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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
8 出発
47/62

8-7 興味などない

 シャールーズは観客席から、決闘を眺めていた。

 アリーナの真ん中で、砂混じりの風にスカートを翻しながら立っているのはミトラだ。

 乱れた赤毛を手で押さえ、倒れた剣闘士を凝視している。


「これで文句ないわよね」


 そんな言葉が聞こえた。


「あら。真下にいるのはアフタルではなくて?」


 けばけばしい帽子をかぶったエラが、閉じた扇子でシャールーズの腕をつついた。

 派手なピンクの帽子に巨大な黒いリボン。さらにそのリボンは背中に長く垂れているので、踏んづけやしないかと不安になる。


(まぁ、こいつが転んでも護衛が助けるだろうけどな。俺にしがみつかれたら、困る)


「シャルちゃん!」


 ぱしん、と扇子で叩かれた。


「その呼び名はやめろ。虫唾が走る」

「あら、どんなにいきがっても、私から見ればあなたなんて可愛いものよ」


(うう。つらい。なんで俺はこんな苦行に耐えなきゃならないんだ)


 シャールーズは静かに瞼を閉じた。今は闘技場の観客席だから、風がきつい香水のにおいを紛らわせてくれるが。


 とにかくティルダードをこいつの側から、離さなければならない。

 そのためにやむなく、王宮で暮らしているが。


「ねぇ、シャルちゃん」

「だから、普通に呼べよ」

「ほんと、あなたって生意気で可愛いわね。私は年上で、しかも王族なのよ。少しは敬いなさいな」


 あー、はいはい。すみませんね。こっちは、生まれたのは百年くらい前ですけどね。眠りこけていたもんで。若造で申し訳ありませんね。

 まともに会話するのも嫌になる。


「ほら、あそこ。アフタルがいるじゃない。あなたがこの間まで護っていた。もういいの?」

「興味ねぇな」

「あらま。冷たい護衛だこと」


 ほほほ、とエラは満足そうに笑った。化粧が濃いから、目尻のしわが目立っている。


「ふーん。シャルちゃんったら拗ねちゃったのかしら。アフタルと一緒にいるのって、ティルダードのお目付け役じゃない」

「そうだな」

「身を引いたのね。かわいそうに。大丈夫、私があなたを雇ってあげるわ」

「そうだな」


 深く考えるのも面倒くさいから、シャールーズは適当に同じ返事をくり返した。

 幸いにも、シャールーズとラウルに関しては二人が宝石精霊であることがばれていない。

 正妃パルトと側室のタフミネフについていたヤフダとミトラは、精霊であるとエラは知っているが。

 まぁ、人のふりでもしておくのが一番だろう。


 エラの隣に、長い銀髪を一つに結んだ男が現れた。近衛騎士団長のアズレットだ。


「あの赤毛の精霊。邪魔よね」


 エラは何も命じたわけではない。なのにアズレットは、背の矢筒から矢を引き抜いた。


(おいおい、マジかよ)


 かつてシャールーズは背中に矢を受け、怪我を負ったけれど。あれは相当距離があった。今のアズレットとミトラの間には高低差はあるが、距離はさほど離れていない。


(こんな場所から射られたら、あいつ割れちまうぞ)


 息を呑むシャールーズを、エラが冷たい瞳で見上げている。

 いけない。感情を読まれるな。心を乱すな。

 アフタルやラウルは、王宮に入りこむことが出来ない。自分だけでも、意地でも王宮内に残らないといけないんだ。

 エラを見下ろし、シャールーズはにやりと笑みを浮かべる。


「どうせなら、派手な方が楽しいぜ。矢が飛んできて、あの赤毛が倒れても、観客は状況が分かんねぇだろ」

「シャルちゃん?」

「分かりやすく倒すなら。決闘だろ?」


 済まねぇな、ミトラ。

 観客席とアリーナを隔てる壁を、ひらりと乗り越えて、シャールーズは地面に降り立った。


「そこの赤毛。俺と闘え」


 双子神(ディオスクリの剣を鞘から抜き、ミトラを睨みつける。ミトラは無言でうなずいた。


「シャールーズ! どうして?」


 背後から聞こえる悲鳴にも似た声は、愛しい人のものだ。

 ふり返るな。決意が鈍らないためにも。

 砂をまき散らしながら、走ってくる足音が聞こえる。


「来るな!」

「シャールーズ……」

「聞こえなかったのか? 俺は離宮で別れを告げたはずだ」

「……嫌です、わたくしは」


 かすれる声。涙をこらえているのが分かる。


(なんで聞き分けがないんだよ。おとなしく待ってりゃいいのに)


 主の願いよりも、主の安全を守るのが精霊の務め。

 今はラウルに託しているから、アフタルの安全は守られる。そう考えたからこそ、彼女の願いを叶えようとしているのに。


(……この、馬鹿娘)


 言いたくもない言葉を、言わなければならなくなるじゃないか。

 お前のことを、傷つけたくなどないのに。

 細くて華奢な指が、シャールーズの手に触れた。温かく、馴染んだ感触。

 今すぐにもふり向いて、抱きしめたくなる。

 けれど、それはできない。


 シャールーズは奥歯をぎりっと噛みしめた。


「わたくしも一緒に連れて行ってください。お願いです。足を引っ張ったりしませんから」

「……邪魔だ」

「え?」

「今、すでに俺の邪魔をしていると分からないのか」


 冷たく言い放ち、アフタルの手をふり払う。ぱしん、と音がするほどに。

 きっとアフタルの手は赤くなっているだろう。鈍く痛んでいるはずだ。

 シャールーズはきつく瞼を閉じると、天を仰いだ。闘技場の形のまま、楕円形に切り取られた空。

 まるで自分の心のように、ぽっかりと穴が開いているかのようだ。


 双子神ディオスクリの剣を地面に突き立て、素早く腕を動かす。

 舞いあがった砂が落ち着いた時、地面には横一文字に線が刻まれていた。


「この線から入ってくるな」

「待ってください」


 線を越えて進むシャールーズを、アフタルはなおも追いかけようとした。

 シャールーズは剣の切っ先を、アフタルに向けた。


「俺は入るなと言った。命令だ。従え」

「シャールーズ……」

「俺は、あんたにもう興味がない。つきまとわれると迷惑だ。そんなことも分からないのか」


 アフタルの瞳から光が失せる。

 口から出ていく言葉が刃となり、アフタルの心を切り刻んでいくのが分かった。


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