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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
8 出発
41/62

8-1 置いていかれました

 その日は早朝から、霧雨が降っていた。廊下から聞こえる話し声に、アフタルは目を覚ました。

 辺りはまだ薄暗い。

 これまでは隣にシャールーズが眠っていたのに。結局、彼は自室を使っている。


(もちろん、使用するための部屋ですし。一人で眠るのが当たり前なんですけど)


 なのに、どうしてこんなにもベッドを広く感じるのだろう。

 机の上に置いた木箱を見やると、昨日の鳩が眠っていた。すぐに傷も癒えるだろう。

 最近アフタルは、ベッドの真ん中ではなく少し端に寄って眠る癖がついてしまった。


 近づいたかと思うと、また離れてしまう。

 最近のシャールーズは、何を考えているのか分からない。


「気をつけて」


 雨の音が大きければ、声もかき消されたかもしれないのに。夜が明けたばかりの、まだすべてが寝静まっている時間では、押し殺したような小さな会話でも、耳についてしまう。


「……あとは頼む」

「殿下のことをよろしくお願いします」

「ああ、参るよな。お互い、本来守らなければならない相手と離れちまうんだからな」

「確かに」


 囁くように会話している声は、シャールーズとラウルだ。

 アフタルは慌ててベッドから飛び起きた。夜着の上からガウンを羽織り、扉を開く。

 廊下に向かい合って立つ二人が、驚いたようにアフタルを見据えた。


「シャールーズ? その姿は」


 剣を持ち、肩から荷物を提げた様子は、まるで今から旅立つようだ。


「ちょっと出かけてくる。ラウルに迷惑かけるなよ。間違っても昨日みたいに屋根に上がるんじゃないぞ」

「待ってください。わたくしも参ります」

「来るな!」


 激しい拒絶の言葉。アフタルの伸ばしかけた手が、宙で止まった。


「いやです。一緒に行きます」


 勇気をふりしぼり、足を進める。すると、シャールーズに睨まれた。

 その鋭い瞳に射すくめられて、動くこともできない。


「ラウル。アフタルに邪魔させるな」

「はい」


 シャールーズに命じられて、ラウルは空間を撫でるように手を動かした。刹那、辺りが冷ややかな蒼に閉ざされた。

 気づけば、アフタルは閉じ込められていた。シャールーズと契約を結んだ時と同じ、これは石の中だ。


「出してください!」


 拳で蒼い壁を叩くが、びくともしない。


「行かないでください! 一緒に連れて行ってください!」


 閉じられた空間で、自分の声ばかりが反響する。

 蒼い壁の向こう、シャールーズが近寄ってくるのが見えた。

 アフタルが手を触れている部分に、彼もまたてのひらを透きとおった壁につける。

 重ねているはずなのに、触れることが出来ない。


「シャールーズ。わたくしも……」


 シャールーズの唇が動いた。けれど声が届かない。


「何を言っているのですか? 聞こえないんです。ここから出してください。ラウル。お願いです」


 どんなに訴えても、ラウルもシャールーズも聞いてはくれない。

 見つめてくるシャールーズの瞳が、ふと寂しげに細められた。

 最後に動いた唇が、どんな言葉を刻んだか。それだけ分かった。

「元気でな」だった。


 そして背中を向けたと思うと、シャールーズは去って行った。一度もふり返ることもなく。



 蒼氷の石から解放されたのは、ずいぶんと辺りが明るくなってからのことだった。

 泣き疲れたアフタルは、廊下にうずくまっていた。


「申し訳ございません、アフタルさま」

「……あなたもですか」

「何のことでしょうか」


 ラウルに問い返されたけれど、アフタルはただ首を振るだけだ。柔らかな金髪は乱れ、目も腫れぼったい。

 守護精霊といいつつ、二人とも自分の意見など尊重してくれない。

 守るためには、主の意志を無視する。それが正しいことと信じて。


(おとなしく待っていると思ったら、大間違いです)


 アフタルは廊下に爪を立てた。

 洩れ聞こえてきた会話から、シャールーズが王宮へ向かったことは、容易に推測できる。

 睨まれても怒られても、嫌われてもいい。

 あの人をたった一人きりで、危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 彼がティルダードのために動くのなら、自分だって行動する。

 ただ守られるだけの王女でなんて、いたくない。


「アフタルさま。失礼いたします」


 ラウルがアフタルを横抱きにした。シャールーズのように軽々とはいかないが、それでも男性なので、抱えたまま歩くことはできる。

 間近にラウルの顔があるが、シャールーズのようにアフタルの顔を見ようとはしない。

 ただ前だけを向いて、薄暗い中を一歩一歩確認するようにベッドへと向かう。


「もうしばらくお休みください」


 ベッドにアフタルを横たえると、丁寧な手つきで毛布を掛けてくれた。


「雨ですからね。お体を冷やすと、よくありません」


 椅子をベッドの傍に置いて、ラウルは腰を下ろした。


「私のこと、許していただけないと思います」

「シャールーズに命じられたのでしょう? 追いかけさせるな、と」

「それだけではないですよ」


 ラウルは微笑んだ。けれどその笑みは、どこかが痛むかのように見える。


「今の私にとっての主は、あなたです。主を守ることが、何よりも最優先されるのですよ」

「……ティルダードのことは、もういいのですか?」

「よくはありませんね。ですから、シャールーズが私の代わりに王宮に向かってくれたのです」


 揃えた膝の上に置いた手を、ラウルは強く握りしめた。


「アフタルさま。王女であるが故に特別扱いされることを、不本意に思ったことはおありですか?」

「ええ、あります」

「私も同じです」


 シャールーズに比べて、ラウルは落ち着いた話し方をする。声もシャールーズと違い、細くて少し高い。

 目の前にいるのが新たな守護精霊だというのに。契約を結んだというのに。

 すぐにシャールーズと比べてしまう。

 いや、彼がいないからだ。もし二人が揃っているのなら……彼の不在を意識しないで済むのなら、こんな風に比べたりしない。


「サファーリン、コーネルピン。シンハライト。彼らの石はどれも貴重です」

「そうですね、わたくしもこれまでに目にしたことがありません」

「なのに、私の石だけが至宝として扱われるのです。私が石に戻ると狙われるからと言われると、従う以外ありません」


 少し不機嫌そうに結ばれた口許。本音を話すことで、ラウルはアフタルの気持ちに寄り添おうとしてくれているのだろう。


「私には兄……にも等しい存在である、シンハライトの方がよほど美しく思えます」

「シャールーズの石が?」


 確かにアフタルも、落ち着いた色合いのシンハライトをとても美しいと思う。だが一般的には地味とされる石だ。

 蒼いダイヤモンドの方が、誰からも大事にされるだろう。


「守護精霊でありながら、守られる立場というのは、なかなか悔しいものですよ。それに私は、彼を越えることができません」

「わたくし達は、置いていかれた者同士ですね」


 アフタルは苦笑した。

 これではまるで主従ではなく、年の近い兄妹のようではないか。

 どうにも自分は、精霊をしもべとして接するのが苦手らしい。


 いつの間にか霧雨は止んだのか、窓から見える木々の葉が朝日に煌めいている。

 雨に濡れた葉は、眩しいほどに緑が鮮やかだ。


(どうか、彼の行く道を照らしてください。苦難を払ってください)


 雲間から差し込む陽の光に、アフタルは願った。


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