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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
7 儚さ
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7-1 ラウルの契約解除

 アフタル達は、カイを伴い離宮へと戻った。漕ぎ手のミトラも含めて六人も乗った舟は、重さで湖面すれすれだ。


「ちょっとお。重くて速度が出せないじゃないのよ」

「速度は出さないでください、お姉さま。怪我人がいるんですよ」

「もう。つまんない」


 唇をとがらせながら、渋々といった様子でミトラが櫂を動かす。


「ミトラ姉さま。アズレットに会いました」

「ああ、あいつね。いけ好かない。シャールーズ。あんたのその傷、騎士団長のアズレットのせいよ」


 不機嫌そうな声で応じながらも、ミトラは気を使ってはいるのか舟は静かに湖を進んだ。


「剛腕の奴か。王女に向かって躊躇なく矢を放つ騎士団……。ろくなもんじゃねぇな。サラーマは腐ってんのか」


 シャールーズの言うとおりだ。アフタルは空を仰いだ。

 遮るもののない湖上の空はただ広く、澄んだ青が満ちている。

 なのに、地上は澱んでいる。

 サラーマの花は蓮。ぬかるみの中でも凛と気高く咲き誇る一輪の花。

 そうありたいと願っているのに。

 力が足りない、能力が足りない。


「ラウル。ティルダードは無事でしょうか」


 すぐに「大丈夫ですよ」と返事をくれると思ったのに。ラウルは口をつぐんでいる。


「ラウル?」

「……繋がりが……途絶えました」

「え?」

「お伝えすべきかどうか、迷っていたのですが。もしかすると私はもう」


 そこでラウルは言葉を切った。苦しそうに顔をしかめる。


「契約を解除されてしまったのかもしれません」


 その言葉に、シャールーズとミトラが一斉にラウルを凝視した。彼らの瞳に暗い陰が落ちる。


「それは、どういうことですか?」

「殿下は、もう私を必要となさっていないのでしょう」


 ラウルの握りしめた拳の上に、ぽとりと一粒の涙が落ちた。

 契約の解除。

 つまりラウルは、ティルダードからもうしもべとして望まれていないということだ。

 確かに追われるように王宮を逃げた。ティルダードを見つけることができなかったから、彼の守護精霊であるラウルを連れて。


「私はやはり王宮に残るべきだったのでしょうか。きっと殿下は、私が裏切ったと思っていらっしゃいます」

「いいえ。それは違います」


 アフタルは言葉に力をこめた。


「エラ伯母さまは、王家の至宝である蒼氷のダイヤモンドを捜していました。あなたが残ることは危険です。それにラウルはあの子を守ってくれたでしょう? あなたが自分のために怪我をしたのを、ティルダードはちゃんと知っているはずです」


 だからこそ、わずか十才でありながら、自分を守ろうとしたラウルの盾になろうとしたのだから。

 

 だが、繋がりは断たれた。

 それが真実であるのは、ラウル自身が一番分かっているのだろう。


(だからなのですね。ティルダードのことをほとんど口に出さなかったのは)


 アフタルは、小刻みに震えるラウルの拳にそっと手を添える。ひんやりとしたその体温は、シャールーズと同じだ。

 この人と決めた相手に、不要とされる。それは、どれほどつらいことだろう。


「きっと理由があるはずです。ティルダード自身が、あなたと関係を断つことを望むとは、わたくしには思えません」

「いいえ……いいえ、アフタルさま」


 ラウルは首を振った。

 微かな希望に縋る方が、真実であった時により絶望を感じるからつらいのだと。歯を食いしばるラウルの表情が、そう伝えていた。


 ◇◇◇


 離宮に戻ったアフタル達は、談話室に集まった。

 考えなくてはならないことは、たくさんある。

 このままティルダードを、エラの傀儡にさせるわけにはいかない。弟をエラから救いだし、この離宮に迎え、ラウルとの契約について確認する。


 エラの不正を暴くこと。

 剣闘士を解放すること。


 カイとミーリャの説明では、サラーマからカシアへワインを輸出し、その帰りに空っぽになった荷馬車に国境の兵士を積んで戻っていたそうだ。


「人身売買ではないですか」


 湖を見渡せる談話室で話を聞いていたアフタルは、座っていた椅子から立ち上がった。

 カイは水平線をじっと見つめている。その先にあるはずのオスティアは、離宮からは見えない。


「女神フォルトゥーナの思し召しだと、言われた。女神を信じる俺らは、カシアでは……じゃま……もの?」

「異端ということですか」


 神を奉じない国というのは建前で、カシアではただ信仰を封じられているのが現状のようだ。

 信仰を捨てない者を辺境に追いやり、使い捨ての駒として利用しているのだろう。


「ワインの収益。人身売買にもお金は絡むでしょう。そしてわたくしが攫われた闘技場では、賭けが行われていました」


 カシアとエラ、双方に見返りがある。たとえ夫と死別してカシアの王家を離れても、まだエラにはあの国と太い繋がりがあるということだ。

 王宮に戻れば、エラの画策を掴めるのだろうが。


「……忍び込めないでしょうか」


 ぽつりとアフタルは呟いた。


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