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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
9 拘束
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9-5 呆れてものが言えない

 今朝は、王宮が騒がしい。

 高い塔の上からでも、ざわめきが聞こえてくる。


「ティルダードが、自室に軟禁されたのだ」


 シャールーズに事情を伝えに来たのは、ササンだった。


「ワインの件でか?」

「そなた。相当あの女に気に入られておるようだな。じきに、この檻からも解放されるのではないか?」


 面白がるような口調で、ササンが格子の向こうから声をかけてくる。


「そもそも、なんで俺が幽閉されてんのか、分かんねぇんだけど」

「本当に分からぬのか?」


 じれったい物の言い方をする男だ。しかも上から目線だし、近衛騎士団に属している割には、王子のことも呼び捨てだし。正妃の従弟という自尊心からなのか。それだけとも思えないが。


「己で考えろと言いたいところだが、毒のせいで頭も回らぬだろう。ティルダードは、そなたを人の医師に診せるとまずかろうと判断したのだ」

「俺が、精霊とばれるってことか」

「さよう」


 ササンは鷹揚にうなずいた。


「エラは精霊に対して容赦がない。ミトラ……であったな。コーネルピンの精霊は。彼女のように狙われる可能性があるということだ」


 だからといってラウルのことは憎むのに、自分のことをかばおうとするティルダードの気持ちが分からない。

 いや、ラウルに対しては拗ねているのかもしれないが。


「素直じゃねぇな、あいつ。こじらせすぎだろ」

「そなた、ティルダードのことを子どもだと思っておろう?」

「そりゃ、まぁな」


 ふっ、と馬鹿にしたような笑いを、ササンが浮かべる。


「なんだよ!」

「いや、素直なだけの子どもが、成長すればその素直さを恥ずかしいものと感じることもあろうかと、思ってな」


 まるで子育てを経験したかのような、物言いだ。

 ササンは、子どもがいるようには到底見えない青年なのに。


「ああ、これを返しておこう。必要な事態もあるだろうからな」


 格子の間から、長剣を渡される。アフタルの部屋に置きっぱなしになっていたものだ。


「鍵は開けてもらえねぇのかよ」

「ティルダードが幽閉されている状態で、この牢の鍵が開いていたとなれば、エラが不審に思うであろう?」


 なるほど。確かにエラの味方のふりをしていた方が、自由に動けるよな。

 シャールーズは納得した。


「まぁ、せいぜいあの女に気に入られておくことだ」

「無茶言うなよ。貞操の危機を感じてんだぜ、俺」

「ははっ。そなたからは縁遠そうな言葉だな。それとついでに伝えておくが、王宮に不審者が侵入したらしいぞ」

「ついでって。あんた、近衛騎士団の副団長だろうが」


 おいおい。こいつ大丈夫かよ。

 去っていく細い背中を、シャールーズは呆れながら見送った。



 しばらくすると、慌てた様子でエラがやって来た。塔の階段を駆け上がったのか、化粧が流れるほどに汗をかいている。もういっそ化粧などしない方が、いいのではないかと感じるほどだ。


「シャルちゃん。大変よ。賊が侵入したの」

「賊?」


 さっきササンが言っていた件か。


「賊ってどんな奴らだよ」


 格子に手をかけ、シャールーズはエラに顔を寄せる。それだけでエラは頬を染めた。

 いい年をして、そういう反応をされても困る。

 これが演技なのか、それとも根は純情なのか分からないが。


(ま、気に食わない相手を毒殺しておいて、純情もないか)


「むさくるしい剣闘士よ。アフタルが手引きしたらしいわ」

「アフタルが?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。しばらくは唇を噛んで我慢していたが、とうとうシャールーズは笑い出した。


(何やってんだよ、アフタル。どんだけ突き放しても、やってくるんだよ)


 ティルダードを救いたいから、自分に冷たくされようが、諦めないのだとは思うが。

 精神がタフすぎるだろ。儚く頼りない見た目に反して、あいつの中には剣闘士のおっさんが入ってんじゃねぇのか?


「俺をここから出してくれよ」

「だめよ、シャルちゃん。外は危ないわ」

「俺が剣闘士にやられるとでも?」

「アフタルが狙っているのよ。あの子を裏切ったあなたを、きっと許さないに決まっているわ」


 エラは人差し指で、シャールーズの唇に触れた。

 この女の考えることは分からん。

 唇を指でふさがれたまま、シャールーズは途方に暮れた。


(なんで、俺の取り合いになってんだ? アフタルは別に俺を取り返すために、剣闘士に王宮を襲撃させてんじゃねぇだろ。どこまで俺を囚われの姫扱いしてんだ)


 呆れてものが言えない。

 だが、エラはさらに斜め上の思考をしていた。


「大丈夫よ、シャルちゃん。アフタルは私が始末してあげるわ」

「はぁぁ? なんだ、それ」


 ◇◇◇


 裏門から王宮に入ったアフタルとラウルは、ティルダードの部屋へと向かった。

 行く手を阻む衛兵を、剣闘士達がなぎ払ってくれる。

 王宮内でサラーマとカシアの兵が戦っている状態なのだから、考えてみると恐ろしい。しかもカシア側の兵を率いているのは、サラーマの王女であるアフタルなのだから。


「まぁ、裏切り者とそしられても、文句は言えませんよね。以前のわたくしなら、誹謗中傷に傷ついたと思いますが」

「そうですね。アフタルさまは、ねんねでいらっしゃいましたから」


 アフタルと共に進んでいるミーリャが、妙なことを口走った。


「ねんね……?」


 耳にしたことがないが。カシアの言葉だろうか。俗語なら辞書にも載っていないから、知らなくて当たり前かもしれない。

 ミーリャは時々、珍妙な言葉を使う。


 広間に入ろうとした時、ラウルに腕を掴まれた。そのまま後ろに引っ張られる。

 突然、一斉に矢が降ってきた。

 石の床に跳ね返った矢が、四方八方に散る。


「お怪我はありませんか?」

「ええ、ラウルのおかげです」


 そう答えると、ラウルはにっこりと微笑んだ。


「俺に任せておけ」


 刀身が曲線を描いた剣を持ち、カイが広間に突っ込んでいく。剣闘士が用いる丸い盾で矢を避けながら、一気に階段を駆け上がっていった。


「危ないっ。カイ!」


 ミーリャが叫んだ。

 まだ階段を上りきらないカイの背中に向けて、矢が放たれる。カイはとっさにふり返り、その矢を剣で叩き落とした。

 仲間の剣闘士が、広間へと駆けつけた。


「よ……よかったぁ」


 へなへなと力なく、ミーリャが床に座りこむ。

 大事な人を想う気持ちが、痛いほどに伝わってくる。

 ミーリャは母親との決別を覚悟して、味方についてくれているのだ。それに憎まれ口を叩くほどに親しいミトラも、今はいない。

 押し込めていた寂しさが、カイの危機で溢れだしてしまったのかもしれない。


 アフタルはミーリャに手を貸して、彼女を立たせた。


「参りましょう。皆さんとの約束を果たし、まだ寂しがっているティルダードを救いましょう」

「アフタルさま……」

「なにか?」

「いえ」


 シャールーズのことをアフタルが口にしないからなのか、ミーリャが怪訝そうな表情を浮かべる。

 忘れたわけではない。忘れられるはずがない。

 でも、自分がすべきことをまずは優先させなければ。


「ここは俺達が食い止める。今のうちに、先に進め」


 カイに命じられ、アフタル達はティルダードの部屋を目指した。


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