渉(わたる)と 涼(りょう)
愛心高校に入学した輝は楽器の天才、渉と友人になる。
と言っても渉が一方的に輝に絡んでくるのだが・・・
渉の近所に住む涼は渉と同じ中学卒業の可愛らしくクールな面を併せ持つ魅力的な女性で、入学してしばらくしての林間学校で調理担当の係りとして輝と知り合う。
輝の現状と、渉と涼との出会いを書きました。
水主輝は公立の中学を卒業し今春 愛心高校に入学した。
愛心高校は地元の企業が設立した進学校で全国でも有数の偏差値を誇る共学の高校だ。
輝が愛心高校に入学した理由は勿論 輝が賢いと言うのもあったが、彼は母子家庭で愛心高校は成績優秀者に対して、授業料免除や、学費補助という名目で貧しい家庭の優秀な学生が少しでも一般家庭並みの生活に近づけるようにお金を出していてくれたことも大きい。
また、校風は自由で許可制ではあるがアルバイトも認めていた。バイク等の免許も正当な理由さえあれば許可してもらえた。
輝の父はフランスで料理を修業し、帰国してフランス料理店を開業した。彼は国立大学の外国語学部を卒業し、父親の反対を押し切って料理人の道を選んだ。フランス語と英語はネイティブと同等に話す事ができて、他にも3-4ヶ国語は日常会話程度が話せるほど語学に堪能だった。
また芸術的なセンスが高くピアノがピアニスト級にできて絵も上手かった。
しかし輝が10歳の時、交通事故で帰らぬ人となり、店も閉店した。
輝の父は、輝が小さい頃から英語とフランス語を輝に教えた。教えたというより日本語を含めた三ヶ国語で輝に話しかけていたので、輝は父が亡くなる時にはほぼ日常会話程度なら英語もフランス語も話す事ができた。
父が亡くなり、専業主婦だった母は、近くのスーパーのレジ係のパートに出た。 パートと言っても時給はそんなに高くなかったのでフルタイムで働いた。
輝は小さいころから父の店で色々な手伝いをしていて、料理の腕も母より数段上で、父が亡くなって母が働いていたので食事の準備は輝がほとんどしていた。
父の保険金は店を閉鎖する費用やそれまでの借入金の支払いで無くなり、住んでいた家も維持できそうに無かったため売却して今は公団のマンションに賃貸で住んでいる。
輝の父の友人で、父と同じ時期にフランスで修行した 高峰 信行が輝の住んでいる隣町でフランス料理店、ル・シエルを開業していた。
高峰はフランスで修行している時、フランス語の堪能な父に何かと助けてもらったらしい。
帰国後も二人は友人として時々ジビエ料理の食材を求めて二人で猟に行ったりしていた。
高峰は、輝の父が亡くなったとき自分に何か出来ないかと輝の母 典子に声をかけるが、典子は、輝と二人で頑張るから気持ちだけ頂きます。と断る。しかし高峰は輝の料理の才能を知っていた事もあり輝にうちにアルバイトに来ないか?と誘う。
まだ小学5年だった輝は中学に入学したらお願いします。と言って中学入学後、自転車で30分ほどの隣町のル・シエルでアルバイトをするようになった。
高峰は店で余った食材を輝にくれた。 高峰としてはこういう形で輝と典子に少しでも食生活だけでも豊かに送れるようにという心配りをした。
平日は学校が終ると輝は2時間ほどバイトして帰宅し、土曜と日曜は5時間ほど働いた。
輝は語学だけでなく、他の教科も成績がよく、バイトしながらでも学年ではいつもトップクラスだった。
小さい時から極真空手を習っていて、かなり強かった。 ただ球技は苦手で野球とかはまるでダメだった。
顔も和風のハンサムで、父からの教育もあって優しい子だった。
中学時代から女生徒にも人気があったが、バイトや家事に忙しくそういうことには余り関心が無かった。
愛心高校に入学してからバイクの免許を取り、少しずつ貯めたお金でバイクを購入した。
通学は自転車でしたが、バイト先にはバイクで行ったので時間にも少し余裕が出来た。
勉強も中学時代はあまり時間をかけなくてもトップクラスだったが、流石に全国クラスの進学校になると少しはまじめにやらないと無理だし、補助金や授業料免除などの特典も成績が落ちれば無くなってしまうのでそれなりにちゃんとやるようにした。
入学した時は学年400人中30番くらいだったが夏休み前の期末テストは学年で5位まで上がった。
同じクラスに渋谷 渉という楽器がすばらしく上手い友人がいた。
輝は父親に似てピアノの素質は高かったようで父親がなくなるまではピアノ教室に行っており、コンクール等でも注目を集められている程の腕前だったが、父親が無くなってからそんな余裕もなくなり、ピアノも弾かなくなっていた。
渉は輝のピアノの腕前を知っておりバンドを組まないか?と誘うが、輝はバイトと勉強で手一杯でとてもそんな余裕はないと断る。
愛心高校は進学校では余り多くない共学校で、女生徒の制服もセンスがあって賢い女性には断トツの人気があったため女性徒の受験者が多く、男女比が4対3くらいで女生徒が多かった。
渉のヴァイオリンはとても音が美しく、昼休みに時々屋上のベンチで弾く時は人だかりができるほどだった。 渉はそこまでハンサムというわけでもなかったが、やはりこういう特技は女性には人気が高く、すぐに彼女ができた。
輝はと言えば昼休みは昼食を食べたら昼寝ばかりして、授業が終るとさっさとバイトのために帰宅してしまうので輝に好意を寄せる女の子がいても、話すようなきっかけも少ないような感じだった。
輝は女性に興味がなかったわけではない。
高校に入ってからは中学の時に比べたら少しだけだが時間にも余裕ができていた。
それは輝が成長して家事を合理的にこなせるようになったこととバイクを手に入れ移動時間が短くなったことによる。 輝の心も中学のころには経済的に父が無くなって間が無かった事や自分が精神的にも幼かったこともあって余裕がなかったが、高校生になってからは毎日の生活にも慣れたせいか、ゆとりもできた。 輝には一人、気になる女生徒がいた。 矢島 涼という隣のクラスの女の子で、美人というより可愛い感じだがクールな面も漂わせる女の子だ。
彼女とは5月にあった学校の林間学校で料理の担当グループで一緒になった。
GWが終って2週間後くらいの5月の末に学校が管理する富士山麓の湖の近くの施設で2泊3日の林間学校があった。
200人以上泊まれる大規模な施設で設備も良くリゾートホテルと遜色ないかそれ以上と言っても良い施設だった。1学年400人いるので 学年を半分に分けて違う日程で2回に分けて行われたが、その時隣のクラスの涼も一緒だった。
学生達が先生の引率で買出しに近くのスーパーに行って自分たちで献立を考えて限られた予算の中で食事を作る。 この林間学校で一番大変な役割を担うのが料理担当グループだ。
クラスから4人ずつで20人が選ばれてその中で10人ずつに分かれて200人分の調理をしなければならない。
キッチンはかなり大きく最新で調理器具はほぼなんでも揃っていた。
最初は10人ずつに分かれて200人分作るという事に決まっていたが、実際調理を日常的にやっていないものが高々10人で200人分は無理じゃないかという事になり20人全員でやることになった。
輝は本当はこんな面倒な事はしたくはなかったが、放課後のホームルームの時つい、うとうとと眠気がして眠っている間に輝も調理担当に決められてしまった。
文句も言えず仕方なく引き受けた。
涼は、両親がいたが父親が暴力的で5つ上の姉と二人で暮らしていた。
姉が仕事をしているので食事の仕度は毎日、涼がしているらしい。
他の選ばれた人たちも普段家で料理を手伝っていると言う子が選ばれていて、男子生徒は輝一人だった。 流石に輝も『俺一人かよ?男子?』と文句を言ったが買出しだけは同じクラスの渉が手伝ってくれる事になり、もうこれ以上言うのも面倒になりそれで妥協した。
流石に他の19人の女生徒は調理をある程度しているだけあって割りと何をやらせても手際がよかったが、その中でも涼は特に抜きん出ていた。 もちろん輝には足元にも及ばないが・・・
林間学校を出発する前に3泊4日の食事のメニューを決めて置かなければ出発してからではとても間に合わない。
食材の値段もある程度ネットでチェックして予算内に少し余裕を持って計画しなければいけない。夜が3食分、昼は2食分、朝は3食分だ。 朝食は好みもあるので事前に和食か洋食か選んでもらってそれを分担して作ろうという事になった。 昼食の1回はカレーライスにしようということになった。 『全部カレーでいいじゃん!』という意見もあったが、作るほうは簡単だが食べる側に自分達もいるんだと却下された。
そこで、最後の日は流石にみんな疲れるだろうから、2日目のお昼と3日目の夕食はカレーでどうか?という意見が採用された。 輝は女性たちが話し合っているのを静かに聞いていて、自分に大きな不満がなければ彼女たちの意見に従おうと思っていた。
朝食のメニューは洋食の人はトーストとオレンジジュース(苦手な人のためにミルクも用意)それにスクランブルエッグとベーコンにミニサラダ これで3日間行こうと決まった。
和食は 鮭と鯵の焼き魚を交互にお味噌汁とご飯と白菜とほうれん草の御浸で決まった。
最初にメニューを決めておいて事前に予約してもらうことにした。
昼食の1日目はカレーに決まったが2日目を何にするかみんなで考えた。 最初はドリアかグラタンという意見もあったがオーブンの大きさを考えるとかなり無理がある。
みんなの意見が詰まったので、輝が 『じゃチキンライスとオニオンスープくらいでどうかな?』と切り出した。『オムライスにしたいとは思うけど流石に人数分ロールするのは俺一人じゃ無理だからみんなが自信あればオムライスのほうがいいけど・・・。』 すると涼が『私そんなにうまくはないけど出来ます。』と言ったが他の女の子たちは『自信ないな・・・』 ということで『でもチキンライスならできそうだしオニオンスープもそう手間がかからなさそうでいいね~』という事になりそれに決まった。
輝がフレンチでバイトをしてると知ってたのは実は涼だけだった。 涼は渉の近所に住んでて中学も同じで時々帰りが一緒になる。その時輝の事を聞いたらしい。
輝はクラスメイトにもバイトの中身はほぼ話してなく渉がしつこく聞くので仕方なく話した程度だった。
オムライスの話をしたとき俺一人じゃ無理だからとつい輝は口走ってしまった。それを他の女の子が『水主君俺一人じゃ無理って言う事はかなり出来るってことだよね?』と突っ込んできた。
輝はあっと思ったが 『まあそれなりに。』と答えた。
すると隣で聞いてた涼が『水主君はたぶん私たちより全然凄いよ。 だって中学時代からフレンチでバイトしてるらしいから。』 すると、『おおー』と重なるように他の女生徒たちが歓声にも似た声を上げた。
輝は涼がなんで知ってるんだと思ったが、渉か・・・。と諦めた。
夕食の2日分がまだ決まってない。
涼が輝のバイトの話をしたので他の女生徒から『水主君なんかいいのないかな~?』と意見を求められた。
輝は仕方なく『一日はハンバーグはどうかな?』と言った。『ハンバーグなら事前にフライパンとオーブンで焼いておいてアルミホイルに包んでおけばそんなに冷めずに出せるし、少し冷めてると感じたものはレンジで20-30秒温めれば出せると思うから。 ソースはケチャップとオイスターソースととんかつソース それにマヨネーズと少し甘味にオリゴ糖があれば人数分位は俺が簡易で作るし。 ホテルのキッチンはフードプロセッサーもあるみたいだし、そう難しくは無いと思うよ。』 そういうとまた おお~とみんなが声をあげた。 涼が『いいね~ これからのためにも私も水主君に教えてもらって作れたらうれしいし。』 するとみんなも 『そうね。』『いいね!』と声をあげた。
『付け合せはジャガイモを圧力鍋で蒸して水気を取ってフライパンで焼いて塩振って、それもアルミホイルに包んでおけばいい。 あと今の時期しめじが安いみたいだからそれも直前に塩コショウでソテーして人参は圧力鍋で少し下茹してからグラッセとかでどう?』
またしても歓声が上がった。 『なんかすごい豪華!』『本格的!』 『でも私たちでできるかな~?』
輝は 『そう難しくないから俺が言う通りにみんな手伝ってくれればそんな時間かからないよ。』と言った。
一人の女生徒が、『水主君がいて良かった~ 頼りになるよね~』と言って、みんな うんうんとうなずいている。
後、1食分夜のメニューを決めれば全てメニューが決まる。
その時 また一人が 『ねえねえ フレンチでさー なんか簡単に出来そうなのないの?』と言った。
みんなの視線が輝に集まった。
輝は『フレンチは余り簡単なのが少ないから、最後はパスタくらいでいいじゃん。』と言った。
『そっか~ でもパスタだったら寸胴鍋の大きいのもあるみたいだし食事のメニューのバランスもなんかいい感じだしいいよね!』 とまた別の女生徒が言うと、 うんうんとみんなうなずいてもう1食はパスタに決まった。
『パスタは何にする? ねえねえ水主君パスタなにがいいと思う?』
輝は『予算と材料がそろうならアサリのスパゲティがいいけど難しそうならナポリタンでいいんじゃないかな?』と言った。 すると別の女の子が『私アサリがいいから買出しに行くスーパーの名前先生に聞いてスーパーの人と交渉してみる!』と言った。
こういう女性がいると何かと助かる。
『じゃあさ 必要な食材と量をチェックして事前にスーパーと交渉してくれたらもっと助かるわ。』と輝が言うと 『わかった! 私やってみる!』と言ってくれた。これで買出しも容易になる。
スーパーの人、できたらホテルまで持って来てくれないかな~ そしたら買出し行かなくてもいいし。』
うんうん じゃそれも頼んでみるね!』
今はネットスーパーとかもある時代なのである程度の量があればそのくらいしてくれる可能性も十分ある。 渉がついてきてくれるとは言え、女の子が多いなかで買出しとかしたくないなと思っていた、輝にとっては買出しがなくなればすこしほっとする。
彼女が頑張ってスーパーの人と交渉してくれたので食材も1日分ずつ早朝に届けてもらえる事になり、予算もかなり彼女の交渉術が長けていたのか思ったより安くすんで余裕があればデザートくらい作れるかも知れないほどだった。 そして2日目の夕食はあさりのスパゲティとカボチャで作ったカボチャのクリームスープに決まった。
お嫁さんにするなら容姿はともかくこういう子は頼りになるなと輝は思った。
料理担当の集まりも終わり来週はいよいよ林間学校だ。
第二話は林間学校での涼と輝の心の変化をメインに書きます。