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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
8 出発
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8-2 連行されてるのか

 シャールーズが、王都へ向かう乗り合い馬車に揺られている内に、霧雨は止んだ。

 馬車の後部に向かい合う二つの席があり、そこには弓矢や剣を携えた男たちが座っている。


「なんか物騒だな」

「王都は今、治安が悪化しているからな。商売するにも護衛が必要なんだよ。護衛を雇うにも金がかかるが、ここをケチって売り上げを持ってかれちまう方が困るしな」


 同乗している商人らしき男が、シャールーズに耳打ちした。

 ふいに護衛の男たちが後方に目を向けた。背中の矢筒から矢を取る。

 馬車内に緊張が走った。


(おいおい。いきなり盗賊が出たとかいうなよな)


 シャールーズは息を呑み、来た道を見遣る。

 盛大に土煙をあげながら、何かが突進してくる。


「猪か? 確かこの道は石舗装が施してあるはずだぞ」

「いや、人だ。手を振っているぞ」


 シャールーズの言葉に応じたのは、護衛だ。声が落ち着いているから、どうやら賊ではなさそうだ。

 目をすがめて邁進する男を見て、言葉を失った。

 カイだ。カイが猛烈な速度で、馬車を追っている。


「ちょっと止まってくれ。知り合いだ」


 大声で御者に向かって叫ぶ。王家の馬車のように、ワゴンが閉鎖された空間ではないので、シャールーズの声を聞いた御者はすぐに馬車を止めてくれた。


「悪ぃな」


 ひらりと地面に飛び降りて、熊のような大男の到着を待つ。

 地響きがしそうな走り方。きっと周辺の家では、棚の中の食器がカタカタと揺れていることだろう。


「よぉ。なんか用か」

「よ、よ……用、あるから……追ってきた」


 ようやく追いついたカイは、立ち止まった瞬間に盛大に汗が噴きだした。ボタボタと道に落ちる汗の雫。今にも水たまりができそうだ。

 行動の一つ一つがでかい男だ。


「俺、連れていけ」

「構わねぇけどよ。剣闘士のことか」

「そうだ。俺、行かなければならない」


 馬車にカイを乗せると、急に客車内が狭くなった。そして湿度がぐんと上がった。


「なんか、蒸し暑くないかね」


 商人が、ぱたぱたと手で顔をあおいでいる。南の島で生まれ育ったシャールーズは、湿度をあまり気にしないが。さすがにその湿気の根源が汗だと思うと……。まぁ、あまり考えない方が精神衛生上よさそうだ。

 突然、馬車が停まった。


「どうしたんだね。駅でもなかろうに」

「皆さん、客車から降りてください」


 震える声で御者が伝えてくる。商人も彼の護衛も、他の客も皆、すぐに馬車から降りた。御者もだ。

 何事か分からずに、シャールーズとカイは顔を見合わせる。


「なにしてるんだ、あんたらもだよ」


 商人に促されて馬車から降りると、乗客たちはなぜか道の端に一列に並んで深く頭を下げていた。


「ほら、早く」


 訳が分からないが、とりあえず真似をしておいた方がよさそうだ。


 シャン、シャンシャン……。

 鈴のような音がした。ちらっと横目で見ると、金ぴかの馬車がやってくる。音を立てているのは、黄金のベルだ。

 ワゴンの左右につけられた何本もの長いリボンが、風になびいてる。赤に白、緑に黄色、青に紫。派手すぎて、目がちかちかする。


(なんだよ、これは)


 眼前を過ぎていくワゴンに視線を向ける。中に乗っていたのは、エラだった。けばけばしい帽子をかぶり、以前に見かけた時よりも、ふっくらとしている。

 その時、黄金の馬車が停止した。

 道に並んだ乗客が息を呑むのが伝わってきた。

 従者がワゴンの扉を開き、エラが降りてくる。


「あなた、見覚えがあるわ」


 やっべ。見つかったか。

 シャールーズは頭を下げたまま、身じろぎもせずにいた。


「黄金の髪、琥珀の肌。サラーマ人でもカシア人でもない珍しい容姿。顔をあげなさい」


 命じられても、シャールーズは動かなかった。焦れたエラは靴の踵で地面を打った。

 それが合図だったのか、エラの従者がシャールーズの顎に手をかけ、顔を上げさせる。


「ふふ。やっぱりね。アフタルの護衛よね、名前は?」

「俺の名前なんかどうでもいいだろ」

「私が訊いているのよ。答えなさい」

「……シャールーズ。外国の人間は俺以外にもいるだろ。よく覚えてたな。ああ、あいつか近衛騎士団長とかいう奴から聞いたのか」


 シャールーズは口の端を歪めて、笑みを浮かべた。


「生意気ね、あなた」

「頭のてっぺんに孔雀を乗せてるあんたに、言われたくねぇな」


 エラのかぶった帽子から四方八方に垂れ下がっている孔雀の羽根。そのけばけばしい羽根の奥の瞳が、意地悪そうに細められる。

 自分が宝石精霊であることが、ばれてはいけない。

 こいつが知っている精霊は、ヤフダとミトラの二人だけのはず。精霊が集結していることがばれたら、ラウルの正体もすぐに見破られてしまう。


「いろいろと訊きたいことがあるの。王宮にご招待するわ」

「……っ!」


 声を上げそうになったのは、シャールーズではなくカイだった。


 ――動くな、お前は闘技場に向かえ。


 口には出さずに、目だけでカイに合図する。

 どうせ王宮には忍び込む予定だったんだ。


「いいぜ。魔女の招待を受けてやる」


 カイと無言のまま別れ、シャールーズは目がちかちかする馬車に乗り込んだ。

 室内でも帽子を脱がないので、向かいに座るエラの孔雀の羽根が顔や頭に触れて気持ち悪い。

 というか、ワゴン内にきつい香水の匂いが充満している。くさい……これは、相当くさい。たまらずに窓を下ろして開く。

 王都までは道も整っているのに、シャールーズは乗り物酔いしそうになった。


 水道橋をくぐり、闘技場が見えてくる。


(仲間にちゃんと会えよ。カイ)


 闘技場を見送ったシャールーズだが、以前よりも街がすさんでいるのが気になった。

 ゴミを食い散らかす犬、辺りには饐えた臭いが漂っている。男性に声をかけている女は、娼婦だろう。大きく肩をはだけ胸の膨らみを強調した服を着ている。

 そんな彼らも豪奢な馬車が通ると、一様に頭を下げている。


「なんかひでぇな。いろんな意味で」

「庶民は好き放題するから、統治者が必要なのよ」

「ふーん。あんたが好き放題してっから、庶民とやらが真似してんのかと思ったぜ」


 闘技場からの帰りだろうか。帆船の模型をのせた派手な帽子をかぶった女性も、立ち止まって頭を下げる。


「まぁ」


 おほほ、と扇子で真っ赤な口許を隠しながら、エラが笑う。


「私が流行を作りだしているのは否めないわね」

「別に褒めてねぇよ」

「あら、照れてるの? 可愛いわね」


 エラがはめていた手袋を外して、シャールーズの頬を撫でた。ねっとりとしたその手つきに、背筋に悪寒が走った。


「な、なな……なんだよ、お前は!」

「ねぇ、アフタルは一緒ではないのでしょ? あんなつまらない娘の護衛なんて、飽きてしまったのかしら」


 おいおい、このおばさん。アフタルと同じ年くらいの娘がいるくせして、色仕掛けかよ。


「あんたさぁ、確か未亡人だよな」

「そうね。楽しくもなんともない夫だったわ。つまらない国、堅苦しい王宮。最低ね」


 孔雀の羽根の陰から、物憂げな顔が見える。年齢は四十歳ほどだろうか。若く振る舞っていても、年相応の疲労感が見て取れる。


「で、あんたにとって今のサラーマは楽しい国ってわけか?」

「ふふ、民衆が望むのは暴力と刺激、そして快楽よ。私は彼らに楽しみを与えてあげているだけ」


 ああ、なるほどな。

 剣闘士の戦いに、賭け事。それと普通の娼婦と神殿娼婦。熱中していると自分たちは思い込んでいるだけで、実は民衆はこのおばさんに、そう仕向けられているわけか。

 夢中になるものがあれば、政治なんか気にかけやしないもんな。


 鼻につく腐臭と、それを消すほどの香水。それが今のサラーマなのだろう。


(アフタルを連れてこなくて、正解だったな)


 白いジャスミンの花を、汚泥で穢させたくはない。


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