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宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
1 シンハライトの精霊
3/62

1-3 精霊に出会いました

 それまでアフタルを担いでいた男が、フォルトゥーナの像の足元に彼女を投げつけた。

 背中を打ち、鈍い痛みが走る。


「く……ぅ」

いてぇか? よかったな。まだ生きてるってこった」


 乱れた金の髪の間から、アフタルは男たちを睨みつけた。


「誰に命じられたのです。言いなさい」

「さぁな。知らない方がいいこともあるさ」

「だよな」


 誘拐犯は、顔を見合わせる。


「わたくしの命は、あと少しで失われるのでしょう? ならば、話しておいた方がよいのではないですか? 心残りのあるわたくしが、あなた方を恨んで出るかもしれませんよ」

「脅したって無駄だ」


 そう強がりつつも、犯人は微かに身を震わせた。

 サラーマ王家には、人ならざる者と通じているという噂がある。フィラの言うような呪いや呪術ではなくとも、脅しをかけるには十分だ。


(わたくしのことが邪魔になったロヴナが、暗殺を依頼したのかもしれません)


 婚約破棄の知らせは、まだ王宮には届いていない。ここで自分が死ねば、ロヴナは婚約者を喪った可哀想な青年だ。そしていずれはフィラと問題なく結婚できる。


(でも、それなら婚約破棄の前に、わたくしを暗殺した方が確実なのでは?)


 キラド家の使用人から、話が洩れないとも限らない。


(ダメです。これ以上、考えない方がいいです)


 存在すらもロヴナに憎まれている方がいい。それ以外の可能性なんて、あってほしくない。

 誘拐犯は互いに顔を見合わせた。


「しゃあねぇな。教えてやるから、俺らのところには化けて出るなよ」

「おい、本当に言うのかよ」

「なぁに、どうせあと一刻もしない内に死んじまうんだ。教えてやるのも慈悲ってもんさ」


 誘拐犯は、にやけた顔をアフタルに近づけた。


「ヤフダとミトラだよ」

「……姉さま?」


 耳障りな声で発せられた名前が、第一王女と第二王女である姉たちのものだと、一瞬気づかなかった。

 当たり前だ。王や王妃ならともかく、貴族であれ庶民であれ、王女の名を呼び捨てにする者などいない。

 いや、これまでアフタルの周りにはいなかった。


「……姉がどうかしたのですか」

「おいおい、察しの悪い王女だな。その二人が、あんたの暗殺を依頼したんだよ」

「ありえません!」


 一瞬の間すら置かずに、アフタルは否定した。


「まぁ、どう思おうがあんたの勝手だけどな。教えてやったんだから、恨むなよ」

「嘘です。嘘に決まっています。絶対に、有り得ないことです」


 王女三人で、まだ幼いティルダードを支えていこうと誓ったのだ。

 父王亡き後、たった十歳のティルダードにサラーマ国を統治できるはずがない。弟が傀儡にされぬよう、即位する日までこの国を守れるように。アフタルは経済的な支援を求めて、ロヴナに嫁ぐことを決めたのだ。

  ロヴナに嫌われていることは、最初から知っていた。お金目当ての王女と、爵位目当ての商人の息子。

 この縁談がうまくいくはずはない。


 でも……国のためを思えば愛のない結婚も耐えられると思った。

 己を立たせる基盤……二人の姉と弟、彼らへの愛情があれば、苦難も乗り越えられると。


「わたくしは信じます。お姉さま方が裏切ることなどないと」


 そうでなければ、生きていられない。

 自分の考えに、アフタルは苦笑した。


(ああ、愚かなことを。これから豹の餌にされるのに、わたくしに未来があるはずがありませんね)


 姉のことは信頼している。けれど卑劣な男の口から、その名が出たことでアフタルは気力を削がれた。

 頑張ったところで逃げ切れるはずもない。生き残れるような力も剣技もない。


 ぱた、と石の床に雫が落ちた。


「わたくし……泣いているの?」


 ぱた……ぱたた。

 それが涙だと気付いた途端に、止まらなくなった。


 せめて、みっともなく声を上げて泣くことだけはやめよう。

 嗚咽を噛み殺し、アフタルは肩を震わせてただ泣いた。手に持っていた箱が床に転がり落ち、中の宝石が投げ出された。

 声もなく静かに涙をこぼれさせる王女を、剣闘士たちは申し訳なさそうに眺めている。

 誘拐犯は、もう用が済んだとばかりに控えの間から姿を消した。


 その時だった。

 辺りに光が満ちたのは。

 金の粒、銀の粒、水晶の粒、琥珀の粒。それらを豪勢に空中に撒いたかのように、空気が煌めいている。

 清浄な光に、気だるそうな剣闘士たちは目を見開いた。


「……まぁ、泣くなよ。可愛い顔が台無しだぜ」


 光の中からアフタルに手を差し伸べてきたのは、一人の男性だった。サラーマには珍しい琥珀の肌。伸びかけの髪は金で、顎には無精ひげが生えている。


「嬢ちゃん、名前は?」

「ア、アフタルです」

「俺は、シャールーズ。覚えといてくれ」


 シャールーズは、他の剣闘士のように鎖帷子を肩と腕にまとっていない。上下ともに白い服に、腰には金糸銀糸で緻密な模様が織られた布を巻いている。


「あなたは剣闘士ではないのですか?」


 誘拐犯の話では、最近は古代の闘技が復活しているとのことだ。

 ならば、闘いが終わった剣闘士は命があっても、ひどい怪我をしているものだろうし、闘いのない剣闘士が控えのにいるのもおかしい。


「剣闘士ってやつじゃねぇな。嬢ちゃんに選ばれたから、出てきたのさ」

「わたくしが?」

「俺を拾い、俺を見つめ、俺を求めた。違うか?」


 そんなこと、あるはずがない。こんな印象的な男性と出会って、覚えていないなんておかしい。


「……いえ、違います」

「違わねぇよ」


 まっすぐに見つめてくる、深い琥珀に金の混じった瞳。

 力強い言葉と視線に、アフタルは言葉を失った。


「あんたが望んだから、俺がいるんだ。それ以外に俺の存在する意味はない」


 シャールーズは身を乗りだして、アフタルの耳元で囁いた。

 心に直接響くような、低く甘い声。


「俺は、お前のもんだぜ。アフタル」


 彼から目が離せない。

 こんなことは、生まれて初めてだ。


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