表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
6 カシア
33/62

6-7 二つの名前

「ミーリャを見つけました」


 ラウルが向かったのは、広場だった。

 石の束は、女神像が中央に立つ広場に突き刺さっている。

 右手に舵、左手に豊穣の角を持つ石像だ。


「女神フォルトゥーナですね」


 カシアは神を奉じない国。なのに、女神像がある。そして無人の防衛拠点。

 アフタルは走りながらも、思考に耽った。

 足下の道はぬかるみ、靴やスカートの裾を汚すけれど、彼女の集中を妨げることはなかった。


 かつてここにいた兵士は、どこへ消えたのか。女神フォルトゥーナへの信仰が認められない国。どこへ行けば、その信仰は許される?


「シャールーズ。カイという人は、何か言ってませんでしたか? そうですね、女神に関して」

「女神、か。そうだ。女神のめいには、逆らえないみてぇなことを言ってたな」

「馬車……とも言っていましたね」

「ああ」


 繋がった。

 アフタルは確信した。


「分かりました。このオスティアの兵士がどこへ連れ去られたのか。馬車が……どこへ向かったのか」

「そうなのですか?」


 ラウルの問いに、アフタルはうなずいた。


「わたくし達に……好機が、巡って来そうです」


 さすがに走りながら喋るのは難しく、言葉も途切れ途切れになる。



 広場では、ミーリャと熊のような大男が向かい合っていた。彼がカイだろう。

 近寄ってみると、ミーリャがカイを支えている状態だ。

 カイは、闘技場で見た剣闘士と同じく屈強な体をしていた。だが今は、肩を落としてうなだれている。


「ミーリャ」


 声をかけると、ミーリャが顔を上げた。カイは憔悴し、頼りなさそうに眉を下げている。


「……馬車が来ないんだ。まだ来ないんだ。俺は行かなくてはならないのに……このまま放っておくなんて、できやしないのに」

「馬鹿っ! カイは乗らなくていいのよ」

「俺しかもういないんだ。皆が待っている。こうしている間にも、仲間は一人また一人と倒れていくのに」


 溢れるように紡がれる言葉は、カシア語だ。かろじてアフタルは聞き取ることができた。


「俺が、仲間を助けにいかないと」


 アフタルは二人の前に進み出た。カシア人の礼儀作法は、確か女性から挨拶をするはずだ。アフタルは優雅に頭を下げる。


「初めまして、カイ。わたくしはサラーマ王家の第三王女、アフタルと申します」

「王女さま? あんたが?」


 他国の王女を前にしても、カイにひるんだ様子はない。

 やはり、そうだ。


「もっと早くに気づくべきでしたね。ミーリャ」

「なにをですか?」


 なぜあたしに? と言いたげに、ミーリャが眉をひそめる。


「わたくしは、あなたをどちらの名前で呼べばよいのでしょうか」


 化粧をすると、女性はあれほども化けられるのかと、今更ながら感心する。

 ミーリャは顔を隠すように、慌てて背中を向けた。

 高慢で、一方的に言いがかりをつけて人を陥れて。でもそれは訳あってのことだと、今なら分かる。


「わたくしのために、ロヴナとの婚約が破棄されるよう動いてくれたのでしょう? フィラ」 


 もう一つの名前を聞いて、ミーリャはびくっと肩をすくませた。観念したように瞼を閉じて、空を仰ぐ。


「ミーリャ……と。フィラは偽名ですから。どうして分かったんですか?」

「ロヴナがフィラを追いかけてきた時と、あなたが離宮に来てくれた時が、ほぼ同じでした。それと、精霊たちの力を呪術といいましたね」

「あっ」


 ミーリャは声を上げた。

 サラーマの人間ならば、精霊の力は加護というはずだ。精霊の力は、護りなのだから。


「あたしの詰めが甘かったってことですね」

「髪の長さも、気付くきっかけでした。夫か父を亡くした女性が断髪するのは、カシアの風習ですから」


 そう、だから未亡人であるエラも髪が短い。


「ミーリャ。あなたはエラ伯母さまの娘なのでしょう? 王宮でカシア人が勤めるなど、よほどの伝手つてがないと無理ですから」


 それにカシアの王女であるミーリャに慣れているから、カイはアフタルの身分を知っても驚きもしなかったのだろう。


「あーあ。参っちゃいますね」


 ミーリャは大きなため息をついた。


「派手な化粧と目をほとんど閉じてることで、かなり顔が変わると思ったんですけど」

「変わってますよ。あなたの化粧法はすごいですね。まるで魔術です」

「お褒め頂き、光栄です」


 ミーリャは苦笑した。どこかが痛むような笑顔だった。


「で、あたしをどうなさるんですか? ここでお別れ? それとも拘束しますか?」


 ミーリャが好きでもないロヴナを誘惑したのは、アフタルの縁談を壊すためだ。

 それはただの善意からではない。


「いいえ、あなたさえよければこのままで。ミーリャ、あなたはわたくしを利用できると踏んだから、フィラという女性を演じたのでしょう?」

「はっきりと言いますね」


 ミーリャは女神像の足下にカイを座らせた。その丁寧な手つきから、どれほど彼を大事に思っているのかが分かる。


「あたしは、母の暴走を止めたいんですよ。あの人はアフタルさまを商人に降嫁させ、ティルダード殿下を取り込むことで、このサラーマ王国を手中に収めようとしています」

「わたくしにできることは?」

「母を引きずり下ろしてください」


 アフタルは、一瞬の間をおいて頷いた。


「兵士の力を貸してもらえますね。カイに頼めるでしょうか」

「兵士って……ここの男たちはもう」


 言いかけて、ミーリャははっとした表情を浮かべた。

 その視線はカイに向けられている。


「奴隷状態である剣闘士を解放し、ティルダードを救い、国をエラ伯母さまの手から取り戻す。わたくしとミーリャ、そしてカイ、三人の利害が一致しますね」


 アフタルはにっこりと微笑んだ。



 けたたましい音が聞こえたと思うと、広場に馬車が停まった。

 王宮の馬車とは違い、荷物を運ぶ幌馬車だ。御者台には二人の男が座っている。


「おや、これはこれは。珍妙なことですね」


 御者席の隣にいたのは、長髪の男だった。

 その姿を見たシャールーズとラウルが、露骨に顔をしかめる。


「ここは確か、カシアのはず。なにゆえ、我が国の王女が越境なさっておられるのかな」


 ラウルに似た銀の髪。だが薄い唇をゆがめた表情は酷薄だ。年齢は三十代半ばほど。王亡き後、王宮でエラに付き従っていた騎士団長だ。


「その言葉、そっくりあなたにお返しします。アズレット」


 アフタルは、アズレットを睨みつける。震えそうになる手をしっかりと握りしめ、はしたなくとも地面に足を踏ん張って立つ。


「サラーマの騎士団長ともあろう者が、次期国王であるティルダードではなくエラ伯母さまに従い、しかも国境を越えてまで人買いですか」


 かすれる声を悟られるな。弱い王女だと侮られるな。

 アフタルは、短剣を持つ手に力をこめた。

 自分には何の力もない。けれど誇りはある。邪魔者だと排除されるのを、いつまでも易々と受け入れる人間だと思っているのなら、大間違いだ。


「ふんっ。エラさまに逆らおうなど、ゆめゆめお思いにならぬことですな」


 アズレットは、アフタルから視線をそらして、ミーリャ達を見据えた。


「それが最後の奴隷ですか」

「カイは奴隷じゃないわ」

剣奴けんどの補充もままならぬとは。あとは奴らの数は減るばかりですな。まぁ、あなた方は、離宮に引っ込んでおられるのがよろしかろう」


 では、と頭を下げるとアズレットは馬車を出すよう、御者に命じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ