林間学校
林間学校で涼と輝は二人の距離が縮まるのだが・・・
5月28日。今日は好天に恵まれて風もそこそこあってとても過ごしやすい日だった。
輝は3泊分の荷物をカバンに詰め込んで駅へと向かった。輝の住んでいる町は愛心高校ができてから付属中学もその後併設され、学園都市っぽくなり栄え始めた。
元々は愛心高校を設立した企業の工場だけがあり、この辺りは車で通勤する人が多く、まだまだ田畑も多かった。しかし鉄道が延長され、愛心高校前という駅が出来てからは急速に発展して、駅前には少し高級感のあるマンションが立ち並び、少し郊外には公団のマンションも建った。
父が生きていた頃に暮らしていた町は、一戸建てが多く、経済的には中流クラスくらいの人たちが多く、生活環境もよかったので人気がある町だった。
家はわりとすぐに売れて2DKで家賃48000円の公団住宅に母と今の町に引っ越してきた。輝が引っ越してきてからも駅前には、色々なショップが増えてかなり賑やかになった。
駅近くのバスターミナルの普段は路線バスが停まっているスペースに、愛心高校様とフロントガラスの上に表示された観光バスが5台ほど停まっていた。
各クラスの番号ごとにバスに乗車するようになっていて輝は1年2組だったので②と表示されたバスに乗った。 席はあらかじめ決められておらず早い者勝ちになっていて隣が男子でも女子でも文句は言わないと決められていたので、仲の良い友達がいるグループはバスの到着時間に合わせて早く来て乗車していた。
輝はどうせ寝てるしだれでも関係ないと思っていたので出発の時間5分くらい前について空いてる席をさがした。 バスの席に若干余裕があり、一緒に座りたい人たちはもう座っていて後ろのほうに誰も座っていない席があったので輝はそこに座った。
渉の横には渉の彼女の奥原理恵が座っていた。 『輝 おはよう!』 渉が輝に声をかけた。『おう おはよう。』
そして輝は後ろの席に着いた。
輝のクラスの担任は、橘薫という27歳の女性教師だった。
愛心高校の教師は若い教師が多かった。
3年の担任はややベテランを揃えていたが、それは大学進学に当たってベテランの方が何かと指導しやすいからで、それでも35歳くらいの若い教師だった。
愛心高校は教員免許のある優秀な塾の講師とかを良い待遇で引き抜いたりして、活力のある若い教師を中心に教育するという学校の考え方を持っていて、教師達も他の全国に名だたる進学校に負けたくないと言う気持ちと、出来る優秀な子供たちだけが東大、京大を目指すだけでなく落ちこぼれが出ないように、出来てない生徒には時間を惜しまず補習もした。
なので 愛心高校で塾に通う生徒は皆無に等しかった。
校長も40歳後半くらいで、その年齢を超えた教師は、別の仕事を与えられていた。
例えば、学業が優秀でやる気があるのに経済的な理由で塾とかに行けず、良い私立高校に入学できないような生徒に愛心高校の補助制度等を各中学に説明しに行って受験を薦めたり、場合によっては推薦枠を使って推薦入学をさせたり、そういうことを全国規模で行っていた。
元々 設立した企業は 企業は人なり を社是としていて高校設立も社会貢献的な意味が大きかったので人を育てるということをとても大切にしていた。 輝は家から自転車で通学していたが、地方から受験して合格した生徒のために女子寮、男子寮があり、かなり良い設備が整えられていた。
生徒にはスマートフォンが支給され有料通話は料金がかかるが、ネットにアクセスするのはフリーだったのでLINE等で通話はほぼ自由に出来た。
学校には 携帯電話置き場というのが各クラスにあって登校してから下校するまでは使用禁止になる。
ただ、貧しい家の生徒も豊かな家の生徒も携帯が同じように持てるというのはそれで差別とかされなくて済むし、輝のように携帯電話の料金を払うと生活が厳しくなるような生徒には有り難かった。
話は戻って 担任の橘 先生は 細身でショートカットの綺麗な先生だった。
クラスの生徒は最初は 橘先生と呼んでいたがこの頃には慣れてきてかおるちゃんと呼ぶ生徒が多かった。 橘も最初は『ちゃんと橘先生って呼びなさい!』と言っていたが今ではもう半分以上諦めている。
学級委員は榊 美香というまじめな女生徒でバスに全員が乗った事を確認した後、『これから橘先生が 注意事項を説明されますので、みなさん 聞いてください』とアナウンスした。
この学校の生徒の良いところは人に迷惑をかけないという精神が行き届いている事である。
入学して1週間、ほぼ授業はなく、人としてどうあるべきかとか、学校生活の中で大切な事、そういう事を全国を駆け巡っているベテランの教師から徹底的に指導される。
高校では現在ほとんどの高校では道徳教育は行われていないが、私立ということで公立のような制限が無く愛心高校は道徳教育をしっかりやっていた。
先輩たちや周りが静かなのに自分たちだけがしゃべっていれば気まずくなるので、そういう時は自然に静かにもなるし、自分たちの行為で迷惑がかかるのでみんながそういう事に心配りができた。
なので、榊のアナウンスで私語は ピタッと止んだ。
橘先生は 『基本的に自由で楽しい林間学校にしたいけど、男女が同じホテルに泊まるので節度だけは考えて欲しいです。』という事を話した。 後は、『バスでホテルまで休憩も入れたら5時間近くあるので楽しく行きましょう!』という話だった。
輝は今日の夕食の準備も着いたらしなければならないし、(本日分の食材はホテルの管理人がスーパーから預かっておいてくれる手筈になっていた)みんなと同じようにしてたら疲れると思って5時間を睡眠に使おうと思っていた。
何人かは携帯でゲームしたりしていた。
最初は元気良く話していた生徒たちも、疲れ始め眠っている生徒が目立ち始めた。
休憩のパーキングエリアで外の空気を吸って少し身体をほぐして後1時間少しで目的地のホテルに着く所までバスは進んだ。
輝は今日の夕食の予定になっている、ハンバーグのレシピをネットで再確認して、さらに何か良いアクセントがつけられないかと考えていた。 食費はスーパーと交渉してくれた女子生徒のおかげでまだ少し余裕もあるし、元々食材を買出しに行く時間も用意されていたので、デザートか何か出来たらいいな~と思って、色々調べていた。
バスがホテルに着く20分くらい前に橘 先生が『もうすぐホテルに着きますので寝てる人もそろそろ起きて降りる準備をしましょう。 忘れ物をしないように』というアナウンスをした。
バスの中は少しざわついて、『どんな所だろうね~』というような声があちこちから聞こえた。
バスがホテルに着くと歓声が上がった。 『うわっ 思ってより全然豪華じゃない?』ロビーに入るとガラス越しに湖が見えてそして雄大な富士山も見えて本当に素晴らしい眺めだった。
正確にいえばここはホテルではなく学校と企業が使う研修施設なのだが、この豪華さは誰が見てもホテルだ。 部屋割りはあらかじめ決まっていて、ツインルームに決められた組み合わせでルームキーをもらう。
輝は渉と同室だった。 輝は正直、誰とでも良かったが渉が輝の同室だった男子に強引に頼み込んで変えてもらったようだ。
輝は渉に 『渉 俺さキッチン見に行きたいから荷物部屋に置いて見に行くからよろしく!』と声をかけた。
渉は 『ちょい待って 俺も荷物置いて一緒に行く。』と言った。
『お前は 別に調理担当じゃないからこなくていいじゃん。』 輝が渉に言うと 『いやいや 俺も見たいし』と言うので、『まあ 好きにしたら』と輝は答えた。
荷物を置いてホテル(研修所だがホテルに近いのでホテルという事にする)の管理人の人にフロントでキッチンを見せて欲しいとお願いした。
案内されたキッチンは輝がバイトしてるル・シエルの何倍もある大きくて清潔なキッチンだった。
管理が良く行き届いているようで調理器具も清潔に保たれていて、何より驚いたのはストーブの数だ。
ストーブというのは家庭で言えばガスレンジの火が燃える部分で通常の飲食店でも4基あれば多いほうなのに6基もある。 オーブンもかなり大型のものが2台あるし、通路も適度な広さで作業もし易そうだ。
大型の冷蔵庫の中には今日の食材が入れられていてシンクの横のテーブルにはじゃがいもや玉ねぎ等が置いてあった。
包丁ケースの中にはヘンケルのナイフが一式入っており、輝はなんか凄くうれしかった。
料理をいつも作る人なら憧れるような道具と場所が用意されてる所で調理をするのはなんだかワクワクした気持ちになるものだ。
輝が渉にここのキッチンの良さを浮かれて説明していると涼と涼のクラスの調理担当の女の子が二人で入ってきた。
涼は 『あっ 水主君も来てたんだ? なんかここ凄いね~ こんな綺麗な大きなところで料理作った事ないからドキドキする。』と涼が輝に言った。 輝も 『いやまじここ凄いわ。めちゃいいよな~。』
もう一人の女の子も『すごいよね~』と目を輝かせていた。 渉だけは 『そうなんか~ よくわからんが、なんかでかいな』というので 涼のクラスメイトが『何それ?』と言ってくすくす笑った。
輝は『今日さ ちょいお金もまだ余ってるしデザート何か作りたいと思うけどどうかな?』と二人の女生徒に尋ねた。 すると涼のクラスメイトが 『何か水主君 すごそうだし、私教えてもらいたいし作りたいな~』と言い涼も 『うんうん 私も』と言った。 涼のクラスメイトは 瀬戸明日香と言う名前で、明日香は『じゃみんなに相談したいから放送でここに集まってもらうよう頼んでくるね』。と言ってフロントの方に駆けていった。
涼は輝に 『デザート何か考えてるのあるの?』と聞いた。
輝は『イタリアンだけど、パンナコッタとかだったら簡単に作れるけどどうかな?』と答えた。
『たださ~ 入れる容器があるかなんだよね~ まあ適当に作ってスプーンで皿に盛り付けてもいいけど、出来たら小さなグラスがあればいいけどな・・・。』
でも流石に200個は無かった。 食事も、どの道200人一度には出来なくて2部制になるようだが、それでも100個は揃わない。 『よく考えてみたら 結局調理担当って 最後に俺たちだけで食事するしかないよな~?途中とか落ち着いて食べれないし。』 そう輝が言うと涼も『そうよね~ 私たちもゆっくり食べたいから最後に食べようってみんなに相談してみる』と言った。すると渉が『じゃ 俺もお前らと一緒に食べるわ。輝が男一人じゃ可哀想だし』。と言うと 涼は、『渋谷君が水主君といたいだけじゃないの?』と笑った。
渉は 人懐っこい笑顔で 『そうとも言う。』と笑った。
明日香がみんなを呼んできて戻ってきた。
涼が二人で話した事を他の係りの子達に説明してくれた。
みんなデザート作りにも、落ち着いて食事もしたいから後から食べるという事も賛成してくれて、渉の参加も許可された。
明日香は思いついたように 『ねえねえ みんなには悪いけどデザートは私たちだけのご褒美ってことにしない? だってさ全部頑張って作るんだしそれに200人分作るの水主君も大変じゃない?』 『いやいや 俺一人で作らせる気? みんなでだろ?』と言うと明日香は『そりゃ私たちも手伝うけど水主君に教えてもらわないとだし。 それに21人分とかなら綺麗なデザートグラスもありそうじゃない?』 みんな明日香の意見に賛成した。 『じゃそうしましょう!』という事になった。
牛乳と砂糖と生クリームとそれにゼラチンを買いに行く事になり、先生に『買出しに行きたいですけど。』と言うと、『車が小さいし荷物載せるなら二人でどう?』と言われ『涼ちゃんと水主君で行って来て』と言われて輝と涼は先生の車で買出しに行く事になった。
車を運転してくれたのは結局先生ではなくこの施設の管理人の立川さんだった。
立川さんはスーパーまで送ると『30分くらいでここまで戻って来るので二人で買い物してまたここに来てください。』と言った。
輝は正直、可愛い涼に少し気持ちが傾いていて、涼にその気持ちを気づかれないようになるべく平静でクールに振舞おうと思っていたが流石に二人になるとどうしても意識が強くなってしまう。
涼の方も輝に対して、なんとなく頼りがいがあり気配りもできて自分の実力をひけらかさない。そういう謙虚なところに心を惹かれていて、お互い少しぎこちなかった。
二人は一緒に沢山の牛乳、生クリーム、ゼラチン、砂糖を買い込んで立川さんが戻ってくるのを待った。
買い物自体はすでに決められたものを買うだけだったが、21人分作るので材料が多くなるので二人で来た。 買い物は10分程で終ってしまい立川さんは30分後と言われていたので20分もスーパーでどうやって時間を潰すかが問題だった。
運がいいことにスーパーの端のほうにイートインのスペースがあって輝がそれを見つけ『矢島さん、あそこで何か飲んで座って待たない?』と涼に声をかけた。 涼は輝が買い物のお金を預かったので自分は必要ないと思いホテルのセーフティボックスに財布を入れたままでお金を持っていなかった。 それで『飲み物は財布忘れちゃって買えないけど立って待つのは辛いから座りましょう。』と言った。 輝は『それくらい俺が出すから大丈夫』と言った。涼は輝の家庭も結構大変だと渉から聞いていたので遠慮したが、輝が『何が飲みたい?』とにこやかに聞くのでつい『 じゃオレンジジュースで』と言ってしまった。
荷物を椅子において『矢島さん ここで待ってて』と輝は言って、ジュースを買いに行った。イートインの反対の奥のほうにフレッシュジュースを絞って売っているスタンドが見えた。
なんとなく輝はそちらの方がいいかなと値段の高いフレッシュジュースを二つ買った。涼の分のオレンジジュースと輝はすいかのジュースにした。
イートインのところまで戻って涼に渡すと、涼が『こんないいのじゃなくて良かったのに・・・ ごめんね。でも ありがとう』と言った。『水主君は何にしたの?』 『俺はすいかのだけど、矢島さんよかったらすいかにする? 俺オレンジでもいいよ。』 『えっ 悪いよ 大丈夫だから。』 そう遠慮している涼の前に置いてあったオレンジジュースを、輝は自分の持っていたすいかのジュースと取り替えるとすぐにオレンジジュースをストローで吸い込んで、『矢島さんすいかのジュースね』と笑って言った。
輝はあまり学校で話すほうではなくどちらかというと暇な時は寝てるか本を読んでて静かな方で、こんなに人と話すタイプに涼は思ってなかった。
そして自然に気遣いして優しくしてくれる。そういう面をこの時感じて益々輝に惹かれて行った。
涼も暗いわけではないが、自分からは余り話すタイプではないのにこの調理担当になってからは結構積極的に話してるし、輝と二人の時は自分のほうからも話しかけたりして、いつもの涼ではなかった。
輝は涼のそんな一面もまた可愛いと感じた。
ただ 涼と輝の違いは、涼の方は学年で5本の指には入る可愛い子というレッテルがすでに貼られていて、沢山の男子生徒の注目だったが、輝は学校では目立つ事がなかったので、女生徒からはそこまで人気もこの時はまだなかった。
なので 輝は涼のことをただ憧れの女性だと思っていただけで自分の彼女にという気持ちはなかった。
それに対して涼は、輝の今まで見えなかった優しさとか男らしさとかなんでもできる能力の高さ、勉強もかなり上位だしそういうものが一度に入って来て 一気に恋心に発展してしまったようだ。
輝は涼に『すいかのジュースどう?』と微笑んで聞いた。
涼は 『うん!美味しい!ありがとうね。』 周りから見たら初々しい恋人同士のような二人だったが、当人達は、特に涼のほうは自分の気持ちをどうコントロールすればいいのかわからずに焦っていた。
涼も、輝も飲み物を飲み終えた頃、駐車場に立川が乗った車が入ってくるのが見えて、輝が涼に『立川さん戻ってきたみたいだから行こう。』と声をかけ輝が荷物を持つと空いたカップを涼が二つ持って『捨ててくるね。』とダストボックスのほうに走っていった。涼が戻ってくるのを入り口近くで輝は待ち、立川の車に二人は乗り込みホテルに戻った。
もう三時半くらいになっていて夕食の準備を余裕を持って準備をするにはちょうど良い時間になっていた。
調理担当の係りがキッチンに集まり、輝の指示でそれぞれの作業にかかった。
今日のハンバーグは鶏の胸肉のハンバーグだ。 ヘルシーで値段も安いが胸肉はパサパサした食感にならないように、輝は事前に胸肉だけを砂糖と塩を等分に入れて水に溶かしたものに漬け込んでおいた。
それを冷蔵庫に入れておいて皮の部分を外してフードプロセッサーにかけてミンチに近い状態までしたものに同じくフードプロセッサーにかけた玉ねぎと卵、みりんを少し入れチューブに入ったにんにく、ブラックペパー、ホワイトペパー、牛乳を少し、さらに生パン粉を加えて練り上げて行った。
本当はハンバーグの形を整えたら少し冷蔵庫で寝かせた方が良いのだが時間が無いので真ん中に少しくぼみをつけて弱火の油を引いたフライパンの上に載せていく。
みんな輝の手並みの速さに圧倒されて見ていたが輝が次々に指示を出すので自分の作業に必死になった。
じっくりと弱火で焼いたハンバーグを裏返し両面を肉汁が出ないように焼いたらアルミホイルに包んで今度はオーブンで中に火が通るように焼いていく。
1時間ほどで210個の鶏肉のハンバーグが完成した。10個は先生の分と予備だ。 少し余った種で小さなハンバーグを輝は何個か作り味見用にした。
圧力鍋で茹で上がった、メークイーンをペーパータオルで水気を切り次はなるべく芋の形が崩れないように焼いて塩を振り焼きあがったらこれもアルミホイルで包んでいく。
人参も茹で上がり、それを大なべに移し変えて今度はグラッセにする。
しめじはあらかじめ水分を取り除いてぱりっとした仕上げにしたいのでアルミホイルに包んでオーブンで焼いてその後キッチンペーパーで水気を取って後はソテーするだけまでに準備した。
輝はメークイーンが結構思ったより多かったのでジャガイモのポタージュスープを作ろうと提案した。
茹でたジャガイモ(メークイーン)、牛乳とチキンコンソメをお湯で溶かしたものをミキサーにかけて完全に粉砕されたら鍋に移し生クリームを入れて仕上げていく。
本格的とまではいかないが、学生達が飲むなら十分な美味しさに仕上がった。
スープの味見をした女生徒は、『これすごく美味しい!』と言ってみんなが少しづつ小皿に入れて味見した。 輝の的確な指示と圧倒的な手早さで料理はほぼ完成していた。 後は食事の時間に合わせて温めていくだけだ。ご飯も炊いて、5時15分くらいに完了した。 みんなお腹が空いてるという事で本当は第一部が6時スタートの予定だったが5時半から夕食が始まった。 50分で交代するという事で調理の担当は次々に盛り付けて準備した。生徒たちは始めての林間学校の夕食で毎年どんなものかはわからなかったが、引率の先生は何回も来ている先生もいて、口々に今回の生徒の作った夕食は今までとレベルが全然違うと絶賛し、かおるちゃんは輝が主導で作ったと聞いて自分の事のように喜んでいた。
食べた生徒たちもみんな 『うまかったー』 『美味しかったねー』 と言ってくれたので調理の担当者はみんな笑顔だった。 渉も含めて21人がみんなの食事が終ってから『ご苦労様』と声をかけ食事をした。
渉は彼女の理恵が一緒に食べられなかったのをすねていて大変だったらしいが、夜こっそりデートに行くという事で機嫌を直してもらったらしい。
自分たちが作った料理を食べながらみんな美味しさと、満足感で笑顔が絶えなかった。
そして最後に、輝が夕食の準備の間に作っておいたパンナコッタがみんなに出された。
女性は他の人が食べてないデザートに大はしゃぎし、またこれがとてつもなく美味しかったので、みんな本当に満足で一杯の笑顔であった。
食器の洗浄は、洗浄の係りがいたので彼らに任せた。
でもデザートの事はみんな内緒にしたかったので、『私たちが食べた食器は最後に私たちで洗っておくから大丈夫だよ~』と明日香が洗浄の係りの人に言いに行った。
この夜、調理担当の女の子は輝の話で持ちきりだった。
『水主君ほんとすごいわ~』 『尊敬する~』 そんな話が少しずつ広まって行った。
涼は、二人で買い物に行った後ジュースを飲んだ時の事を思い返していた。
恐らく自分は輝を好きになってしまって、輝が料理の事で女生徒たちの注目を集めるのが正直心配だった。
輝のほうは涼と少しの時間だけどいい雰囲気でいられたことだけで満足していて、もう一回くらいあんなドキドキできるチャンスがあればいいな~と思っていた。
この時どちらかが本当の気持ちを伝えられていたら、恐らく恋人になれただろう。
しかし、輝も涼も自分から相手に気持ちを伝えた事が無く相手から告白されたことしかない二人は、どちらも言えなかった。
林間学校を終えて涼と輝はお互いを想いながらも平行線が続いて行く。
輝の夢は北海道へのツーリング。 輝はバイトや自動二輪の中型免許取得に励む。
そして旅立ちの日が訪れる。