表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
7 儚さ
36/62

7-3 手当をするんです

 約束というと、傷の手当のことか?

 シャールーズは首を傾げながらも、アフタルをベッドに降ろした。


「もうほとんど治ってるぜ? アフタルと離れていたから回復が遅かったが、再会してからはずっと一緒だろ」


 精霊の糧は、主の愛情と信頼だ。離れていても気持ちは通じ合っているが、やはり傍に控えている時が最も力が満ちる。


「わたくしの手当てが気に入らないと?」


 拗ねたかと思うと、次の瞬間、アフタルはシャールーズの胸にもたれてきた。

 頭をこすりつけて、まるで猫のようだ。


 コンコン、と控えめにドアがノックされた。

 動けないので「なんだ?」と訊くと、ミーリャが顔を覗かせた。


「あの、姫さまに疲れがとれるようにと、蜂蜜酒をお持ちしたんですけど。ゾヤ女官長から、姫さまはお酒に慣れていないと伺って」


 今のミーリャは、侍女の顔に戻っている。


「えーと、いかがですか?」

「まぁ、大変宜しいというところか」


 シャールーズにべったりとくっついているアフタルを一瞥して、ミーリャは「あちゃー」と言いながら、額に手を当てた。

 なんだよ「あちゃー」って。カシアの言葉か?


「酔っちゃってますね。水をお持ちします」

「これが酔うって奴か。どれくらい続くんだ?」

「そうですね。たいして飲まれていないようなら、そう時間はかからないと思いますが」

「了解。水だけ持ってきておいてくれ。俺がついているから、心配するな」


 ドアの隙間から顔を覗かせたミーリャは、不審そうに目を細めた。


「大丈夫。襲わない」

「本当ですかー?」

「なんで、お前まで俺に信頼がないわけ?」


 まったく失礼だ。シャールーズはため息をついた。


「隙あらば、姫さまを襲いそうだからですよ」

「おいおい、現状をよく見ろよ。襲われてんのは俺だぜ」

「よかったですね」


 そーっと扉が閉められた。


 ◇◇◇


 ミーリャの声が聞こえた気がする。薄暗い部屋で、アフタルはぼーっとした頭で考えた。さっきまではいろいろと思考を深めることができたのに、今は頭に靄がかかったみたいにぼんやりしている。


(そうそう、シャールーズの傷の手当てをするんでした)


 まずは傷を確認しないと。彼の服のボタンに手をかけ一つずつ外していく。

 油断すると、眠くなるのは難点だ。頑張らないと。

 アフタルの頭上で、息を呑む音が聞こえた。

 目の前に現れる引き締まった体、たくましい胸と腕、なめらかな琥珀の肌。

 納得したアフタルは「後ろを向いてください」と促した。


「なんで俺、上半身をひんむかれてんだ?」

「服の上から、傷の確認なんてできるはずがありません」


 まったく口答えばかりする。

 月明りに照らされたシャールーズの背中を見て、アフタルは瞠目した。


 確かに傷はふさがっている。けれど傷痕が多すぎるのだ。

 矢が刺さった箇所といい、馬車の割れたガラスからアフタルを守ってくれた時の傷といい。見ているだけでも悲しくなってくる。


「消毒薬がありません」


 黙っていると涙がこみ上げてきそうで、アフタルは慌ててサイドテーブルに手を伸ばした。

 消毒薬の入った瓶や包帯は、以前は確かにここに置いてあったのに。


「困ります。包帯もないんです」

「今更、消毒しても意味ないと思うぜ」


 肩越しに、シャールーズの声が聞こえる。その低い声が聞こえることが、とても嬉しくて。

 アフタルは、彼の背中に顔を寄せた。


「美しいあなたの肌に、傷が残りませんように」


 そう願いを口にしながら、そっと傷痕にくちづける。

 シャールーズが体を硬くしたのが、伝わってきた。痛かったのだろうか。今度は羽毛のように、唇で撫でる。


「……アフタルさん。これは新手の拷問ですかね」

「手当ですよ? シャールーズはわたくしをいつも守ってくれるでしょう? わたくしは精霊のように、加護を与えることはできませんから。せめて気持ちだけでも、と」

「気持ちはありがたいんですけど。アフタルさんの気持ちに応じると、たぶん何人にも殴られてボコボコにされるんですがね、俺は」


 どうして今日に限って丁寧語なのだろう。アフタルは首を傾げながら、身を乗りだした。後ろを向いたままのシャールーズの顔を覗きこむ。


「シャールーズに怖いものがあるんですか? 意外です」

「……そりゃ、あるよ」


 よかった。言葉遣いが元に戻って。アフタルは、にっこりと微笑んだ。


「俺はアフタルに契約を解除されるのが怖い。いや、違うか。契約とかじゃなくても、俺のことを必要としない、もういらないと言われることが一番怖い」

「傍にいてほしいですよ?」

「今はな」


 シャールーズは体の向きを変えて、アフタルを抱きしめた。


「約束の地で、俺は主を得る。それだけが俺の心の支えだった。けどな、ラウルみてぇに主から突き放されたくない。もっと怖いのは、ラウルが俺が思っているほど傷ついていないってことだ」

「ティルとの絆が弱かったということですか?」

「ティル? ティルダードのことか。ああ、ラウルは緊急事態だから姿を現し、ティルダードを守るために慌てて契約を結んだのかもしれない」


 シャールーズは深い琥珀の瞳で、アフタルをじっと見つめた。

 まただ。またその目に深い寂しさが宿っている。


「契約を解除したら、精霊はどうなるのですか?」

「仕える主もおらず、主のめいが遺されているわけでもないのなら、宝石に戻るんだろうな、きっと。愛でられない宝石がただの石であるように、主のいない守護精霊は存在する価値がない気がする」


 ラウルの姿が消えてしまう?

 アフタルは考え込んだ。シャールーズが推測で話しているのだから、詳しいことは彼も知らないのだろう。

 あるいはこれまで契約を解除した者が存在しないということか。


「わたくしは、あなたとの契約は間違いではなかったと思います」

「俺のこと好きか?」


 少しの間をおいて、シャールーズは再び問いかけた。


「俺のことを好きでいてくれるか?」


 当たり前のことを聞かないでほしいと思ったが。たぶん、その当然のことに答えが必要なのだろう。


「好きですよ。あなただけです」


 アフタルは囁くと、シャールーズと唇を重ねた。

 王女からキスを望むなんて、はしたないと頭の隅では気付いているけれど。

 シャールーズがためらいがちに、アフタルと指と指を絡めた。


「味が……する」

「味、ですか?」


 ようやく唇を離したシャールーズが、小さく呟いた。


「ジャスミンはアフタルの香り。じゃあ、これはレモンか。アフタルの味なのか」

「わたくしがレモンというわけでは……」


 また確認するように、キスされる。


「すーっとするのは、ミントか」

「ええ。グラスに入っていました」

「これもアフタルの味だ」


 くちづけは頬や首筋、そして胸元にも落ちてきた。


「……んっ……」


 思わずシャールーズの首にしがみつく。

 すると今度は耳にキスされた。

 くすぐったくて、思わず声が洩れてしまう。


「だから、そんな陶然とした顔は俺だけに見せろよ」

「だって、他の誰もわたくしにこんなこと、しません」

「されたら、俺が困る」


 アフタルをぎゅっと抱きしめて、シャールーズは横になった。


「やっぱり毛布とは抱き心地が違うな。腕に隙間がないから、落ち着く」

「褒めてません、それ」

「アフタルがいいってことさ」


 湖から波の音が聞こえてくる、静かな夜。


 心臓がどきどきするのは、抱きしめられながらキスが降ってくるからなのか。それともお酒のせいなのか、アフタルには分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ