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引きこもりたいお嬢様と名前もない生徒。

作者:

久しぶりのリハビリ的に。

○番煎じ感が否めませんが……

好きな婚約破棄ものを書きたかったはずなのに至りませんでした。

はじめ(一)から終わり(了)まで、という意味を持つ「子」という字を女児の名前に使うのは、鷹司たかつかさ家の決まり事であるとされる。それは長いときを経ても、ダサいと言われようが、古いと言われようが、変わることなく続いてきた。正直、名前だけであれば、鷹司家の者であるとバレないのはいい。この家名は面倒なのだ。


(ーーーま、学校じゃ隠しようがないんだけど。)


「百合子様、ごきげんよう」

「百合子様、教室までご一緒してもよろしいですか?」

「百合子様」

「百合子様」


(あー、うん。うっとおしい。)


にっこりと少しだけ首をかしげながら微笑み、「皆様、ごきげんよう」と返す。


(うっとりしない。うっとりしない。私、女。同性。)


「わたくし、風紀委員会に用事がありますの。通してくださるかしら?」





(あー、毎朝飽きないのかしら?慕ってくれるのは嬉しくない訳じゃないんだけどさ。)


鷹司百合子。16歳。私立聖クラウス学院高等部1年。歴史あり、地位あり、財力あり、もはや何でもあり、の鷹司家の第3子で次女。少し栗色がかった艶のあるセミロングの髪をハーフアップにし、たれ目気味の瞳は鳶色、雪のような白い肌、ふっくらとした唇は桜を思わせ、上品さと優美さを常に醸し出す、ザ・お嬢様である。


コンコン

「はい。」

「鷹司です。」

「どうぞ。」

そっとドアを開けると、すらりとしたスタイルのいい男子生徒がひとり。精悍というよりも柔和で、人に好かれそうな顔立ちだ。開いたファイルからちらりと視線を向けて百合子を確認すると、ほんの少しだけ空気が和らいだ気がした。

「ご機嫌ななめかな?百合ちゃんは。」

「……他の人、いないのね。すばる兄さん。」

「うん。今は僕ひとりだよ。」

「朝からうっとおしかったから、逃げてきちゃった。」

「おやおや。」

「コーヒー入れてあげるね。」

「ありがとう。嬉しいよ。」

百目鬼どうめき昴は、聖クラウス学院高等部の3年生で、現風紀委員長を務めている。百目鬼グループは警備関係の分野でトップのシェアを誇り、警察との関係も深い。割とおっかない家のはずだが、昴は母似なのか柔らかい物腰の青年だった。

「うん。百合ちゃんはコーヒーも入れるの上手だね。美味しいよ。」

「昴兄さんくらいよ。そんなこというの。」

「そうなの?皆、照れ屋なんだね。」

正確なことを言えば、百合子が手ずからコーヒーや紅茶の類いを入れるのは昴にだけなのだが、そこは伏せておく。

百合子と昴は、婚約者同士だ。許嫁と言ってもいい。百合子が4歳、昴が6歳のときに、両家の業務提携が軸となって結ばれた。俗に言う、政略結婚である。

とはいえ、幼い頃から兄(10歳年の離れた兄よりもよっぽど身近な存在だ)のように慕ってきた相手だ。「将来昴くんと結婚するのよ」と刷り込まれてきたせいもあり、百合子に異論はなかった。

何より。

「あー、引きこもりたい……。」

「うん。大学を卒業したらね。」

長机に突っ伏しながら願望を口にする百合子を、昴は決して咎めないし、むしろ応援してくれる。戯れ言と一蹴するのではなく、それが百合子の本当の望みであると知っているためだ。

百合子の両親も、兄も姉も、皆華やかで社交を好む。ただ自分だけがそれが苦手で、部屋でひとり、読書や手芸や、アニメやパソコンに興じて過ごしたいというのが理解されない。表面的には苦手感を出さないようにしているので、身内以外に知っている人は少ないが。

「僕も格闘技なんてしたくないよ。」

百合子の頭をゆっくりと撫でながら、昴も呟く。どうも小さい頃から、昴は百合子の髪に触れるのが好きなようで、ふたりきりのときはいつもそうしている。

「……まだ年単位で先ねぇ。」

昴も昴で、警備関係の家の者らしく、護身術から始まり、剣道や柔道、合気道、空手、ときどきテコンドーなど、幅広く習わされている。細身ながら、制服の下にはしなやかな筋肉が隠されているのだ。昴の家系はがっちりマッチョや隠れマッチョばかりだ。

「……頑張ろうか。」

「……ええ。頑張ります。」


ふたりは個人的に、契約を結んでいる。

曰く、『お互いの利のための契約(婚約に関する事項)』である。







だから、これは異様な事態だ。


(ーーーっていうか、誰?)


「い、家の決めた婚約なんて……昴が可哀想よ!貴女が無理矢理進めたって話じゃないの!昴には想ってる人がいるのに、よく平気ね!貴方みたいな人、厚顔無恥って言うのよ!わかってるの?!」

最初こそビビり気味だった女生徒(おそらく3年生)は、次第にヒートアップしてきたのか、矢継ぎ早に言葉を重ねる。下級生に対してはセーフかもしれないが、百合子相手にはアウトの物言いだ。周りが青ざめた顔色になっていく。


(こういうの新鮮、だけど。んー、顔、見覚えない。)


「ちょっと、聞いてんの?!」


ちなみに、場所は昼食時のカフェテリアである。

いつもの定位置・・・でランチをしようとしたところ、現れた人物に口を挟む間もなく、百合子はぽかんと呆気にとられてしまった。


「あの」

「何よ!」

「わたくし、鷹司百合子と申します。どちら様でしょう?お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「は……?」


ぽかんとしたのは、今度は相手の方だった。その顔は、まぁ可愛らしいとは言えるが、百合子には到底及ばない。

百合子は周りから、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現しているとさえ言われている。所作もお手本とされることが多く、多少おっとりとしていることを雅だと言われてしまえば、欠点は見つけるのが難しかった。

そもそも挨拶もしたことのない相手だ。知らぬ人間にいきなり突っかかられ、声を荒げられ、言いがかりをつけられ、百合子は困惑していた。


どこかで・・・・お会いしましたかしら?」


心底心当たりがないといったように、百合子は首をかしげた。どこまでも上品さを失わず、たおやかなご令嬢然とした所作は見事と言っていい。

たまらず、周りからほぅとため息がもれる。


「わたしを知らないですって?いつも昴と一緒にいるのよ!貴女の耳にも入っているはずでしょう?!」

「そうおっしゃられましても……。」


昴の近くに、こんな人いただろうか。

うーん、うーん、と唸りはしないも頭をフル回転させるが、とんと記憶がない。


(うん。あれだ。興味が塵ほどもないんだわ。)


百合子と昴の婚約は政略的なものだ。どちらにも利があるよう、仕組まれている。それに加え、百合子と昴は個人的に契約を結んでいる。


だから。


(昴兄さん以外から、何を言われても信じるに値しないわ。)


「とにかく!貴女、昴を解放しなさい!すぐに!親の力に頼って他人の人生を思い通りにしようだなんて、恥知らずよ!」

「まぁ。」

びっくりしながら、百合子は考える。カフェテリアは幼稚舎から大学院まで、学院に在籍している者であれば使用できる。さすがに中等部までは教室で食べることが推奨されているため、今この場にいるのは高等部よりも上の生徒が主だろう。それが、百合子と彼女のやりとりを目撃している。教員を呼んだ方がいいのではと小さく話しているのもちらりと聞こえた。


(まずい。親呼ばれるとか面倒くさいだけじゃない。)


そこへ。


「百合ちゃん。」

いつも整えられている髪をわずかだが乱し、昴が駆けてくる。


珍しく、息も乱して。


「昴兄さん?」

「大丈夫?この女に何か言われた?あぁ、そんな困った顔しなくていいんだよ。大丈夫だから。ね?」

「え、ええ。」


(ーーーあれ?何か、ちょっと……。あれ?)


「昴!大丈夫よ!親の言いなりになんてならなくていいの!貴方は自由なんだから!」

「ランチ、途中だったんだね。冷めてしまったんじゃない?違うものを頼もうか?今月から期間限定でパンケーキが出てたと思うよ。百合ちゃん、甘いもの好きでしょ。」

「ええ……好きです、けど。」

「わたしが貴方の隣でずっと支えてあげる。だから、素直になって!」

「じゃあ頼んでくるね。少し待ってて。」

「それは構いませんが……その。」

「うん?どうかした?」

「あの、この方は放っておいてよろしいのですか?」


そう、昴は最初から百合子にだけ視線を向け、百合子にだけ話しかけ、百合子にだけ笑いかけた。


「やだなぁ。百合ちゃん。」


(ーーーあれ?やっぱり、あれ?)


「百合ちゃん以外なんて、目に入らないよ。ごめんね。僕の害虫駆除が行き届いてなかったね。」

「え……?」

「大丈夫だよ。百合ちゃん。もう虫はいない・・・・・から。」


ぱっと見ると、先程までの騒がしさが嘘のように静かだった。昼休みも残りわずかになり、生徒たちは徐々にカフェテリアから出ていく。


そして、女生徒の姿もない。


「あら?」

「百合ちゃん、次の授業は出なくても大丈夫なように先生に言ってあるから。しっかり食べて。僕も一緒だからね。」

「え、ええ。……お昼を一緒になんて、久しぶりね。嬉しい。」

「うん!僕もだよ。」


そう言ってぱっと笑うと、昴は注文をしにカウンターへと行ってしまった。

百合子はすっかり冷めてしまったランチプレートをウェイターへ下げてもらう。正直、そこまでお腹が空いているわけではなかったが、期間限定のパンケーキは魅力的だったので、大人しく待つ。


(先程の方、結局誰だったんだろう?)


ぼんやりと、百合子は考える。だがそれも、昴が笑顔で戻ってくると遠い彼方にいって消えてしまった。






百合子は知らない。昴が害虫駆除・・・・と称して、百合子に近づく邪魔物を遠ざけていることを。(朝うっとおしがられる集団はまだセーフ。直接害はなく、昴のところに来る理由にもなっているので。)カフェテリアのいつもの定位置は、昴がたいていいる風紀委員の部屋から、よく見えることを。

百合子に絡んでいた女生徒は、自称・・昴の彼女だったが、百合子だけでなく、昴からも認識されていなかった。翌日には転校したらしく、誰も姿を見なかったそうだ。


さてさて、百合子と昴の契約。百合子は社交に出るのは最低限にして引きこもりたい。昴は後ろ楯を得て開発者になりたい、という建前の元、百合子を自分の鳥籠に入れてしまいたい。



秘密の契約は、ふたりを幸せにするだろう。


鷹司百合子(16歳)

学院で注目のお嬢様。令嬢の鏡のように思われている。本人は注目されずに引きこもりたい。

婚約者である昴のことは兄として慕っている。結婚することに異論はない。初恋があったのか不明。基本的にぼーっとしているが、反射的に身に付いている所作が隠れ蓑になっている。


百目鬼昴(18歳)

風紀委員長で隠れ猛者。格闘技全般何でもござれ。人に好かれそうな顔立ちの裏で、結構腹黒い。害虫駆除と称して、気づかれないよう、百合子の周りを都合のいい人間で固めている。初恋をこじらせて百合子一筋。もうちょっと百合子にときめきを感じてほしい、今日この頃。


名もなき生徒(18歳?)

自称昴の彼女(笑)その実、百合子にも昴にも認識されていなかった。おそらく自由恋愛主義。


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