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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
8 出発
43/62

8-3 謁見の間

 王宮に到着したシャールーズを出迎えたのは、ティルダードだった。

 彼はまだ即位してもいないのに、わざわざ謁見の間に通された。


(こういう部屋って、王と大使とかが会うための場所じゃねぇのかよ)


 アーチ型の窓が並んだ、だだっ広い部屋。木の床には、モザイク画で植物が描かれている。

 玉座は、低い階段を八段ほど上がったところにあった。

 緋色と金に彩られた玉座に、ちんまりと座るティルダード。シャールーズとの距離は遠い。


「お久しぶりですね。シャールーズさん」


 柔らかな金糸の髪、若草のような緑の瞳。その華やいだ見た目に変わりはないのに。表情だけが暗く陰鬱だ。


「お前……変わったな」

「無礼なことを言う人ですね」


 ぎろりと睨みつけられた。まだ十歳の少年だから背は低く、玉座には、ごく浅く腰掛けなければ、足も床に届かないほどだ。


「正妃から、これを預かってきた」


 シャールーズは手紙を取りだした。今のティルダードに直接何かを手渡すことは、できないようだ。従者が手紙を受け取ると、段を上り、それを恭しくティルダードに差し出す。


「それが本当の正妃からの手紙だ。王宮から離宮に送った伝書鳩は、鷹に襲われていたんだ。そのことは知っているか?」

「さぁ? 鷹は自然の生き物ですからね。鳩を襲うこともあるでしょう」

「それが意図的であったとしても? 正妃からお前に宛てた手紙は、途中ですり替えられていたんだぞ」

「へぇ」


 ティルダードは興味なさそうに、話を受け流す。

 とても十歳の子どもには見えない。ラウルが慈しんだ、あのあどけない表情の面影はどこにもない。

 ティルダードは、母からの手紙を開こうともせずに破り捨てた。

 丹念に破られた紙の破片が、ひらひらと床に落ちていく。


「それが答えか。お前を離宮へ……母親の元へ連れて行こうとしたラウルは、お前を守って傷を負ったんだぞ」

「でも、結局ぼくを置いていきましたよ」

「状況が許さなかったのだと、分かるはずだろ。お前は聡明な子だ」


 いや「聡明な子だった」なのか。

 突然、ティルダードはぱんっ!と手を打った。

 それまでの暗い表情から一転して、朗らかな笑みを浮かべる。


「シャールーズさんを、晩餐にご招待しますね」

「いらん。どうせ俺は何も食わねぇ」

「まぁ、そう仰らずに。お付き合いしてもらわないと、ぼく、一人で食事するのが寂しいんですよ」


 にこにこと、まるで面のように貼りついた笑顔。

 なんだ、こいつ。

 気持ち悪い。薄気味悪い変貌だ。


「それに、もし断ったら。うーん、そうだなぁ。エラ伯母さまに、内緒にしてることを話しちゃおうっかなぁ」

「内緒って、なんだよ」


 嫌な予感に、シャールーズは眉根を寄せた。


「決まってるじゃないですか。……の、ことですよ」

「聞こえねぇぞ」

「あれ? おかしいな。出てこない」


 喉の調子が悪いのかと、ティルダードは咳きこんでいる。


「……が、実は……だって。え、なんで?」

「お前、何が言いたいんだよ」

「シャールーズさん、あなたは宝石精霊でしょ。ヤフダ姉さまもミトラ姉さまも、だから彼も。ほら、ぼくの……あれ? どうして?」


 ティルダードは小さな両手で、頭を抱えた。


「分かってるんだよ? 名前も顔も、知ってるもの。さっきそいつの話をしたもの」


 ティルダードの言葉から、嫌味な慇懃無礼さが抜けた。焦っている証拠だ。


「そいつは、シャールーズさんと同じ……で、ぼくの……で、腹が立つから解除して。もうどうでもいいから」

「ふーん。契約を解除したから、そいつの名前が出てこねぇんじゃないのか?」


 なるほど。ラウルのことを忘れたか。いや、正確には覚えているが、口に出せない状態なのだろう。

 シャールーズは腰に手を当てて、ティルダードを見据えた。


「大事な奴を、簡単に切り捨てるもんじゃねぇな。やむにやまれぬ事情があるって、本当は分かってんだろ?」


 契約を解除されても、ラウルはティルダードの名を口にしていた。ならば、何かしら他の力が働いているのかもしれない。

 だが、それは悟られない方がよさそうだ。精霊をないがしろにした為と思わせておいた方がいい。

 そう、サラーマの人間にとって精霊の力は加護だが。カシアで長く暮らしていたエラにとっては、精霊の力は呪術だろうから。


(原因は分からねぇが、こっちにとっては好都合だな)


 ティルダードは癇癪を起こしたらしく、玉座の肘置きの部分をバシバシと叩いている。


「おいおい、貴重な王の椅子が壊れちまうぞ。大事にしろって教えられてないのか?」

「うるさい。ぼくに指図するな!」


 甲高い声が、謁見の間に響く。

 あの素直な少年は、どこへ消えてしまったのだろう。姉を国を守るために頑張っていたのが、この子の本当の姿だろうに。


「伯母さま! エラ伯母さまっ!」


 ティルダードは金切り声を上げた。

 謁見の間の扉が開き、カツカツと音を立てながら足早にエラがやって来た。


「あらまぁ、どうしたの。ティル」

「こいつが、ぼくに命令するんだ。何とかしてよ」


 エラは孔雀の羽根をだらりと顔の前に垂らしながら、うなずいた。


「そうね、ひどい男ね。招待したのは私だから、この私が責任を取るわね。それで許してくれるかしら、ティル」

「責任ってどんなの?」


 玉座から飛び降りたティルダードは、エラの腰にしがみついた。まるで母親にするかのように。


「もちろん、あなたの望むようにしますよ。ね、ティル。わたくしは、いつでもあなたの味方。ずっと一緒にいるでしょう?」

「……うん」


 ティルダードは、エラに抱きついたまま瞼を閉じた。

 以前は、ラウルに甘えていた。常にまとわりつき、くっついて。

 それが今は、エラに代わったのだ。


(実の母親である正妃に甘えない分、他の誰かを欲しているのか)


 互いに遠慮のある母子の関係を、エラは利用している。


(肉体的には誰もティルダードを傷つけない。精神的にも、傷めつけられているわけではないかもしれない。だが、子どもの寂しさにするりと入りこんで、信頼を得る。これがエラのやり方か)


 王都で見た、娯楽や快楽に酔いしれる民衆も、エラのことを悪くは言わないだろう。

 おそらく毎日が楽しいのだから。



 晩餐は辞退して、シャールーズはアフタルが使っていた部屋に入った。

 勝手に部屋を選んだシャールーズを、侍女たちは咎めたが。知ったことじゃない。

 馴染んだ部屋が一番だ。

 扉を開き中に入ると、懐かしい香りがした。


「あいつの香りが残ってるんだな」


 ジャスミンの匂いの空気を胸いっぱいに吸い込む。それだけで心が満たされる。

 いつかまた一緒に戻ってこれらる日のために。


「まずはティルダードのエラへの依存を、どうにかしないとな」


 窓を開け放ちベランダに出ると、宵闇の空にぼんやりと山脈を望むことが出来た。あの山の向こうは離宮のあるパラティアだ。


「あんまり寂しがるなよな。すぐに戻るから」


 荷物と一緒に持参した剣を手にすると、水晶の柄がほんのりと光を放っていた。

 双子の神が持っていたと謂れがある物だからだろうか。二本の剣は、互いに呼び合っているのかもしれない。


「入るわよ」


 ノックもなく、シャールーズの返事も待たずに、突然エラが現れた。

 夜用のドレスに着替えているが、これがまた年甲斐もない総レースの派手で高そうなドレスで。胸もとには、重そうなダイヤモンドのネックレスが輝いている。


「うへぇ」


 思わず口に出してしまった。

 こんな風に加工されて、嫌いなヤツの胸元を飾るような憂き目には遭いたくないな。


「サラーマは財政難じゃなかったのかよ。そのせいでアフタルをロヴナと無理矢理婚約させたくせに」

「この宝石もドレスも国の物ではなく、私のものよ」

「趣味のわりぃ金ぴかの馬車も、個人の所有かよ」

「ほほほ。あんな地味な小娘なんて捨てて、私の護衛にならないこと? あなたみたいな野性味に溢れた青年には、興味があるわ」


 ぞぞぞーっと悪寒が走る。

 まるで背中をムカデが這っているかのような感覚だ。


(頼むから、俺を獲物にしないでくれ)


 いろんな意味で、怖いんです。貞操の危機を感じるんです。このおばさん。

 たとえエロ精霊と罵られていても、アフタルのためにも、清らかでいたいんです。



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