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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
8 出発
46/62

8-6 決闘

 急遽、闘技場の出し物は変更された。


「お集りの皆さん。今日は特別な演目がございますよ」


 司会者が高らかに口上を述べる。


「なんと剣闘士とか弱い淑女の決闘です。いやー、世も末ですね。たおやかな女性を、じわじわと殺していくんでしょうか」


 闘技場から、どよめきが起こる。悲鳴のように聞こえなくもないが、どうにも期待に満ちた叫びだ。


「腕をもぎ取るんでしょうか。腹を掻っ捌くんでしょうか。ああ、恐ろしい、恐ろしい」


 歓声はひときわ、大きくなる。

 短剣だけでは対抗できないからと、剣闘士がミトラに剣をさしだしている。


「あたしって、か弱い淑女で、たおやかな女性なんだってさ」

「黙って、体を動かさずに足を揃えて座っていらっしゃれば、淑女に見えますよ。ミトラ姉さまは」

「アフタル。あんた、あたしに死ねって言うの?」


 どうしてそうなるのだろう。屈強なゲラーシーとの闘いは平然と受けるのに。ただ物静かに座っていることは、ミトラには解せないらしい。


「じゃ、後は任せて」

「頑張ってくださいね、ミトラ姉さま」

「心配無用よ」


 ひらひらと手を振って、ミトラは通用口からアリーナへと向かった。

 アフタルとラウル、ミーリャの三人は、アリーナの入り口で姉を見守る。


 砂に染み込んだ血のにおい、獣のにおいがする。

 向かい合ったミトラとゲラーシーは、すぐに剣を交えた。


「剣じゃないです。あれ、棒です」


 まさか、剣闘士の剣を断ったのか。姉さまは。


「何を考えているんですか。ミトラは」

「ど、どうしましょう。ラウル。いくら姉さまでも短剣だけで闘うなんて」


 アフタルは、ラウルの腕にしがみついた。だがラウルは、目をすがめてアリーナを見据えている。

 大声でわめきながら、ゲラーシーが飛び出した。振りかぶる剣を、ミトラはひょいひょいとかわす。

 そのたびにスカートの裾が翻り、まるで踊っているかのようだ。


「女だからと手加減はしねぇぞ」

「それはどうも」


 身軽なミトラに比べ、体の重いゲラーシーの動きは遅い。だが腕力では敵わないだろう。

 ゲラーシーの剣を、ミトラは釘つき棒で受けた。


「無理よ。あんなのじゃ」


 ミーリャが引きつった声を上げる。

 みしり、と木の裂ける音。次の瞬間、棒は砕け散った。


「あらま。新作なのに」


 掌が痛むのか、ミトラは手をぶらぶらと振っている。


「あのさー、釘を一本一本打っていくのって、結構大変なのよ。密度とか場所とか深さとか」


 軽口を叩いているけれど、ミトラの緑の目は真剣だ。


「姉さま!」


 アフタルは叫んだ。通用口に置いてあった剣を取り、アリーナに出ていこうとする。武器さえあれば、ミトラが負けるはずはない。


(でも、本当に?)


 アフタルの母の遺志だから、ミトラは自分のことを守ってくれているけれど。精霊の糧は、主の想いだとシャールーズは言っていた。


「ミトラ姉さま……」


 双子神ディオスクリの短剣を取りだしたミトラは、鞘を抜いた。

 その透きとおった柄が、仄明るく光る。

 にやっとミトラが笑みを浮かべた。

 ゲラーシーの剣が、ミトラの顔面目がけて突きだされる。地面を蹴ったミトラの体が、宙に浮かんだ。体をひねり、優雅な動きで後方に着地する。


「どうよ、ミーリャ。あたしだって『ひらり』って感じで着地できるんだからね」

「なっ……そういう問題じゃないでしょうが!」

「えー、面倒だなぁ。じゃあ今度は『すっ』っていう着地がいいの?」


 緊張感のないミトラの様子に、ミーリャは首筋も顔も赤くしている。


「いい加減にしてください。こっちは心配してるんですよっ!」

「心配? あたしのことを?」

「当り前じゃないですか!」


 ミーリャは目に涙を浮かべている。

 肩車で仲良くなったとは、到底考えられないけれど。

 ミトラが精霊と分かった今でも、以前から王宮に侍女として仕えていたミーリャには、思うところがあるらしい。


「あなたみたいないい加減な人でも、いなくなったら困る人がいるんでしょ。遊んでないで、さっさと決着をつけてくださいよ」

「もしかして、あたし……怒られてる?」


 ミトラは、ミーリャが感情を爆発させている理由が分からずに、首を傾げた。


「怒ってますよ。めちゃくちゃ、腹を立ててます。心配してるのが、分からないんですか?」

「分かった……気がする」


 うん、と自分を納得させるように、ミトラはうなずいた。


「久しぶりだわ。本気で怒られたのって。タフミネフが、あたしのことが心配だからって、よく叱られたけど。それと同じってことか」

「お母さまが?」


 アフタルは驚いた。

 タフミネフは、アフタルが幼い頃に亡くなったから。母のことを誰かから聞く機会は、ほとんどない。

 アフタルから尋ねることが、ないからかもしれないが。


「負けないでくださいよ」


 ミーリャがミトラに声をかける。その一言一言に、力がこもっていた。


「大丈夫。あたし、強いから」


 そう答えると、ミトラはゲラーシーに向かって突進した。そのまま短剣で切りつけるのかと思ったが、一瞬、ミトラがアリーナを取り囲む観客席に視線を向けた。

 つられてアフタルも観客席を見上げた。


「……っ!」


 声を出すことができなかった。騒いでいる観客の中を、前方に進む姿が見えたから。

 どんなに大勢の人の中でも、見間違えるはずがない。


「シャールーズ!」


 アフタルはその名を叫んだ。けれど声が届かない。アリーナに飛び出して、彼からも確実に見える位置に移動したけれど。

 シャールーズはアフタルの方を見てもくれない。ただ闘っているミトラを見据えているだけだ。


 その時、割れんばかりの歓声が起こった。

 ふり返ると、ゲラーシーが倒れていた。



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