とかは 榊さんやクラスの人たちに任せるよ。俺たちはどうやって時間までに作るか 考えたりしないといけないから。 だよね?安藤さん。』 輝は三咲に同意を求めた。 三咲は 『うんうん 私たちこっちでいっぱいいっぱいだから、そちらのほうはみんなに頼もうよ。』 榊も同意した。
どうやって 予約を決めたか輝はわからないが、3年の女子生徒が、学園祭は私たち最後で、1-2年は来年もこのデザート食べるチャンスがあるから3年優先にしてよ とかなり強引に迫られて、テイクアウトの70はすべて3年生で予約を決める事で納得してもらったらしい。
いよいよ学園祭の当日、輝は5時くらいに、一足先に学校に登校した。 守衛の叔父さんは顔見知りでにこやかに入れてくれた。 6時少し前になると三咲を含めて8人女子生徒が来ていた。本当は4人なのに増えていた。『あれ? なんか多くない?』 すると三咲が他の4人が有志で来てくれたという。 輝は、『人が多いと助かるよ。みんなありがとう。』と言った。
その4人の有志の中に遠藤美鈴がいた。 美鈴は、『実はね。私考えたの。 ちょっとずるい考えなんだけど、頑張ってお手伝いに来たら、みんなが食べる前にちょっと味見とかさせてもらえるかもでしょ? そういう甘い期待もあったの。 でも、もしそれがダメでもデザート作りに興味もあって作り方習うだけでも満足だから、味見はおまけの期待!』と笑って言った。『私がね。手伝いに行くって他の3人に話したら、みんな来るっていうから、三咲ちゃんにいいかな?って言ったら、同じクラスだし、手伝ってくれるなら 来て来て って言ってくれたから。』 『そか~ 味見くらい大丈夫だから どうぞ。』 輝が言うと。 みんなが 『おお~ 味見楽しみ~』と声を揃えて言った。
何とか8時半くらには完成し、準備は整った。 8時40分から始まるHRに少し急いで教室に行った。 他の女子が 『ねえ できた できた?』と三咲たちに聞いている。 美鈴は『私たち朝来てお手伝いして、味見させてもらっちゃった!』と言うと 『え~ ずる~い』声が上がった。 『私たち同じクラスなのに食べれないのに美鈴ちゃんたちだけ~』 と誰かが言うと、美鈴は、『ずるくないし、私たち5時に起きて学校に6時に来てお手伝いしたもん!』 と言うと 『そうよ そうよ~』 味見をした調理班の女のたちが声を揃えて言った。
HRが終わり学園祭が始まる。校庭に出て校長と、理事長の挨拶が終って学園祭はスタートした。
2組のカフェには行列が出来て、榊はこの日のために整理券を用意して混雑しないように準備していた。
行列にはちゃっかり かおるちゃんも並んでいて、かおるちゃんの同僚の女性の教師もいた。 生徒からは『先生は遠慮してよ~』 と言われたが、かおるちゃんたちは、『私たちもたべたいも~ん』 と言って整理券をゲットしていた。
渉たちのバンドは2時から 体育館の特設ステージで始まる。 輝は、渉がどんな曲を作ってどんな演奏を彼らがしてくれるか楽しみにしていた。
渉はかなり仕上がりに自信を持っていた口ぶりだったから余計に期待が高まった。音楽に関しては、渉は一切妥協しない。 その渉が自信ありげに言うのだから、かなり期待できる。
輝は十分な働きが認められ、カフェの手伝いは免除された。今日は1日学園祭をゆっくり廻ろうと輝は思っていた。
12時近くに校内放送で、水主 輝さん 至急 1年2組までお戻りください。 と放送があった。
輝は 何事だろうと?急いで教室に戻った。 すると渉が真っ青な顔をして、『輝、輝、一生のお願いだから頼む』とものすごい表情で言う。 輝はわけがわからず、『おい 渉!どうしたんよ。言ってみろよ。俺にできる事ならするから。』と言った。
渉は、涙をうっすら浮かべながら、『ここまでバンドのメンツで頑張って練習してきたのに、キーボードの女の子が昨日から急に体調崩したみたいで、これなくなって。。。 キーボードなしだと俺の曲完成されなくなっちゃうよ。 だから輝 頼むから代わりに弾いてくれ!』 『おい おい 待て待て。俺何年もまともに弾いてないし、キーボードの操作も少しわかる程度だし、そもそも楽譜も見たことないし、2時間でどうやって弾けっていうんよ。 誰かキーボード弾けそうなやつ、他にいないんかよ?』 渉は『朝から探して楽譜みせたけど練習もほぼなしじゃ無理って全部断られてさ。 もう お前しか頼れなくて。』 渉は輝に泣きながら言ってきた。もうこの時には、大泣きに近くて落ち着けるような状態ではなかった。
輝は仕方なく、『とりあえず今から楽譜見せてみろよ。少し弾いてみてなんとかなりそうならやってみるから。』 渉は 『輝 ほんと すまん。』 と言って音楽室に他のメンバーもいるからと二人で音楽室に急いだ。時計の針は12時を過ぎていて、もう開始まで2時間しかない。
輝は、ほんのたまにピアノを弾くことはあったが、人前で弾いた事はほぼない。以前ピアノを習っていた先生が、素質あるから忘れないようにたまにうちに弾きにきなさい。 お金とかは勿論いらないから。と言ってくれたので気が向けばお邪魔して弾かせてもらっていた程度だった。
楽譜は読めるがなにせ、練習時間もなく、曲のイメージも掴んでいない。
音楽室に着いて驚いたのは明日香がそこにいたことだ。 『えっ 瀬戸さん? 瀬戸さんはメンバーなの?』と聞くと明日香は、『えっ 水主君? なんで?』と問い返してきた。 渉が、『みんなは知らないかもしれないけど輝は親父さんがなくなる前までピアノやっててコンクールでも有名なほど上手かったんだ。今日、他に出来そうなやつ探したけど、みんなダメでさ。 俺が頼んで、来てもらったんだ。』 明日香は 『え~~』と声を上げた。 『えっ えっ 水主君 ピアノも弾けるの?』 『まぁ 今は弾けるって言うほどは弾けないけどね。でさ~ 瀬戸さんは?』 『ああ ごめん 私は ボーカル頼まれたの。』『明日香ちゃん めちゃくちゃ歌上手いんだ。 なんだろうな。気持ちが歌に浸透するような感じでさ。 で 俺が頼み込んだ。』渉が言った。 『そうなんだ~ あっ 今はそれどころじゃなかったわ。 楽譜見せて。』 『うんうん』 渉は輝に楽譜を渡した。 5曲あって、輝はざっと目を通した。 なんとかなるかもと思ったが、1曲だけキーボードが独奏する部分のある曲がある。 輝は『この曲はソロやん。 それはちょい無理だわ。 あとはとりあえず、みんなに合わせて弾いてみて、少しずつ直してみて、俺でいいか決めて。』 と言った。
もう昼食などのんびり食べてる暇もなかった。
最初は曲のイメージが掴めなかったがボーカルも入れて練習していくうちになんとなくわかってきて、それなりに他のメンバーと合わせられた。 『輝!ほんと凄いわ! やっぱり輝だよ!』 何がやっぱりかわからないが、他のメンバーも『2-3回合わせただけでここまでって、水主 お前まじすごいわ~』と言ってくれた。 ソロのある曲はリードギターの渉が一緒に合わせてくれるという事で、輝も承諾した。
輝が驚いたのは勿論メンバーそれぞれの技量もだが、明日香の歌声だ。 渉がほれ込むだけの事はある。
輝は洋楽が父の影響なのか好きで、色々な曲を聴いたが、彼女の声は、Ariana Grandeに似ていてとても音域が広くちょっとセクシーな歌声だった。
輝は、明日香に 『瀬戸さんの声 めちゃ いいよね~ 感動したわ。』と言うと 『じゃ二人で今度カラオケ行こうよ。 私たち友達だからいいでしょ?』といたずらっぽい笑顔を浮かべた。そして 『ねえ 水主君 私、輝君って呼んでいい? 私の事は明日香でいいよ。』 と言った。 『うん 全然いいよ。じゃ 明日香ちゃんで。』と輝は言った。
そして コンサートの直前まで練習した。 来れなかったキーボードの子にも安心してもらいたいと、練習した曲をメンバーの一人が録音して、LINEで送ってくれ、 その子も自分のせいで演奏ができなくなると心配していたので 私の代わりに弾いてくれる人 ほんとすごいね! 頑張ってきたから出れないのはくやしいけど、 すごく安心したよ。 水主君だっけ? ありがとうと伝えて。 と返信があったみたいだ。
普段は携帯電話が使えないが、学園祭は連絡の手段として許可されていたので便利だった。
考えてみれば、渉はどうしてLINEで俺に連絡しなかったんだろう? 校内放送って と輝は思った。
後で聞いたら携帯に気づかない可能性が、お前の場合高いから、急いでいたから校内放送にした と言われて なるほど と輝は納得した。
いよいよ 渉のバンドの登場だ。
体育館はほぼぎっしり人が入っていて、体育館の周りの上部にある通路まで人が入っていた。
照明が落とされて、ステージがライトアップされてリードギターの渉のソロでバンドの演奏が始まった。
明日香の声は心を震わすように美しく曲を盛り上げた。
渉の曲は、透明感と美しさを感じさせる曲が多く、明日香の歌声がより曲を、洗練させた。
4曲が終って一応は終わりという設定にしたが、最後は恒例のアンコールだろうと予想していた通りで、アンコールの後5曲目の演奏が始まった。
5曲目の曲はキーボードのソロがあるはずの曲だったが、渉が一緒に演奏してくれる事になっていた。
ソロの部分は輝もとても気に入って、いいな~とは思っていたが、ソロで弾くのはブランクが大きいし、目立ち過ぎるので(またソロの部分が結構長かったので)渉が一緒に演奏してくれるのは心強いと思っていた。 もし自分が上手く行かなくても渉が上手くカバーしてくれるだろう。
輝は始まる前にそう単純に考えていた。
5曲目の終盤 ソロの部分にかかった時 ほんの少し渉が一緒に演奏してくれていたが、急に渉が演奏しなくなり、輝は完全にソロになってしまった。 途中でやめるわけにも行かず、輝は最後まで弾きつづけた。 そして最後にすべての楽器と歌がそろって、曲は終った。
ものすごい拍手が沸き起こった。 輝は何とか弾き終えた安堵感で ほっ としていた。
明日香を先頭にステージを降りて最後は輝だった。 すると 『水主~ ソロ最高だったぞ~』 と大きな声がしてまた拍手が沸き起こった。
『おい 渉! 約束が違うだろう! なんでソロにしたんだよ!』 輝は渉に詰め寄ると、渉は 輝の肩を持って、『音楽少しやってるやつならわかるだろ。 お前のキーボード聞いた瞬間あまりに良すぎて、あそこはソロじゃなきゃってな。 元々 ソロで作った曲だったし、あの曲はお前がソロで弾いたからあれだけいい曲に仕上がった。 そんなの 俺だけじゃなくバンドのやつ全員わかってるよ。 俺もみんなに言われたよ。 渉があそこでソロにしたのは正解だったってな。
輝 ほんと ありがとう。 俺 しばらくお前に頭が上がんないわ。』 渉は、輝の肩を2回ポンポンと叩いて、ギターを片付けに行った。
次話では、学園祭から冬休みにかけて、涼に思いがけない出来事がおこります。