表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石精霊の溺愛  作者: 絹乃
6 カシア
27/62

6-1 間違いないです

 よく晴れた朝だった。

 夜半に激しい雨が降っていたけれど。今朝は大気が洗われたからなのか、とても清々しい。離宮の庭の木々は、まだ雨粒を宿しているせいで、緑がきらめいて見える。


「姫さま。お早うございます」


 食堂に降りると、侍女が増えていた。王宮でアフタルの世話をしてくれていたヴェラとミーリャだ。


「二人とも、わざわざ離宮まで来てくれたのですか?」

「今の王宮には、私がお仕えする方がおりませんから」

「ヴェラ先輩の言う通りです、姫さま。殿下のお世話をする者は決まっておりますし……エラさまに関しては……ちょっと」


 ミーリャは言葉を濁した。

 あっさりとした顔立ちのミーリャは、王宮に勤める侍女の中でも印象が薄い。目が糸のように細く、眠そうな顔をしているからだろうか。

 ヴェラが椅子を引いてくれたので、アフタルは席に着いた。

 正妃パルトは朝食はとらないそうで、昼食には同席してもよいそうだ。ゾヤ女官長は、離宮での滞在が長くなることを見越して、用意に忙しいらしい。


「あの、王宮で姫さまと一緒にいらした精霊のことですが」


 ミーリャが遠慮がちに、アフタルに話しかけた。


「離宮にいらっしゃらないんですね」

「こら、ミーリャ。姫さまのお気持ちを考えなさい」


 先輩のヴェラが語気を強める。


「いえ、いいんです。確かに彼は今、おりませんから」

「そのことなんですけど。あたし、シンハライトの精霊に似た人がいると聞いたので」

「どこでですか!」


 アフタルは思わず両手でテーブルを叩きつけるようにして、立ち上がった。その反動でグラスが倒れてしまう。


「み、湖です」


 ミーリャは、おどおどと視線を泳がせる。アフタルはグラスを直しながら、彼女の言葉を待った。

 ヴェラが慌ててテーブルを拭いてくれる。


「ミーリャ。なぜあなたが三王国の湖に?」

「あの、魚を買いに行ってたんです。湖の近くに漁師が住んでいて、捕ってきた魚を売っているので」

「どんな噂をされていましたか?」

「えっと……その、琥珀色の肌と瞳。髪は金色で、口が悪い……と」

「シャールーズで間違いありませんね」


 アフタルは、ほーっと安堵の息をついた。

 だが、腑に落ちない部分がある。椅子に腰を下ろし、アフタルは考え込んだ。

 湖に落ちた時、巨大な影が見えた気がした。あれが魚ではなく、漁師だったなら。シャールーズはすぐに引き上げられたことになる。


(でも、気になります。楽観はできません)


 無事であるなら、彼のことだ。すぐに離宮に来ようとするだろう。


(まさか、動けないくらい怪我がひどかったのでしょうか)


 いや、助けてくれた漁師に頼めば、離宮に伝えに来てくれるだろう。それすらもないとは、どういうことなのか。

 ヴェラが驚いたように目を丸くして、アフタルを眺めている。彼女が深く思考に集中する時、両肘をテーブルについて左右の指を組み、その上に顎を乗せ、一点を見据えている。その深緑の目は、とても鋭い。

 王女というよりも、獲物を狙って草の中に身をひそめる猟師の雰囲気に近い。

 もちろん、アフタル自身は気付いていないが。


(シャールーズの意識がない……とか?)


 いや、そんなことはない。口が悪いとミーリャは話していたではないか。

 あと少しで、何かが繋がりそうなのに。頭の奥に靄がかかったみたいに、答えにたどり着けない。


「姫さま、変わられましたね」


 グラスに新たに水を注いだヴェラが、驚いたようにアフタルを眺めた。


「いえ、姫さまは凛々しい方ですよ。ヴェラ先輩」

「そうなの? でもミーリャ、あなたの方が王宮にお勤めして短いじゃない」

「え、ええ。まぁ、あたしがそう思ったというだけで……間違ってるかもしれませんし」


 ミーリャは、慌ててうつむいた。


「分かりました!」


 アフタルはまた立ち上がった。

 せっかくヴェラが入れ直した水が、またこぼれてしまった。


「どうして気づかなかったのでしょう。三王国の湖だというのに、サラーマ側からしか考えていませんでいた。だめですね、こんな偏った見方をしていては」

「は、はぁ」


 ヴェラは気圧されてしまっている。テーブルを拭いたが、またグラスに水を注いでいいかどうか……そればかりが気になっている様子だ。

 湖に近く、木々が多いパラティア地方は水がおいしい。さらに香りづけにライムをピッチャーに入れてあるのだが。アフタルがその味に気付くのは、まだ先になりそうだ。

 レンズ豆を煮こんだスープも冷めてしまったとばかりに、ヴェラはため息をついた。熱々がおいしいのに。


「わたくし、国境を越えます」

「は?」

「なにゆえ、でございますか?」


 ヴェラとミーリャが、揃って首を傾げた。


「よい考えですね。私がお供いたします」


 庭に面したテラスから、食堂に入ってきたのはラウルだった。

 冷涼な朝の大気をまとわせたような立ち姿。彼が歩くだけで、食堂に涼風すずかぜが吹く心地がする。

 ヴェラは、ぽうっとした様子でラウルを視線で追っている。

 だがすぐに首を振り、自分の頬を軽く叩いた。


「姫さま、あのロヴナという男を追い返してまいりました」

「ありがとう、ラウル。門の外に追い出してくれたのですか?」

「いえ、王都に戻しました」


 外の風で乱れたのか、さらりとした銀の髪を右手で直しながら、ラウルが答えた。

 左手には荒縄を持っている。

 まったくもって清々しくなかった。


「納得しなかったでしょう? フィラに会えなかったのですから」

「ええ。ですから有無を言わさず、王都行きの馬車に乗せました」


(な、なにをしたのでしょう)


「堕落と退廃的な遊びは、彼の心をくすぐるようです。私の存じ上げていた商人キラドは好人物でしたが。時を経ると、同じ血筋でもこうも成り下がるのかと思うと遺憾ですね」

「あの……具体的に言ってもらってもいいですか?」

「はい、姫さまがお望みならば」


 ラウルは礼儀正しく、頭を下げる。


「まず両手首と両足を縛り上げます。抵抗されましたが、構うことはございません。さらに布で目隠しをして、ちょうど通りかかった荷車に王都まで届けるよう頼みました。私はキラド邸の場所を知りませんので、さすがに猿ぐつわを噛ませるのは不憫であろうと、喋れるようにはしておきましたが」


 訊くのではなかった、とアフタルは肩を落とした。


「でも、ちょうど折よく王都行きの荷馬車がありましたね」

「なんでも途中でワインの樽を積むそうです。葡萄畑まで荷車が空というのももったいないので、魚の干物を運んでいました」

「そうですか」


 またワインだ。

 この間から、ワインのことが気にかかる。

 お父さまが運河を建設なさっていたら、それが広い運河ではなくとも、手漕ぎの小さな舟でワインを運搬していただろうに。


「姫さま。あの、お食事の前にまずはお召替えを」


 ヴェラに勧められて、アフタルは席を立たされた。

 気づけば、なぜかドレスのスカートの部分が湿っている。


「あら、不思議ですね。なぜ濡れているのでしょう」

「水がこぼれたんですよ」

「どうりで冷たいと思いました。いつ零れたのでしょうね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ