表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
11 愛しい人
60/62

11-1 求婚

 離宮に戻るのは、アフタルやラウルの体力が戻ってからと決まった。

 これまで素知らぬふりを決め込んでいた大臣たちは、アフタルを大公に叙任するために慌てて動き出した。

 王家の不祥事、王国の腐敗。さすがに事なかれ主義を貫くことはできなかったのだろう。かりに王制を打倒しようと庶民が蜂起すれば、貴族である大臣たちの身分も危ないのだから。

 王女がサラーマを支援する国の大公となる。それはめでたく、喜ばしいことだ。


「……ん」


 寝返りを打ったアフタルが、ゆっくりと瞼を開いた。早朝の光に照らされて、深緑の瞳が美しく見える。

 まだ半分眠りの中にいるのか、アフタルはぼうっとした表情をしている。

 なのにシャールーズの姿を認めてにこっと微笑んだ。とても嬉しそうに。


「よかった……」

「なにがだ?」

「あなたがいてくれて。夢じゃなかったんですね」

「なっ!」


 シャールーズは慌ててアフタルに背中を向けた。

 そんな素直な言葉を投げつけられたら、どんな顔をしていいのか分からなくなる。


(参ったな)


 しばらく離れていたからか、アフタルの素直さが一つ一つ胸を貫く。

 まるで乙女のように、とくん……とか音がしそうだ。


(ああ、俺は彼女のことが大好きなんだな)


 今更だが、改めて自分の気持ちに気づく。

 とんとん、と背中をつつかれてふり返ると、アフタルが不安そうな表情を浮かべていた。


「わたくし、何か失礼なことを言ってしまいましたか?」

「言ってねぇ」


 それでもまだ浮かない顔で、アフタルが上体を起こす。寝間着の胸元から覗く、花びらのような痣。肌の色が薄いからか、今も痕が残っている。


「アフタル」


 シャールーズはアフタルに向き直った。その声が真剣だったからなのか、アフタルはベッドの上で姿勢を正して座った。

 ただふかふかのベッドなので、正座で座り続けるには、体のバランスが要求されるようで。ともすれば右に左にと傾く体を、なんとか立て直そうとしている。


「……場所が悪いな」

「場所ですか? では、どこで」


 シャールーズはアフタルを抱き上げると、窓辺に向かった。

 開いた窓から見える王都の空は、茜色に染まっている。

 アフタルを椅子に降ろし、自身はその前に立つ。


 何か真面目な話があるのは察しているらしく、アフタルは神妙に椅子に座っている。畏まった様子で。

 まるで叱られるのを待っている子どもだ。


「ああ、もう。そんなに硬くならなくていいから」

「は、はい」


 返事する声が裏返っている。

 どうせ、あれだろ? 寝相が悪くて、シャールーズを蹴とばしてしまったのかしら。とか考えてんだろ?

 などといらぬことを考えてしまうあたり、シャールーズもまた緊張している。本人は気付いていないが。


 雲間から指す光が、窓際に座るアフタルの髪を輝かせている。

 シャールーズは彼女の前にひざまずき、その手を取った。

 そして白い手の甲にくちづける。


「俺と結婚してほしい」


 アフタルは瞬きを繰り返すばかりで、返事をしない。

 沈黙が辺りを支配する。


「……いや、大公になる方が重要なのは分かってるんだけどな。だから今すぐというわけじゃなくても。俺は何年でも待つから」

「嫌です」

「はっ?」


 思わぬ返事に、シャールーズは我が耳を疑った。まさか断られるとは思わなかった。一瞬にして、地の底に落とされた気分を味わった。

 やはり嘘をついて突き放したのが、アフタルの心をいたく傷つけたからか。


「……何年も待つのは、嫌です」

「え、そっちなのか?」

「他に何かあるのですか?」


 反対に問い返されて、シャールーズはがくっと肩を落とした。

 だよな。このお嬢さんはいつだってまっすぐに、自分のことを好いてくれていたんだ。

 それがどれほど幸せなことか。改めて噛み締める。


「わたくしからのお願いも聞いてくださいますか?」

「どうぞ」

「結婚したら、毎朝、おはようのキスをしてくださいね」


 予想外の願いに、シャールーズは瞬きをくり返した。


「それは構わないが。なんで、また?」

「だって、喧嘩をしてもちゃんと仲直りができるでしょう? それに……わたくしが……その、嬉しいからです」


 アフタルの頬が朱に染まる。まるで朝焼けを映したかのような色だ。


「えっと、ですね。大公になっても、シャールーズが朝のキスをしてくれたら、一日頑張れるって思うんです」


 自分で口にして恥ずかしいのか、アフタルは両手の指を組んで、もじもじと動かしている。

 シャールーズは、ふっと笑みを浮かべた。


「じゃあ、今日が約束の一日目だな」

「まだ式を挙げていませんよ」

「やっぱり、俺も待っていられない」


 椅子の肘掛けに手をついて、シャールーズは身を乗りだす。

 そして柔らかなアフタルの唇をふさいだ。

 最初は戸惑うようにシャールーズの肩に触れていたアフタルの手が、背中に回される。


「俺のアフタル……」


 キスとキスの合間に、シャールーズは囁いた。

 朝の風に乗って、ジャスミンが甘く香った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ